新型コロナウイルスの感染拡大で世界は深く傷ついた。死者数は140万人を超え、経済は大恐慌以来で最悪の状態に陥った。感染症対策の貧弱さも露呈した。そうしたなかでも苦難を乗り越えようとする動きが始まっている。資本主義を強く、しなやかに進化させることが再生への力となる。

新型コロナウイルス用ワクチンが次々と完成に向かっている。米ファイザーはワクチンの緊急使用許可を申請し、近く接種が始まる見通しだ。米モデルナもワクチンの有効性を確認し、供給への手続きを急ぐ。

 

迅速な開発促す

「株主の声」がスピード開発を促した。「(新型コロナ用の)ワクチン開発にもっと投資を。財務上の利益の優先度は2番目だ」。オランダの資産運用大手、アクメア・インベストメント・マネジメントや年金基金、保険会社など約40社は2020年4月、世界の製薬業界に向けてこんな声明を公表した。仏アクサ・インベストメント・マネージャーズなども9月、製薬各社に特許情報や製造能力の共有などを求めた。

株主からの後押しで、世界の製薬大手は「大同団結」に動いた。英グラクソ・スミスクラインと仏サノフィはワクチン開発で互いの技術を組み合わせると合意した。ファイザーのワクチンも独ビオンテックと共同で開発したものだ。

長らく「冬の時代」が続いてきた感染症事業にとっては大きな潮流の変化となる。オランダが拠点の非営利団体(NPO)医薬品アクセス財団によると、世界の製薬大手20社の研究開発のうちエボラ出血熱など新しい感染症を対象にした案件は1%にすぎない。

感染症は突然変異や不意の収束など不確実性が強く、研究開発や設備投資が無駄になる恐れがあるからだ。株主は目先の業績拡大を求め、製薬業界では感染症事業の縮小が続いた。グローバル化の新たなリスクとして「感染症の世界的流行」を危惧する声が強まっていたが、誰も聞く耳を持たなかった。

既知のリスクが災いをもたらすことを「ブラックエレファント(黒い象)」と呼ぶ。明白なリスクが無視されている状態を示す「エレファント・イン・ザ・ルーム」という表現と、想定外の危機を意味する「ブラックスワン(黒い白鳥)」をミックスした新語だ。

返済能力のない人々に住宅ローンを供給し続けてバブルの崩壊を招いたリーマン・ショックも、リスクの所在に気づきながらも止められなかった結果の危機だった。

そして訪れたコロナ危機。米マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、感染症の毎年の対策コストは潜在的な損失の0.3%でしかない。短期の利益に執着し、そこにある危機から目をそらし続ければ結局、投資家は大きな損失を被り、社会も揺らぎかねない。

 

モノ言うNPO

限界に気づき始めた株主たち。その延長線上にあるのが地球温暖化問題だ。猛暑や豪雨の世界的な頻発を目の当たりにしてそのリスクをもはや無視できなくなってきた。

「有意義な変化だ」。9月、米ゼネラル・エレクトリック(GE)が石炭火力発電事業からの撤退を決めると、環境問題に取り組むNPO、アズ・ユー・ソウはこうコメントした。「戦略転換を促したのは我々」。こんな自負がにじみ出していた。

アズ・ユー・ソウは19年、GEの化石燃料事業を非難し、詳細な情報開示を求めて株主提案を突きつけた経緯がある。環境団体の声に機関投資家など他の株主も真摯に耳を傾けるようになってきた。「包囲網」は狭まり、GEは自ら石炭火力から撤退するしかないと判断した。

これは特殊な例ではない。20年の株主総会シーズンに合わせてNPOなどが米企業を対象に出した気候変動関連の株主提案は59件で賛成率は平均で4割に迫る。米石油メジャーのシェブロンへの提案など4件は支持が過半数に達した。

保険会社エーオンの19年の調査では、持続可能な経済・社会をめざす「責任投資」を重視する機関投資家は1年間で17ポイント増え、85%にのぼった。ESG(環境・社会・企業統治)を重視する投資マネーは約31兆ドル(約3200兆円)と世界全体の3分の1に膨らみ、この力を企業はもはや無視できない。

将来に視線を向け、様々なリスクに先手を打っていく――。こんな新たな価値観が株主から企業へと広がり、資本主義は一歩前に進もうとしている。問題解決に向けて知恵や活力をどこまで呼び集められるだろうか。

 

黒い象とは 明白なリスク放置し被害

いつかは起きるのが明白な問題を放置し、大きな被害が起こってしまう事態を指す。「エレファント(象)」は大きく、見逃しようがないリスクの意味。これに想定外の危機を示す「ブラックスワン(黒い白鳥)」という言葉を掛け合わせてある。 米ジャーナリスト、トーマス・フリードマン氏が2016年の著書「遅刻してくれて、ありがとう」で地球温暖化などの問題を取り上げて「黒い象」だと指摘し、環境団体などの間でよく使われる表現となった。感染症の世界的流行に警鐘を鳴らす声は以前からあったため、新型コロナウイルスの感染拡大も「黒い象」だと見なされており、より広い層に知られる言葉となりつつある。米共和党のミット・ロムニー議員はこの表現を使ってトランプ政権の感染症対策の不十分さを批判した。

問題の根底には資本主義経済の構造がある。利潤を求める民間プレーヤーの自由な活動で成り立っているため、感染症のような投資のリターンが定量化しにくい問題だとコストをかけて対策を講じる誘因が働きにくい。「他の誰かが対策すればいい」というただ乗りの機運が強まり、お見合い状態に陥りやすい。

 

 


 

コロナと資本主義 再生への道(2)

 

成長回帰へ移民開国再び グローバル化、ワクチン生む

 

 

コミュニテックは米国のIT人材をカナダに呼び込む(米ニューヨークのタイムズスクエア)

新型コロナが封鎖させた国境が世界各地で再び開くとき、何が起こるのか。

8月以降、米シリコンバレーに近い高速道路やニューヨークの繁華街に巨大な求人広告が登場した。「もしビザ(査証)を取り消されたら?」「仕事や健康保険を失ったら?」。広告主はカナダでIT(情報技術)企業への人材紹介などを手がける企業、コミュニテックだった。

 

技術革新を育む

ターゲットは世界から米国に集まる技術者たちだ。反移民のトランプ政権によるビザの発給制限などで不安を抱える彼らに安住の地としてカナダを売り込む。

タイ政府は一定条件を満たす外国人が同国に100万ドル(約1億円)以上投資する場合、労働許可証を与える検討を始めた。資産を持つ外国人がタイで暮らし、働けるようになる。

資本主義の興隆は低廉な労働力を求めて工場を世界に展開するグローバル化の波を広げ、それが新興国の発展を通じて世界経済の成長を促してきた。ところが、ここにきてその好循環がきしみ始めている。

工場の海外移転で先進国の製造業雇用は細り、サービス業でも移民への依存が強まった結果、資本主義とグローバル化への批判が台頭した。そこにコロナ危機が襲い、国境を越える人の流れは途絶えた。景気悪化に加えて感染症を運ぶとの偏見も重なり、1億6千万人以上にのぼる移民労働者の多くが職を失うなどして母国に戻った。欧米の農場などでは作業従事者の深刻な不足に陥っている。

グローバル化は袋小路に迷い込み、国境を閉ざしたままでは経済は成長できないという事実を人びとは認識させられた。イノベーションにも人材のグローバル化が欠かせない。ワクチン開発で一番乗りを果たし、世界を救おうとしている米ファイザーの経営者はギリシャ人で、同社と提携する独ビオンテックの創業者はトルコ人だ。

国際通貨基金(IMF)によると、全就労者に占める移民の比率が1ポイント上昇すると5年目までに国内総生産(GDP)は約1%増える。コロナの痛手を克服して経済をもっと強くするには、世界から人材を集めるほかない。

 

始まる人材争奪戦

「海外移住を望んでいる」。香港で9月に実施された調査ではこんな回答が44%にのぼった。中国が統制を強め、自由や治安が揺らぎ始めたからだ。すかさず台湾当局は香港からの移住を促進するための専門の部署を設け、「資金や専門人材の呼び込み」に動く。

「ひと」の重みが再び増すコロナ後の世界。「開かれた国」でいられるかどうかが経済や国力を左右する。保護主義の誘惑にかられ、自国民の雇用を守ろうと移民を締め出すようなら、「競争上の優位を他国に渡すだけだ」と世界経済フォーラムの専門家、アビナブ・チュグ氏は突き放す。

国境を越える人々の動きはやがて復活し、「人材獲得の大戦争が始まる」と国際政治学者のパラグ・カンナ氏は予測する。ポストコロナの世界で彼らを味方に付けるのはどの国、どの企業か。人材争奪戦の号砲とともにグローバル資本主義の歯車も再び回り出す。

 

 


 

コロナと資本主義 再生への道(3)

 

大きな政府より賢い政府 進化する政策、次代に布石

 

 

欧州では市民からも環境分野への財政支出を求める声が強まった=ロイター
データ解析技術を駆使して地域や所得階層の違いを勘案した最適な景気下支え策を割り出す――。米ハーバード大学のラジ・チェティ教授らは新型コロナウイルスの感染拡大後に公表した論文で、経済政策の新たな枠組みを提言した。

米企業の経営データを幅広く収集して、売上高や個人の雇用・消費などがどのように変化したかを日次で調べ、郵便番号など地理的な情報も加味して分析した。その結果、「富裕層が他人との接触を控えて消費が急減→打撃を被った富裕な地域の飲食店や小売店が従業員を削減→低賃金労働者が職を失い、個人消費の低迷が拡大・固定化」という景気悪化の経路が浮かび上がった。

 

「薄く広く」は限界

過去の不況よりもダメージを受けた地域・所得層が偏っているのが特徴で、国や州全体での「薄く、広く」型の対策は効果が限られた。「失業が深刻な地域をピンポイントで狙った雇用支援や社会保障」などが今後の選択肢になりうるとチェティ教授らは訴える。

資本主義は「好不況の波」という宿命を抱え、時として政策の下支えを必要とする。だが、リーマン・ショックの際は金融の暴走と経済の混乱に対して政策は機能しきれなかった。一般市民が深い傷を負い、資本主義への懐疑が強まった。

そしてコロナ危機で再び政策をどう使いこなすかが問われている。分かってきたのは、規模ではなく、「賢さ」こそが政策の効果を決めるということだ。

世界を見渡せば、政策のイノベーションを競う動きが始まっている。

 

デジタル投資が軸に

デジタル分野に58兆2千億ウォン(5.5兆円)を投じる。韓国の文在寅大統領は7月に発表した「韓国版ニューディール」構想にこんな計画を盛り込んだ。全国の小中高に高性能Wi-Fiを導入したり、人工知能(AI)の精密診断が可能な「スマート病院」を整備したりする。

財政支出の拡大が避けられないならデジタル領域のインフラ整備に資金を集中し、次の経済成長への布石を打つ。高速通信網などが整備されれば在宅勤務がより容易になり、新たなパンデミック(世界的流行)への耐性も「一石二鳥」で高められる。

景気対策を環境配慮型の社会への転換につなげる「グリーンリカバリー」も世界的な潮流だ。先導役の欧州連合(EU)は21年からの7年間で環境分野に少なくとも5500億ユーロ(約68兆円)を投じる。カナダは企業への緊急融資制度の利用条件に、気候変動の影響を踏まえた財務情報の開示などを掲げた。

 

財政支出の急拡大で先進国の公的債務残高は2020年に国内総生産(GDP)比で124%と、前年から20ポイントも跳ね上がると国際通貨基金(IMF)は予測する。悪化幅は第2次大戦時の1944年(18ポイント)を超え、データのある過去140年間で最大だ。

非効率な分野に財政資金を投じた国は経済が停滞し、膨張した公的債務の処理に苦しむだろう。活力を求め、創意工夫を続けていく。資本主義の原点に向き合えるかどうかが、国家の浮沈さえも左右する。

 

 


 

コロナと資本主義 再生への道(4)

 

所得保障は最適解か 支えるのは新たな学び

 

 

新型コロナの感染拡大の影響で職を失い、役所に失業を届け出る列に並ぶ人々(米アーカンソー州)=ロイター

「働いても働いても貧困から抜け出せない人々が新型コロナの影響を受けている。我々は彼らのために団結する」。6月末、ロサンゼルスなど米11都市の市長らが「所得保障のための市長連合」を結成し、市民に現金を定期給付する実証実験をすると宣言した。

 

経済弱者に痛手

職業の有無や給与水準に関係なく一律の金額を支給するベーシックインカム(最低所得保障)制度。コロナ危機で若者や非正規雇用など経済的な弱者が深刻な痛手を被り、新たなセーフティーネット(安全網)として導入を模索する動きが相次ぐ。ドイツも無作為に選んだ120人に実験的に月1200ユーロ(約15万円)を給付する予定だ。

 

ベーシックインカムの歴史は古い。1960年代から議論が活発になり、68年にはポール・サミュエルソンら有力経済学者約1200人が導入を求めて声明を出したことがある。当時、最大の狙いは貧困層の生活を支えることだった。

それから半世紀以上が過ぎ、資本主義は変質した。経済の主役は製造業からデジタル産業に移り、社会が雇用を生み出す力は弱まった。IT(情報技術)などの特別なスキルがないと働きたくても働けない時代が訪れつつある。

そんな構造的な逆風にコロナ危機が重なり、ベーシックインカムは別の論点でも語られるようになってきた。「学び直し」だ。一定の収入が保障されていれば、生活の心配をせずに学ぶことに集中でき、デジタル経済を生き抜く新しいスキルを身につけやすくなる。

高まる学び直しのニーズ。それを商機へと変える動きが市場メカニズムのなかから生まれ始めている。

 

出世払いでスキル

「手持ち現金ゼロ」でもプログラミングやデータサイエンスが学べます――。米教育スタートアップ、ラムダスクールは授業料の「出世払い」を受け付けている。受講者は短期集中でスキルを身につけ、IT企業などで職を得てから後払いする。取りっぱぐれが生じないように教える側も真剣になり、卒業生の約8割が職探しに成功するという。

「インカム・シェア・アグリーメント」と呼ばれる仕組みで、米国だけでなくアジアなどでもこれを活用した教育関連企業が誕生している。米アマゾン・ドット・コムが従業員のITスキル獲得の支援に多額の資金を投じるなど、社員教育に力を入れる企業も増えている。

「働きたい人全員に仕事を提供することこそが政府の責任だ」。米コロンビア大学のジョセフ・E・スティグリッツ教授は語る。コロナが強いた「巣ごもり」は経済のデジタル化を加速させた。経済の構造は変われど、資本主義のなかで「働くこと」の価値は揺るがない。

政府の支援と民間の努力や工夫をどう組み合わせていくか。ベーシックインカムは支給する水準を慎重に見極めないと、財政負担が膨らんだり、働く意欲を阻害してしまったりという問題もある。生きる権利、社会の活力、そして働く喜び。これらを調和させる「最適解」に近づくことができれば、経済はこの逆境を乗り越えていくはずだ。

 

 


 

コロナと資本主義 再生への道(5)

 

新しい社会契約を描くとき 公益重視、企業が歩む難路

 

 

バイタル社の理念は投資家に受け入れられた=ナスダック提供

「株主利益の最大化につながらない行動をとる場合がある」。投資家向けの書類で「株主よりも公益」と異例の宣言をした企業が7月、米株式市場に上場した。環境配慮型の養鶏所を運営する米食品会社、バイタル・ファームズだ。

設備投資や買収提案を判断する際、短期的な株主利益だけではなく協力する農家や従業員の立場も考えると具体的な事例を挙げた。こんな経営方針が投資家の共感を呼び、バイタルは上場時に2億ドル(約210億円)の資金を集めた。

 

安易にレイオフ

格差や気候変動が深刻になるなか、米経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルが2019年に脱・株主至上主義を宣言し、産業界のトレンドとなった公益重視。だが、コロナの不意打ちはそれを実行することの難しさを浮き彫りにした。

欧米などでは経営が苦しくなると安易に従業員をレイオフしたり、取引先に負担を押しつけたりする動きが相次いだ。「(公益重視の掛け声が)実際に履行されているかどうか誰が監視するのか」。元米財務長官のローレンス・サマーズ氏は疑問を投げかける。

そんな声に応えるように、様々な情報を自ら開示して公益重視の姿勢を検証可能なものにしようとする企業が増えている。

 

数値目標を開示

19年に15年比で24.8%減らしたバリューチェーン全体の二酸化炭素(CO2)排出量を、30年には50%減、50年までには差し引きゼロにする――。仏食品大手ダノンは年次報告書に地球温暖化の抑止に向けた数値目標を盛り込んだ。公益重視を理念ではなく、説明責任を伴う実践の対象と位置づける。

監査・コンサルティング大手KPMGによると、世界の主要250社のうち96%が環境負荷や企業統治のあり方など持続可能性に絡む情報を開示している。

株主の視線が一段と厳しくなっているからだ。英資産運用大手、リーガル・アンド・ジェネラル・インベストメント・マネジメントは22年以降、温暖化ガス排出などの情報開示が不十分な企業には株主総会で反対票を投じる方針だ。あいまいにしか公益に向き合えない企業は、もはや市場の信認を得られない。

「企業は株主のために稼いでいればいい」。この考えは80年代以降、米国で広がった。第2次大戦後は従業員や地域社会にも配慮するのが普通だった。その後、日本企業の追い上げで競争環境が悪化し、機関投資家の力が強まったことも相まって、「利益を稼ぐ」ことだけが企業の責務だと解釈されるようになった。

そしていま、コロナ危機で世界が揺らぐなか、企業に求められる役割は再び大きくなっている。資本主義において唯一、成長をもたらすことができる企業という存在。利益を稼ぐという軸はぶらさず、そのうえで社会にどんな貢献をすべきなのか。企業の使命と責務を再定義し、「新たな社会契約」(世界経済フォーラムを主宰するクラウス・シュワブ氏)を描くときにきている。

 

 

 

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