デジタル経済で新たな危機

 

 

無形資産重視 雇用伸びず


ラナ・フォルーハー  FT commentators

 

 

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により企業倒産が増えていることについては既に多く報じられている。筆者も痛ましい内容の記事を何度も書いてきた。

 

イラスト Matt Kenyon/Financial Times

 だが多くの新しい企業が誕生しているのも事実だ。最近の米国のデータによると、新しく会社を設立するのに必要な連邦雇用主番号の申請件数は今年、2019年に比べ18.5%増えた。これら新しい企業の多くはこれまでと同様、倒産するだろう。経済学者シュンペーターが唱えたイノベーションを起こす企業が経済成長をもたらし、それ以外の企業の多くは淘汰されるという「創造的破壊」が今後も続くならば、コロナ後の経済の姿は一変するだろう。

 

■企業の投資に占める無形資産の割合は上昇

 まず、どんな会社が生まれているのか考えよう。設立される会社の業種に関する統計はないが、多くはデジタル関連だろう。それら企業は工業用機械や工場、オフィススペースといった有形資産ではなく、研究開発やブランド、コンテンツ、データ、特許、人的資本などの無形資産が企業価値の大半を占める場合が多い。

 08年の金融危機後もそうだった。米投資会社カーライル・グループの分析では、09年の固定資産投資支出の合計に占める無形資産の割合は危機前の07年より7.5%上昇した。コロナ禍が事業モデルに与える影響を論じたこの分析は、在宅勤務が爆発的に広がったことで有形資産の重要性が低下しており、その結果、無形資産の割合は今後数年でさらに11%上昇すると予測している。

 有形資産をあまり抱えずに創業する起業家や知識を資産に働く人にとっては歓迎すべき傾向だ。しかし、無形資産の拡大は「雇用なき景気回復」ももたらす。つまり企業などの雇用主は過去20年間、経済が有形資産から無形資産重視へと転じるに従い、少ない労働者で多くの仕事をこなせるようになったということだ。

 米国の教育水準がもっと高ければ、パンデミックの影響で解雇された労働者は新しい経済環境にもっとうまく順応し、新技術を活用して自分の生産性を向上させ、再就職の可能性を高めることもできたかもしれない。だが、教育や訓練は一朝一夕で身につくものではない。

 カーライルは同分析でこう指摘している。「これまで企業投資に占める無形資産の比率が上昇すると、雇用はなかなか回復しないとされてきた。もし今回の景気後退局面でも同じ傾向になれば、米国の国内総生産(GDP)が21年後半から22年に回復しても、完全雇用に戻るのはもっと遅くなるだろう」

 

■PBRが持つ意味も変質

 無形資産の重みが増していることは投資家にも影響する。PBR(株価純資産倍率)などの指標は、割安な「バリュー株」を探し求める投資家を中心に、企業の株価が割高なのか割安なのかを判断するのによく使われてきた。PBRが低い企業の方が、高い企業よりも株価は上昇すると期待されてきた。

 だが、現行の会計ルールでは社内で創出した無形資産を貸借対照表の資本に計上できない。つまりPBRのような指標はあまり意味を持たなくなった。あるいは企業を評価する尺度が変わったということだ。今や高いPBRは、割高な株価を意味するのではなく、コロナ禍にあっても企業価値を維持できる知的財産やソフトウエアといった無形資産を多く抱える企業であることを示すとも考えられる。

 パンデミック下では、昔ながらの実店舗を抱える企業より、顧客データを活用する企業に投資する方がよさそうだ。実際、S&P500種株価指数を押し上げている米巨大テック企業よりも、どんな業種であれ無形資産を多く有する企業に投資する方が賢明だと判明するかもしれない。特に、規制当局が米フェイスブックや米グーグルなどのビジネスモデルを問題視して追及する事態になれば、なおさらだ。

 

■一般企業の価格決定力弱体化でデフレ圧力

 コロナ禍が経済をどう変えていくかについてダラス地区連銀のカプラン総裁は9月29日に発表した論文の中で、コロナ感染拡大に伴い加速したデジタル経済へのシフトによって、企業の価格決定力が予想以上に弱まっていると指摘した。

 パンデミック発生後の米経済の状況と金融政策に関するこの論文で、カプラン氏は人々の働き方と買い物の習慣がいかに変化したかを説明している。その上で人々が仕事でも買い物でもますますネットを活用するようになったことで、デジタル・プラットフォームを持つ企業にとってはより成長するチャンスとなっているものの、そのことは同時に一般企業の価格決定能力をそぐことにつながっていると論じた。

 そして「どの企業もこの傾向に対応すべく、人を技術に置き換えてコストを削り、競争力を強化しようと猛烈に投資をしている」と指摘した。

 このことは、我々にあるべき金融政策のあり方の転換を迫るかもしれない。9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)は、短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0〜0.25%に据え置くことを決定したが、カプラン氏は異論を唱えた。同氏はデジタル革命によるデフレ効果は「雇用市場の逼迫がもたらす景気循環上のインフレ効果を相殺する可能性が高い」と言う。

 

■超低金利の継続はリスクテークを助長

 簡単に言うとコロナが過ぎ去っても、経済のデジタル化が進化しつづける以上、想定したほどのインフレは起きないということだ。中にはこれをインフレが起きにくいからこそゼロ金利やマイナス金利を長く維持すべきだ(つまり景気過熱の危険がなければ心配する必要はない)とする人々の方便だとみる人もいる。カプラン氏も確かにデジタル経済の加速によりインフレ圧力がある程度緩和されるとみているが、長期にわたるゼロ金利政策はむしろ過剰なリスクテークを助長すると懸念する。

 超低金利政策は今やモルヒネのような存在になっており、経済にとってメリットよりリスクの方が大きいと考える学者や政策決定者も多い。事実、経済協力開発機構(OECD)の「経済的課題への新たなアプローチ(NAEC)」というグループが、08年の金融危機から現在までに世界が学んだ金融の脆弱性に関する教訓をまとめた新著「The Financial System(金融システム)」も、一貫してこのテーマを取り上げている。

 つまり、コロナ禍で傷んだ経済を救ってくれている経済のデジタル化自体が、今後、新たな危機を生む可能性があるということだ。

 

 

 

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