「互いを悪魔とみなす時代」に終止符を打てるか。米大統領選後の重い課題

 

リベラルは勝利に酔ってはならない

 

 

三浦俊章 朝日新聞編集委員

 

 開票が長引いていたアメリカ大統領選は米東部時間の11月7日正午前、民主党のバイデン候補が当選確実となった。共和党のトランプ大統領は1期で退陣に追い込まれた。この4年間を歯ぎしりしながら耐えていたリベラル派は全土で驚喜し、「アメリカは地獄の淵から引き返した」(ニューヨーク・タイムズ紙社説)などと祝杯をあげている。

 だが、待ってほしい。票を投じた有権者のうち半数近い7000万人は、コロナと経済苦境の中にもかかわらず、現職トランプ氏を支持した。激戦州での勝利はぎりぎりの辛勝だった。同時に行われた上下両院選の結果も踏まえると、期待していたブルー・ウェイブ(民主党支持の波)は起きなかった。

 この事実をリベラル派はどう受け止めるのか。トランプ氏を追い出した勝利に酔いしれているわけにはいかないだろう。

拡大11月7日、ホワイトハウス周辺で「トランプは終わった」というプラカードを掲げてバイデン氏の勝利を祝う親子=ワシントン、ランハム裕子撮影

 

「赤い州、青い州ではなくアメリカ合衆国」、貫けるか

 大激戦の背景に社会の深刻な分裂があり、アメリカ政治が本来持っていたチェック・アンド・バランスが機能しなくなっていることは、別の記事「米大統領選が意味するのは『アメリカン・デモクラシーの終焉』なのか」(2020年11月5日)で詳しく論じたが、その構図はバイデン氏当選でも変わらないだろう。

 バイデン氏は7日夜、地元の東部デラウェア州で勝利演説をおこなった。

 「トランプ大統領に票を投じた人たちに言いたい。あなたたちが失望していることはわかる。私自身、何回か選挙に敗北している。しかし、お互いにチャンスを与えようではないか。激しいレトリックはやめて、感情を抑えて、顔を合わせて意見を聞こうじゃないか」

 「国民を分かつのではなく、国民を統合することを求める大統領になることを誓う」「赤い州(赤は共和党のシンボル・カラー、共和党支持の州)、青い州(民主党支持の州)ではなく、アメリカ合衆国として、私はこの国を見る」

 トランプ政権の4年間、共和党と民主党が不倶戴天の敵のようににらみ合った時代を終わらせようというメッセージである。

 だが、このメッセージは共和党に届くだろうか。いやそれ以前に、民主党自身がその姿勢を貫けるのか。それを問わねばなるまい。

 

12年前の見出しは「オバマ」のひとことだった

11月7日夜、ホワイトハウス周辺でバイデン氏の勝利を祝う人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影

 現在の民主党支持者たちを包んでいるのは、トランプ大統領を退陣に追い込んだという歓喜の渦であるのは間違いないだろう。

 バイデン氏の当選を伝えるニューヨーク・タイムズ紙(電子版)の見出しは、「バイデン、トランプを打ち負かす(Biden Beats Trump)」だった。力点はバイデンではなく、トランプを打ち負かしたことにある。冒頭に紹介したニューヨーク・タイムズ紙社説は、こうも述べている。「アメリカの民主主義の制度と価値に対するトランプ大統領の4年間に及んだ攻撃はまもなく終わる」

 12年前は違った。民主党のオバマ候補の勝利を伝えるニューヨーク・タイムズの1面の主見出しは、ただひとこと「オバマ」だった。動詞も何もつかない。候補者の名前だけである。当時の編集主幹ビル・ケラーが思いついた見出しで、紙面制作の常識に反するまったく前例のないものだった。

12年前のオバマ当選を伝えるニューヨーク・タイムズ紙。主見出しは、ただひとこと「オバマ」だった。2008年11月5日の紙面

「オバマ」という言葉の中に、初めての黒人大統領を選んだ歴史的意義、オバマが選挙戦で訴えてきた「わたしたちにはできる(Yes, We Can)」のメッセージなどすべてが込められていた。もちろん、当時の選挙は共和党のマケイン候補との新顔同士の対決であったこともある。だが、オバマを選ぶことは、新しい時代のポジティブなメッセージがあった。

 

 今回はどうだろうか。

 年初からの民主党の候補者選びは混迷した。最後に、よくいえば中道穏健派、悪く言えば無難で新鮮さに乏しいバイデン氏に落ち着いたのは、トランプ大統領を選挙で打ち破るためには、リベラル色が薄くて白人中間層にも忌避されない候補が必要だという理由だった。民主党内の進歩派にとって不満は残った。しかし、バイデン氏の看板のもとに団結して、トランプ大統領を敗北に追い込んだわけだ。

 トランプ氏は1期の大統領で終わる。この意味は大きい。

 メディアへの露出度が高い現職の大統領は、4年間選挙運動をしているようなものだから、よほどのことがない限り、再選で敗れることはない。この100年間に再選で敗れた大統領は、1932年のフーバー、1980年のカーター、1992年のブッシュ父の3人しかいなかった。だから再選して一人前であり、1期のみの大統領は肩身が狭い。アメリカの歴史において、「落第」の刻印を押されるようなものだ。人生哲学として「敗北」を何よりも嫌うトランプが、今回の選挙結果を認めることを拒絶するのは、こういう背景もある。いっぽう、民主党に結集したリベラルにとっては、「この4年間は例外だった。正常に戻ろう」と自分たちを慰めることができるのだ。

 だが、ほんとうに「4年間は例外」で「正常」に戻れるのだろうか。

 

「悪魔化」の落とし穴はリベラルにも

 選挙というものは、様々に解釈できる。実際には、ほんのちょっとした偶然や、選挙制度の違いによって、結果は大きく異なる。しかし、民主主義制度のもとでの選挙は、出てきた結果の中に民意を読み取るのが基本だろう。

 今回の選挙に見るアメリカ国民の民意とは何か。

 大統領選に関して言えば、アメリカ国民は、この大統領にもう4年やらせるのは危ないと考えたのだろう。トランプ氏というリーダーはアメリカにはふさわしくないと、拒絶された。そう言ってもよいだろう。

 一方、議会選はどうか。上院はジョージア州の2議席が来年1月の決選投票にもつれ込んだこともあり、まだ民主、共和のどちらが多数派になるのかは決着していない。しかし、バイデン氏圧勝の勢いで上院の多数派も取り戻すという選挙前の楽観的なシナリオは実現していない。民主党の見通しは大甘だった。いや、期待したブルー・ウェイブ(民主党支持の波)どころか、前回の中間選挙(2018年)で多数派を握った下院では取りこぼしがあった。とすると、アメリカ国民は、トランプは拒否したが、与党共和党の政治を拒否したわけではないのだ。

 このぶんだと、議会の多数党と大統領の政党が異なる、アメリカ政治でいう「分裂政府(Divided Government)の可能性が高い。すると、バイデン氏が意欲を持っている社会保障や選挙制度、最高裁の改革などの大きな課題は、共和党の抵抗で動かないことが十分ありえる。

 政策が進歩しなければ民主党内の進歩派に幻滅が広がるだろう。こちらの動きも気がかりである。その結果、アメリカ政治の分極化にさらに歯止めがかからなくなるのではないか。というのは、リベラル派の側にも、保守派を強く敵視する傾向があるからだ。

 リベラルな知識人の間で読まれている「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」という書評誌がある。投票日直前の選挙特集号(2020年11月5日号)の表紙に象徴的なイラストが掲載されていた(写真参照)。

リベラルが悪魔化したトランプ大統領のイメージ。「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」誌の選挙特集号(2020年11月5日号)の表紙

 南軍旗と自動小銃と十字架を持って馬にまたがるトランプ大統領の像を、多様な人種やハンディキャップのある一群が、ロープで引き倒そうとしている。人種差別に抗議するBLM運動の一部が過激化して、南北戦争で戦った南部の将軍や政治家の像を引き倒していることを踏まえたものだ。多文化主義が白人ナショナリズムと戦っているという構図だろう。

 たしかに、トランプ大統領を応援する勢力には白人至上主義者も含まれており、彼らを表立って糾弾しない大統領の姿勢は間違っている。また、銃の事故や犯罪で被害者が毎年数万人でているにも関わらず、銃規制に取り組まない大統領の姿勢はおかしい。

 だが、トランプ支持者の中には、製造業の衰退で職を失った中間層や、あまりにも急激に進む社会の変化について行けずに危機感を募らす農村部の保守層もいる。人々の不安につけ込み、フェイクの情報であおる大統領のポピュリスト的手法は糾弾すべきだが、トランプ氏に引かれる人々が抱える問題自体はリアルなのだ。リベラル派も、そのことは忘れるべきではないだろう。

 バイデン氏は7日の勝利演説で「お互いを悪魔とみなす醜い時代は終わらせよう、その努力をいまここで始めよう」と呼びかけた。今日のアメリカ社会の病理である「悪魔化」に終止符を打つには、保守、リベラル双方の努力がいる。

 バイデン氏もそれが分かっているのだろう。7日夜の勝利演説の前に、自陣営のスタッフたちにビデオ会議でこう訴えた。「みなさんにお願いします。トランプ大統領を支持するプラカードを掲げた隣人たちに話しかけてください。一緒になって、アメリカの基本的価値を回復しましょうと、呼びかけてください」

 

簡単には癒えなくとも、和解の努力が始まる

 アメリカ社会の分裂を知れば知るほど、それが簡単に癒えるものではないことが分かる。

 バイデン氏は大統領に就任する1月にはすでに78歳。高齢を考えると、おそらく1期4年で終わるであろう。その任期中に、アメリカ社会の保守とリベラルの対立が和解できるとはとても思えない。しかし、和解の努力が始まることは重要である。社会の分断をあおるトランプ大統領の時代がもう4年続くよりも、バイデン氏を選んだことは、アメリカにとって、そしておそらく世界にとってより良い選択だったことは間違いない。

 

 

 

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