The Economist
コロナ禍 経済回復に格差
今年2月、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が世界経済に戦後最大のショックをもたらした。ロックダウン(都市封鎖)と個人消費の大幅な落ち込みによって労働市場は崩壊し、フルタイムに換算すると5億人分に近い職がほとんど突如として消滅した。工場が閉鎖され、国境が封鎖されると、世界貿易は凍り付いた。
スペインのマドリードでは感染状況の悪化を受けて、外出制限を再開した=ロイター
経済がさらに深刻な大惨事へと突き進むのを何とか回避できたのは、各国の中央銀行による金融市場への異例の介入や、労働者や苦境にある企業への国からの支援、戦時中に近い水準の赤字を抱えるほどの大規模な財政出動があったからこそだ。
経済への打撃はどの国でもほぼ同時に起きた。だが、その後の回復ぶりは国によって著しい格差が生じており、これが今後の世界経済秩序を変えることになるかもしれない。経済協力開発機構(OECD)は、米国経済は2021年末までに19年と同程度の規模に戻るが、中国経済は10%拡大すると予測する。欧州は依然としてパンデミック前より生産レベルが低い状態が数年続くとみられ、人口減少が進む日本も同じ道をたどる可能性がある。
格差は大規模経済圏に限ったことではない。スイス大手銀行UBSによると、世界50カ国の4〜6月期の経済成長率の分布状況は少なくとも過去40年間でも最大規模に差が広がったという。
■感染状況や経済構造、政策の違いが回復を左右
格差は各国の置かれた状況の違いによるものだ。最も重要な違いは感染拡大の度合いだ。中国では感染拡大をほぼ食い止めたが、欧州では深刻な影響が予想される第2波と闘っており、米国もやがてこれに続くとみられる。フランスのパリでは6日から全てのバーを閉鎖し、スペインのマドリードでは2日から全域での外出制限を再開した。一方、中国では今、ナイトクラブでリキュールを楽しめる。
第2の違いはパンデミック前からの経済構造だ。対面での接客が不可欠な企業がサービスの提供を続けるより、工場の方がはるかに社会的距離を保ちながら操業を継続しやすい。中国経済は他のどの経済大国より製造業が占める割合が大きい。
第3の違いは政策対応だ。その一つの要因は財政出動の規模で、米国は国内総生産(GDP)の12%に相当する財政支出や、短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を合わせて1.5%引き下げるなど、欧州より大規模な政策を打ち出した。しかし政策対応の違いを生むのは規模だけではない。パンデミックがもたらす構造的変化や創造的破壊に政府がどう対応するかが重要だ。
この新しい経済のありように適応していくには、膨大なエネルギーが要る。パンデミック後の世界経済は、グローバル化が後退し、デジタル化が進み、より不平等になる。製造業はサプライチェーン(供給網)が抱えるリスクを減らし、オートメーションの利用を拡大するのに伴い、製造拠点を自国やその近くへ移すだろう。事務職の労働者は少なくとも週に何日かは自宅のキッチンや寝室から仕事をし続ける。
これが続く限り、以前は都心部でウエーターや清掃作業員、販売員として働いていた低所得労働者は郊外で新しい職を探さねばならない。仕事が見つかるまで長期にわたり失業を余儀なくされるかもしれない。米国では失業率の数値こそ低下しているものの、実際にはこのところ一時解雇ではなく恒久解雇が増加している。
オンラインでの経済活動が増えるにつれ、ビジネス界では最先端の知的財産や最も多くのデータを抱える企業が勢力を伸ばすだろう。今年のテック株の高騰や銀行業界の急速なデジタル化は今後起きることを示唆している。しかも実質金利が低いため、経済の低迷が続いても資産価格は高どまりを続ける。これによって、世界金融危機後に露呈した市場と実体経済との乖離(かいり)は今年悪化したが、今後さらに厳しくなっていく。民主主義国政府に突きつけられた課題は、自らの政策や自由市場に対する国民の支持を維持しつつ、こうした変化のすべてに順応していくことだ。
■短期的には順調な中国、後れをとる欧州
この点に関して中国は心配無用だ。中国は、少なくとも短期的には、最も順調にパンデミックから脱しつつあるようにみえるためだ。経済は回復した。中国共産党は26〜29日の重要会議である第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)を開き21〜25年の5カ年計画を決めるが、その焦点は習近平(シー・ジンピン)国家主席が提唱する技術力を基盤にした国家資本主義モデルと自給自足経済の推進だ。
しかし、コロナ禍は中国の経済システムの長期的な欠陥を暴き出した。中国には個人を守るセーフティーネットと呼べるようなものは一切なく、今年は家計の所得支援ではなく企業やインフラ投資に経済対策を集中せざるを得なかった。さらに、容赦ないロックダウンを可能にした監視と国家統制のシステムは、長期的には持続的に技術革新と生活水準の向上をもたらす多様な意思決定や人とアイデアの自由な移動を妨げる可能性が高い。
欧州は後じんを拝する。パンデミックへの対応は各国の経済を硬直化させ成長を遅らせるだけで、新しい時代に向けての進化を促すものではない。欧州経済トップ5カ国では、今でも労働時間削減による給与減少分の一部を政府が肩代わりする短時間労働給付金の対象となっている人が全労働人口の5%に上る。彼らはいつ戻るとも知れない職や短縮された労働時間の回復を待っているが、永久に回復しない可能性もある。英国ではこの割合は約2倍だ。
欧州大陸で倒産ルールが一時凍結されたり、銀行が経営状態の悪い企業を黙認したり、国の支援金を活用できる現状は、死に体のゾンビ企業を延命させる危険をはらむ。特にフランスとドイツはパンデミック前から世界に誇れる自国の大企業を育てようという産業政策を採っていただけに、なおさら憂慮される。欧州各国がパンデミックを理由に政府と既存企業とのなれ合いの関係を維持しようと考えるなら、欧州経済の長期的な衰退が加速する可能性がある。
■米国は政治の劣化と分断で先行き不透明
先行きがはっきりしないのが米国だ。今年は政策のバランスはおおむね良かった。資本主義の本家である米国で通常考えられる施策に比べて、より手厚い支援を失業者に提供し、より大規模な財政出動を敢行した。労働市場に調整の余地を与えたのは賢明だったし、欧州のように時代遅れになりかねない企業でも救うという姿勢を示すこともなかった。欧州と違い、米国ですでに新たな雇用が多数創出されているのは、これが一因だ。
そのかわり、米国には政治の劣化と分断という弱点がある。トランプ米大統領は6日、追加の経済対策を巡る与野党協議を当面停止すると表明し、公的支援が相次いで切れる「財政の崖」に直面する恐れが出てきた(編集注、トランプ政権は9日、追加の経済対策を増額して野党・民主党へ再提案した)。
デジタル経済に備えたセーフティーネットを再構築したり、財政赤字を持続可能な軌道に乗せたりするといった重要な意味を持つ改革は、対立する共和党と民主党の両方が、妥協すれば相手に弱みを見せることになると考えている限りほぼ不可能だ。
コロナ危機は経済の新しい現実を世界に受け入れるよう迫っている。あらゆる国がそれに順応することを求められるが、米国は困難な課題に直面している。パンデミック後の世界をリードしたいのなら、米国は今の政治をリセットする必要がある。