ポピュリズムは衰退せず
トランプ主義 各国に健在
FT commentators By Gideon Rachman
米大統領選の結果が出始めた4日、スロベニアのヤンシャ首相はツイッターにこう投稿した。「米国民がトランプ大統領とペンス副大統領に4年間の続投をするよう選んだのは明らかだ。引き延ばしや事実の否定をすればするほど(中略)最終的な勝利は大きくなる」
イラスト James Ferguson/Financial Times
この投稿は、滑稽な早とちりでは片付けられない重要な事実を示している。トランプ氏の再選に大きく懸けていた指導者や政府が世界中にいるという事実だ。
来年1月で米大統領の座から降りるトランプ氏は国際的なポピュリスト陣営の非公式の指導者といえる。同陣営の重要拠点はブラジルやポーランド、ハンガリーの政府だ。イタリアやドイツといった国でもトランプ氏から刺激と支持を得た右派のポピュリスト政党が勢力を伸ばしている。
■自国の米軍基地名に「フォート・トランプ」
純粋なポピュリストの政権や政党に加えて、戦略的かつ思想的な理由からトランプ氏の敗北を苦々しく思う政府も多い。イスラエルやサウジアラビア、英国、インドといった国々だ。
ハンガリーのオルバン首相は、トランプ主義を世界に広めることに最も熱心な指導者だろう。欧州に2015年、難民危機が発生した際、同氏はイスラム教徒の難民の受け入れを断固拒否し、米国の右派から注目と称賛を集めた。その1年後、トランプ氏は移民流入を防ぐためメキシコとの国境に「壁を建設」し、イスラム圏からの入国を禁じるという公約を掲げて米大統領選に勝利した。
ポーランドの右派政権を率いる与党「法と正義」は、陰謀説に傾倒する国家主義的な「反グローバリスト」の政治思想を推進するなどトランプ氏との共通点が多い。トランプ氏が大統領に就任した17年、初めて欧州で大きな演説をしたのはポーランドの首都ワルシャワだ。同国の政権の考え方が自分に近いとの理由からだった。ポーランド政府は自国に新設する米軍基地の名前を「フォート・トランプ(トランプの城塞)」とする提案さえした。
トランプ政権はポーランドやハンガリーの政府に欧州連合(EU)や独政府とは距離を置くよう積極的に働きかけてきた。これに自信を深めたオルバン氏は今年2月の演説で「我々は欧州が我々の未来だと考えてきたが、今や我々こそが欧州の将来だと確信している」と語った。だがトランプ氏の敗北で、オルバン氏が目指してきた自分が世界的指導者になるとの目標の達成は難しくなった。
ただ、トランプ氏敗北で欧州のポピュリストが勢いを失っても、彼らがこれで諦めるわけではない。ハンガリーとポーランドの政権はそれぞれ国内に根強い支持者がいる。今回、トランプ氏があれだけの得票数を得たこと(編集注、9日時点で7100万票台)は、両国政府が米国(と欧州)に今も連携できるイデオロギー上の強力な仲間を多く抱えているということだ。
欧州のリベラル派がトランプ氏が大統領の座を去るまで我慢すると決めたように、ポピュリストらもバイデン政権が終わるのをじっと待つことになる。
■懸念深めるサウジ、インド、イスラエル
米大統領選の結果は「熱帯のトランプ」とも呼ばれるブラジルのボルソナロ大統領にとっても大打撃だ。同氏はトランプ氏をやみくもに崇拝するあまり、科学的根拠がないにもかかわらず、トランプ氏が新型コロナウイルス感染症の治療薬と主張する抗マラリア薬「クロロキン」の使用を自らも喧伝(けんでん)し、「右派はクロロキンを服用せよ」と主張した。トランプ政権が続けば、ボルソナロ氏は南北アメリカ大陸で最も人口が多い2カ国では右派ポピュリストが政権を担っていると豪語できたかもしれない。だが、今は支持率こそ高いがボルソナロ氏の孤独は深まるばかりだ。
イスラエルのネタニヤフ首相もトランプ氏との親密な関係を享受してきた。トランプ氏はオバマ前政権の政策を覆してイランに圧力をかけ、在イスラエル米大使館をエルサレムに移した。バイデン氏の大統領就任は、ネタニヤフ氏の国内的、国際的な立場を弱めるだろう。
サウジの事実上の指導者、ムハンマド皇太子も懸念を深めているはずだ。バイデン氏は昨年の民主党予備選挙の討論会でサウジを「パーリア(嫌われ者)」と批判し、サウジへの武器売却を中止すべきだと主張した。同氏は大統領に就任すれば、理念より現実を重視し、サウジにより融和的な姿勢で臨む可能性は十分あるが、ムハンマド皇太子がそれに応えるかは不明だ。
インドのモディ首相は昨年9月の訪米の際、テキサス州ヒューストンでの「ハウディ・モディ(調子はいかが、モディさん)」と題された政治集会でトランプ氏と喚声を上げた。2人の大衆迎合的な政治はよく似ている。バイデン氏が大統領になればバイデン政権はインドにイスラム教徒の権利を守るよう求めてくると思われるため、モディ氏には悩ましいだろう。
モディ氏は8日、ハリス上院議員の新副大統領就任が明らかになるやその祝意を伝えるツイッターの中で、同氏の母親がインド出身だったことを強調した。だがハリス氏は、カシミール州の自治権回復やその他の問題でモディ政権には批判的だ。インドと米国は対中国で懸念を共有しているため、モディ政権もサウジと同様、戦略的な政治判断が人権を巡る問題よりも重視されることを祈っているに違いない。
■「英国のトランプ」は慌てて軌道修正
ジョンソン英首相も同じだ。トランプ氏は英国によるEU離脱を支持した。バイデン氏は16年当時、英国民投票の結果には批判的だったし、ジョンソン氏がEUとの今後の関係を決める交渉で北アイルランドについて、1998年に成立した北アイルランド紛争の和平合意「ベルファスト合意」を少しでも危うくするような事態を招けば、英国にとり最大の課題である対米自由貿易協定の締結には応じない考えを明らかにしている。
ジョンソン政権はここへきて気候変動や貿易、対イラン政策などに関する見方はトランプ氏よりバイデン氏に近いと慌てて軌道修正を図っている。それでもジョンソン氏はトランプ氏に名付けられた「英国のトランプ」とのレッテルをはがすのに苦労するはずだ。ジョンソン氏は今後数カ月はポピュリストの側面を潜め、新たなリベラル派の政治家であるふりをするだろう。
だがオルバン氏やボルソナロ氏などトランプ氏の国際ファンクラブの中核メンバーはポピュリズムの道を求め続けるだろう。トランプ氏が4年後の大統領選で返り咲く可能性は低いが、彼らはトランプ氏の再登板を望んでいるのだ。