The Economist

 

バフェット氏 株主重視へ新風

 

 

米著名投資家ウォーレン・バフェット氏率いる米バークシャー・ハザウェイは先月、65億ドル(約6900億円)を投じて日本の5大総合商社の株式5%ずつを取得したと発表した。90歳のバフェット氏よりもさらに歴史の長い日本の商社に投資したことがなぜ衝撃をもって受け止められたのか。それを理解するには、1998年にフロリダ州で開催された経営学の学生を対象とした同氏の講演内容にさかのぼる必要がある。「オマハの賢人」と呼ばれる腕まくりをした60代の同氏には、ウイットと遊び心が満ちあふれていた。

米著名投資家ウォーレン・バフェット氏率いる米バークシャー・ハザウェイは、日本の5大総合商社株を取得した=ロイター

バフェット氏は日本への投資についての最初の質問にこう答えた。1%という日本の金利水準は魅力的にみえるが、日本企業の利益率があまりに低いため投資先としては好ましくない、とした。だが同氏は、利益率が低い企業でも投資する価値を見いだせるという「吸い殻」投資についても言及した。

「街を歩きながら吸い殻が落ちていないか探すとしよう。やっと1つ見つけたと思ったら、湿っていてなんとなく気持ち悪いが、そこには確実に一服分が残っている。だからそれを拾い、無料で一服を楽しむ」というものだ。だが、この理論をもってしても、日本の戦後復興の誇り高き象徴である「日本株式会社」に魅力を感じないと説明した。日本ほど清潔な国に対して、これほど汚らしい例えはなかなか思いつかない。

それから超低金利時代の22年ほどを経て、バフェット氏はようやく捨てられた吸い殻への嫌悪感を克服したようだ。バークシャーは、伊藤忠商事、丸紅、三菱商事、三井物産、住友商事の株を5%ずつ取得した。バークシャーの全資産運用額1400億ドルに比べれば微々たるものだが、同社の米国外の投資としては最大規模だ。今後、商社各社の保有比率を最大9.9%まで高める可能性も示した。

しかし、バフェット氏のこの投資判断には誰もが首をかしげた。日本の商社が突如として魅力的になったのは、この約20年間で何が変わったからなのか。それともバフェット氏があり余るお金の使い道に困り、安く一服する誘惑に駆られただけなのだろうか。

 

■日本の商社にはない特徴の企業を好んだバフェット氏

一見すると、バフェット氏は今回の株式取得で自らの戦略から逸脱したように映る。総合商社は、バフェット氏が生涯貫いてきた投資の基本原則の多くと矛盾する。バフェット氏は、コカ・コーラやアップルといったわかりやすい企業が好きだと言ってきたからだ。投資先の企業は割安なだけでなく、安定的に収益を上げられることも必要で、ライバル企業との距離を安全に保つ「堀」をもつことが理想であると論じてきた。いずれの点においても、日本の商社は遠く及ばない。

まず、わかりやすさから考えてみよう。西洋の視点から見ると、英米型の株主資本主義のモデルとなる日本企業は存在しない。だが、商社ほど株主資本主義からかけ離れた企業も少ない。日本の商社は、19世紀にできた財閥と、強い帰属意識と株式持ち合いで成り立つ戦後のケイレツという歴史的背景のもとで形成されてきた。

その商社のビジネスモデルは変遷してきた。1950年代から80年代には、世界でエネルギーや金属、鉱物を求めて仲介役を果たし、日本経済が奇跡的成長を果たすのに貢献した。やがて鉱山や石油、天然ガス、石炭に投資するようになり、2000年代には中国主導の資源ブームの一端を担った。

その後は消費者に近い「川下」へとシフトし、コンビニからケーブルテレビ会社まであらゆる企業を傘下に収めた。その過程では、売却するより速いペースで資産が積み上がった。その結果、資産は肥大化して複雑になった。三菱商事が扱う商品は原料炭からケンタッキー・フライド・チキンまで多岐にわたる。5大商社の中で利益率が最も高い伊藤忠は、従来の7部門には名前を付けたが、消費者部門を開設するにあたっては、これ以上名前が思いつかなかったのか今も「第8カンパニー」という名で呼んでいる。

 

■収益性は必ずしも高くない総合商社

商社の利益率と企業価値はどうだろうか。商社株が割安なのは間違いない。5大商社の中でPBR(株価純資産倍率)が1倍を上回っているのは伊藤忠だけだ。だからといって商社株が買い得というわけではない。JPモルガン・チェースの吉川達也氏によると、利益率の低い過去からの資産は巨額の減損処理につながるリスクがあり、投資家の警戒感を招くという。事業が複雑な点からも、米石油大手エクソンモービルや英豪資源大手リオ・ティントなど特定の商品に特化した企業より自己資本コストが高く付く。

さらに商社の競合関係をみてみよう。バフェット氏は、日本の押しも押されもせぬ一流企業である総合商社は将来も安泰と踏んだのかもしれない。だが各社の収益性をみると、バークシャーの他の投資先のように収益力が高く、ライバルを寄せ付けない「堀」のような要素が一切ない。それどころか、5社は互いに熾烈(しれつ)な競争を繰り広げるライバル同士だ。

しかし、さらに掘り下げてみると、バフェット氏の常軌を外れたかのような投資手法は理にかなっているのかもしれない。バフェット氏は1998年の講演でも、日本企業の経営陣が「株主をより重視」するようになれば日本に対する見方が変わるかもしれないと語った。最近の日本企業は、かつて企業統治を軽視していた商社でさえも株主重視に傾いている。

スイスの資産運用会社ユニオン・バンケール・プリべ(UBP)のズヘール・カーン氏は、16日に辞任した安倍晋三首相が株主重視の政策を推進したことによって、2014年ごろから状況が変わったと指摘する。一部の商社では取締役が多くの自社株を購入し、他の株主との利益の一致を図った。報酬はより成果ベースになった。事業の焦点は投資から収益と配当を上げることへと移った。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)でこの歩みは鈍化するかもしれないが、方向性が変わることはないだろう。安倍氏の後継である菅義偉首相は、株主の力を拡大するさらなる施策に意欲を示しているとカーン氏は言う。

 

■投資の成否は今後の株主への対応次第の側面も

バフェット氏はこれ以外に商社に魅力を感じている可能性がある。同氏はエネルギー関連企業への投資を好むが、三井物産と三菱商事を含め5大商社はすべて大規模なエネルギー事業を展開している。いずれもパンデミック後の景気回復によるエネルギー需要の拡大で恩恵を受けることになるだろう。

また、商社は人材の宝庫でもある。米系大手法律事務所ベーカー&マッケンジーのジェレミー・ホワイト氏は、5大商社は国内トップの大学から人材を採用する伝統を守っており、投資銀行やIT(情報技術)企業と並んで今も超一流の就職先だと指摘する。手に負えないほど複雑な組織とバランスシートを抱える商社から利益を得る方法を見つけられるとすれば、それは米国最大の金融コングロマリットであるバークシャー・ハザウェイの人々しかいないだろう。

成功が約束されているわけではない。日本企業が英米型企業に近づけると信じて投資して巨額の損失を出した例は過去にいくつもある。そうなれば、バークシャーの株主は90代を迎えたバフェット氏の冒険を悔やむだろう。逆に、株主を国内、海外を問わず大切にする価値のある利害関係者だとする考え方が今回の投資によって日本でさらに深く根づくようになれば、バフェット氏は高級葉巻のコイーバで一服できるだろう。

 

 

 

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