デジタル化、低所得層に打撃 コロナ禍で拡大する格差

 

 

大久保敏弘 慶応義塾大学教授

おおくぼ・としひろ 一橋大経卒、ジュネーブ大博士(国際関係学・経済学)。専門は国際経済学、空間経済学

 

ポイント

○ コロナ下、所得格差・デジタル格差が連鎖

○ 大企業ほどデジタル化ツールを積極導入

○ ベーシックインカムやデジタル課税一案

新型コロナウイルス感染症の拡大による経済危機は甚大だ。所得が低い人ほど大きな打撃を受け、所得格差が拡大している。対面サービスを提供する業種でも落ち込みが大きい。さらに今回の経済危機は経済的な不況にとどまらない。感染症流行による長期の経済活動低迷の半面、感染症対策として社会全体でテレワークが推進され、デジタル化の波が押し寄せている。

本稿では総合研究開発機構(NIRA)との共同研究プロジェクトによる就業者実態調査を基に解説する。

 

 

◇   ◇

図は、所得階層別にテレワーク利用率の時系列変化を示したものだ。緊急事態宣言下の4〜5月で大幅に伸び、6月にかけては低下したが、依然ある程度の水準を維持している。

 

所得が高くなるにつれ、1千万円前後の層まで利用率が比例して高くなる。特に3月以降は、所得が高いほど4〜5月にかけて顕著に増加していることが分かる。緊急事態宣言解除後の6月でも、600万円以上の所得階層では30〜40%を維持している。一方で、低所得層の利用率は伸び悩んでいる。このように所得格差と「デジタル格差」が連動していることがわかる。

この背景として、(1)テレワークに不向きな職種(単純労働)や業種(対面サービス)が存在し低所得者層に多い(2)低所得層や中小企業はテレワーク環境を整える金銭的な余裕がない――ことなどが考えられる。

こうした状況下で政府が感染症対策としてテレワークを一律に推進しようとするのには限界がある。業種によりテレワークに向き不向きが顕著だからだ。テレワークにより業務を継続する企業がある一方で、テレワークの難しい対面サービスの業種が感染症対策の中心になっている。対面サービス業種では休業要請や自粛により働けず、所得は減る。このように所得格差とデジタル格差が連鎖して経済格差をさらに拡大させているのである。

さらにテレワークを利用する就業者の間でも格差がある。就業者実態調査では、テレワーク利用による仕事・生活の変化について尋ねている(複数回答)。大企業の就業者(従業者数500人以上)は、コミュニケーションの減少(36%)、仕事の相談・指導の減少(30%)など問題を感じる一方で、リラックスして働ける(23%)、仕事時間の調整がつきやすい(17%)、家族との時間が増えた(25%)など利点も感じている。

だが中小企業ではテレワークを利用していても仕事や生活の変化が乏しく、利点を感じる人が少ない。テレワークをうまく利用できていない可能性もある。大企業では問題を改善し利点を生かす環境を作れれば、テレワークを有効活用し生産性を大きく伸ばせるだろう。一方、大企業以外は利点を享受できず、テレワークの利用が伸びないという悪循環に陥りかねない。

テレワークの活用は序章にすぎない。就業者実態調査では勤め先のデジタル化の状況も尋ねた。具体的にはコミュニケーションツール、データ共有ソフト、ICT(情報通信技術)ツールやバーチャルオフィスなどのシステム導入状況を調べた。大規模企業では50%程度が何らかのツールを導入しているが、小規模企業では20%程度にとどまる。

企業規模間でデジタルツールの導入状況に格差が生じている。テレワークのみならず全般的なデジタル化が、大企業を中心に急速に進んでいるようだ。今後、デジタル化に対応できる企業とそうでない企業の間でデジタル格差が拡大する可能性がある。さらに大企業でもデジタル化への対応が困難な就業者は職を失うことになり、就業者個人の能力や資質が問われる時代になっていくと考えられる。

コロナショックはデジタル化という技術革新の波が経済不況に加わったものであり、今後劇的な変化と格差拡大が生じるだろう。テレワークを中心にデジタル経済が進むと、デジタル化の波に乗れない業種・職種や中小企業や低所得者が減収や失業に直面するだけでなく、定型業務を中心に職そのものがなくなり、労働が人工知能(AI)などのデジタル技術に代替される。こうした流れがコロナショックにより一気に進むことで、低所得層を中心に大規模な失業や所得格差の拡大など社会的に深刻な問題が出てくると考えられる。

一方、今後積極的にICT投資を進め、デジタル化にうまく対応できた大企業は、コロナ禍でも生産性を引き上げられる。さらにデジタル技術を駆使して海外人材の活用や、海外直接投資や輸出を進めることで、グローバリゼーションの恩恵を受け利潤を増大できるだろう。デジタル化の波に乗れない企業との格差は一層進むと考えられる。

 

◇   ◇

このようにコロナショックは所得格差とデジタル格差という負の連鎖を生む。これを念頭に今後議論すべき政策について短期・中期・長期の視点で整理する。

短期的には、所得が大幅に減少した業種や所得層に手厚く支援することが重要だ。コロナショックが所得格差とデジタル格差をもたらしている。経済的な格差は健康の格差や子供の教育の格差へと波及し、社会全体の破綻につながりかねない。経済的な格差是正は急務であり、特定業種や小規模企業や低所得層への所得支援、通信料減免やデジタル環境の整備などデジタル化に向けた支援が重要だ。

中期的には感染症の収束が重要になるだろう。財政出動による所得補償やデジタル化補助には限界があるし、医療体制維持にも予算が必要だ。一方で営業自粛や停止など強い規制をしないと感染症は収束しない。このため「ウィズコロナ」に順応すべく、就業者の副業・兼業を促進する、デジタル経済化のため再教育するといった労働市場の耐久性・柔軟性を高める政策が必要であり、雇用や所得をどう維持するかが重要だ。

長期的には経済の復活とデジタル化をどう進め、デジタル格差と所得格差の連鎖を断ち切るのかといった問題が出てくるだろう。所得格差の広がる今日、逆進性の強い消費税の増税で財政を賄うのには大きな問題がある。むしろ政府が生活に最低限必要な現金を支給する「ベーシックインカム」の限定的な導入や消費税の減税による経済格差の縮小に比重を置くべきだろう。

しかし一方で財政再建も大きな問題だろう。デジタル課税で賄うのも一案だ。先進国間での連携を図りつつ、公平性の観点から巨大デジタル企業にしっかり課税していく必要がある。巨大デジタル企業は莫大な利益を得る一方で、立地の多国籍化により利益を上げている場所やサービスの国際的な流れが特定できておらず、国家間の法人税率の違いを利用し節税している可能性があるからだ。

将来のコロナ収束後、大規模財政支出後の国の財政をどうコントロールするのか、どのようにデジタル経済を加速させてグローバル化を図り経済成長を目指すのか、一方でどう自由と公正を保ちつつ格差を是正していくのか。日本のグランドデザインが問われる。

 

 

 

もどる