中国利する米の中東撤退

 

石油依存の同盟国に痛手


ジャミル・アンデリーニ 中東・アフリカ 北米 FT commentators

 

2003年の米軍イラク侵攻の米国の本当の動機は、世界第2位の確認埋蔵量を誇るイラクの石油を掌握することだったと、侵攻を批判する人たちは常に考えてきた。「イラクの自由」作戦をたくらんだ者でさえ、イラクは復興を石油収入で楽にまかない、米国に有利な形で中東情勢を書き換える従属国になると信じていた。

イラスト Ingram Pinn/Financial Times

だが、イラク戦争の目的がもし石油と中東への影響力を得ることだったとすれば、その後の戦いに最終的に勝ったのは、米国ではなく、砲弾を1発たりとも撃たなかった中国のように思える。

世界最大の原油輸入国である中国は今、イラクにとって最大の貿易相手国になっている。イラク以上に中国に石油を売っているのはロシアだけだ。今年上半期、イラク産石油の対中輸出は前年同期比で30%近く増加し、イラクの輸出全体の3分の1以上を占めた。

 

■イラク、アフガニスタンで変わる力学

昨年、イラクのアブドルマハディ首相(当時)は中国を訪問した際、中国・イラク関係を「飛躍させる態勢に入った」と評し、電力相はネットへの投稿で「中国は、長期的な戦略的パートナーとして、我が国にとっての一番の選択肢だ」と書いていた。

一方、イラクの対米石油輸出は今年上半期にほぼ半減しており、米国防総省は今後数カ月でイラクに残っている米軍部隊を約3割削減する計画だ。

米国史上最も長い戦争が終わろうとしているアフガニスタンでも、似たような力学が働いている。アフガニスタンとパキスタンの政府高官が本紙フィナンシャル・タイムズに語ったところによると、中国政府が事実上、和平プロセスを仕切っており、反政府武装勢力タリバンに対し、米軍が完全に撤退した暁には莫大なエネルギー・インフラ投資をすると約束しているという。

中東の同盟国と米国の政治家の双方が、米国が中東に関与し続ける必然を問うなか、中国の中東への影響力は全域にわたって急拡大している。中国は中東にとって最大の外国人投資家で、バーレーンを除くすべての湾岸諸国と「戦略的パートナーシップ」協定を結んでいる。投資の大半は昔からの米国の同盟国に投下しており、多くの国は中国の軍事技術を買う熱心な顧客でもある。

中国初の海外軍事基地は3年前にアフリカ東部ジブチに建設された。だが、中国はオマーン湾を挟むパキスタンのグワダル港とオマーンのドゥクム港をはじめとした他の戦略的な要衝で、海軍向けに簡単に軍用転換ができる商業港にも多大な投資を実施してきた。

中国は、マレーシアとインドネシア・スマトラ島に挟まれたマラッカ海峡と並び、ペルシャ湾とオマーン湾を分けるホルムズ海峡、紅海とアデン湾を分けるバベルマンデブ海峡は自国の経済、軍事力を存続させる上で極めて重要な場所だと考えている。中国が輸入しているエネルギー資源の大部分がこれら3つの戦略的要衝を通って運ばれるからだ。

 

■中国、不干渉から積極関与へ方針転換

米中関係が悪化するにつれ、こうしたシーレーン(海上交通路)に対する支配を強めることは、中国にとってより緊急性が増している。もし紛争が発生した場合、海路を封じようとする米国の能力をそぐ必要があるからだ。先端的ではなくても、規模では米海軍に勝る海軍を中国が築き上げつつある大きな理由もここにある。

最近まで、中国政府は中東で、すべての国の友人だが誰の盟友にもならない不干渉のアプローチを取ってきた。イランを相手に4000億ドル(約43兆円)規模の投資・安全保障協定を交渉する一方で、イランの敵国であるサウジアラビアの核開発プログラムを支援しているところからも、このアプローチが成功していることが分かる。さらに、中国はパレスチナの大義を全面的に支持する一方で、イスラエルにも取り入り、最先端技術の共有や中国国営企業に対する主要な戦略的港湾のリースに合意させている。

だが、中東における中国の影響力が増していることを示す最も強力な兆候は、イスラム教徒が過半数を占めるほぼすべての国が、中国西部の「再教育施設」で200万人ものイスラム教徒が収容されている状況を支持したことだろう。

公式声明や国連に宛てた共同書簡で、サウジアラビア、エジプト、クウェート、イラク、アラブ首長国連邦(UAE)をはじめとした国々がそろって、新疆ウイグル自治区の収容施設とイスラム教弾圧は必要な「反テロ・脱急進化」対策で、「幸福と満足感と安心感」をもたらしたと称賛した。

米国では、中東への関与を減らすことを公約に掲げた大統領が2人続けて選出されている。シェールオイル革命によって、米国が事実上、エネルギーを自給できるようになったこともあり、さらに多くの血と金を中東に注ぎ込む理由は乏しくなりつつある。

 

■中国封じ込め策、中東を通じても必要に

米国が地域の警官役となることを拒むなか、他国、とりわけ中国が米国不在の恩恵を受ける事態はしばらく前から明白になっている。そのきっかけを作ったのはオバマ前政権で、米国の外交力と軍事力の焦点をアジア太平洋地域に移し、地域覇権国としての中国の台頭に対抗する「アジア・シフト」を提案した。トランプ大統領はこの戦略を加速させた。

だが、説得力があるようにみえていた米軍の中東からの撤退が今、中国の急激な中東進出によって難しくなっている。もし米国の目標が、アジアにおける中国の野望を封じ、日本、韓国、台湾といった緊密な同盟相手を支援することだとすれば、中東からの撤退は絶対にやってはならないことだ。

大半のアジア諸国は中国以上に、海上輸送で運ばれる石油に以前にも増して依存するようになっている。アラビア半島周辺の重要海域の支配権を中国に明け渡せば、アジアのすべての国が戦略的な同盟関係の再考を余儀なくされ、中国が世界中で駆使している威圧外交に影響されやすくなる。

11月の米大統領選で誰が勝つにせよ、勝者は中国との競争、そして中国の封じ込め策は今や中東を通じても手がけなければならないという厄介な現実に直面することになるだろう。

 

 

 

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