「コロナ禍は人災」だとすると誰が犯人か?

 

科学的根拠の欠如が招いた医療危機、患者差別、経済損失

 

川口浩 東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長

 

新型コロナ感染症(COVID-19)に対する国民の意識も少しずつ変わり始めている。最近になってやっと「医療資源や社会生活を温存しながらの緩やかな感染の広がり」を許容する風潮が見られ始めてきた。毎日メディアで公表される科学的根拠の希薄な「感染者(PCR陽性者)の絶対数」に一喜一憂する空気も軽減している気がする。「感染の拡大」は必ずしも「健康被害の拡大」とイコールではないことが認知されてきたのだろう。遅ればせながら、政府、厚労省も特措法の改正を含むコロナ政策の見直しの議論を始めたようだ。

 

拡大新型コロナウイルス感染症対策分科会を終え、記者会見する尾身茂会長=2020年7月31日、東京都千代田区、北村玲奈撮影

もちろん、今後も政府や自治体が国民に対して、3密の回避や移動の自粛などを求めるメッセージを発信し続けることは必要である。急激な感染者数の増加によって、高齢者や基礎疾患のある人に健康被害を拡大させることは避けねばならない。しかしながら、こうしたメッセージは、公正な科学的根拠に基づいたものでなければならない。いたずらに社会を混乱させ、国民の不安を煽って、医療危機を誘導するものであってはならない。

今後のコロナ政策の判断基準として必須なのは「感染による致死率」「ウイルス(SARS-CoV-2)の病原性(毒性)」という科学的エビデンスである。

 

理解に苦しむ感染研の疫学データ分析

国立感染症研究所の病原体ゲノム解析研究センターは、SARS-CoV-2ゲノムのハプロタイプネットワーク解析によって、現在の国内流行のウイルス株は欧州型ウイルス株から変異した、第1波とは異なるタイプのウイルス感染であることを明らかにしている。

ところが、同じ国立感染症研究所の感染症疫学センター長の鈴木基氏は、8月24日の厚労省専門家会合において「第1波と第2波の患者特性の比較」という資料(13ページ)を提出し、「全体の第1波の際の致死率は6%だったのに対して、6月以降は4.7%と軽度低下していた」と述べる一方で、「年代別に見ると、50代、60代の致死率は第1波が2.8%、第2波が3.1%。また70代以上の致死率は、第1波の際が25.1%、第2波が25.9%とほとんど変わっていなかった」と分析している。

この「高齢者の致死率は第1波と第2波では変わっていない」という見解は、政府対策分科会に報告され、全国のメディアを通じて国民に発信された。鈴木氏の提示したこの資料のデータを検証してみる。

 累計の死亡者数と感染者数から、単純に全国の致死率(死亡者数÷感染者数)を計算すると、

 ・第1波(1/16〜5/31)900÷16784=5.4%

   ・第2波(6/1〜8/19)219÷41472=0.5%

と、約10分の1に「大幅に低下」しており、「軽度低下」とは言えない。ところが、この資料には「致死率は発症から死亡までの期間を調整して算出したものであり、累積死亡者数を累積感染者数で除した値とは異なることに注意」と脚注でただし書きをしており、計算に用いた数値は各期間の観察終了直前の7日間平均であるとしている。この結果、致死率は「5/25〜5/31」の 6.0%に対して、「8/13〜8/19」は4.7%ということである。

 しかしながら、この計算の出典・根拠となる数字は示されていない。

 

第2波の致死率「70歳以上は25.9%」の異常

そもそも、この第1波と第2波の比較対象自体が適切とは到底思えない。「観察終了直前の7日間」である5月25日から31日の期間は、すでに第1波はピークアウトしており、一方で8月13日から19日までは第2波のピークの最中である。

 また、この第2波の致死率4.7%という数字はにわかには信じがたい。上記の脚注に従って「死亡までの期間を調整」し、発症から死亡までの期間を十分に長くとって1カ月としても、

  ・6/1?7/19の感染者数8276人

  ・6/1?8/19の死亡者数219人

であるから、致死率は219÷8276=2.6%と計算される。4.7%などという高値にはなり得ない。

 さらに、鈴木氏の政府対策分科会資料の13ページをそのまま引用して期間累計での70歳以上の致死率を算出すると表のようになり、第1波22.3%、第2波5.0%と大差がつく。

拡大政府対策分科会資料をもとに致死率を算出すると…

ところが、鈴木氏は「発症から死亡までの期間を調整して算出した」として、70歳以上の致死率について、なぜか「第2波=25.9%」という5倍以上に跳ね上がった数値を示して、「70歳以上の致死率は、第1波と第2波でほとんど変わらない」という結論にしている。

この根拠不明のデータが「専門家」の見解として国民に周知された。国民の不安が続くのは当然の帰結である。

 

根拠も示さず撤回の無責任

さて、この「専門家」の見解は、その10日後の9月2日に驚くべき大転換を見せる。同じ厚労省専門家会合が、国立感染症研究所が致死率を「改めて調整」をした結果(?)として、

「5月末までの1か月間の致死率は全体で7.2%、70歳以上で25.5%だったのに対して、現在の流行では先月の1か月間に全体で0.9%、70歳以上で8.1%と大きく下がっていた」

と、わずか10日前の発表とは極端に食い違う見解を出したのだ。

 これも再び全国のメディアを通じて国民に発信された。そして、この時も計算の出典・根拠となる数字は示されていない。このような一貫性に欠ける「専門家」の見解に、国民のみならず政府も混乱するのは当然だろう。

拡大新型コロナウイルス感染症対策分科会に出席する関係者=2020年7月31日、東京都千代田区、角野貴之撮影

専門家会合の脇田隆字座長は「検査によって軽症の人が多く見つかったことで、致死率低下の大きな要因だとみられる」と述べているが、この発言にも科学的根拠はない。「PCR検査体制さえ整っていれば、もともと第1波の時から全体致死率はせいぜい1%程度の病原性(毒性)の低いウイルスだった」という見解であれば、納得はできる。しかしながら、これに加えて、この致死率の低下の背景に、ウイルスの変異に伴う病原性(毒性)の減弱の関与も否定できない。この可能性を生物学的に証明するにはさらなる時間がかかるため、現状では疫学データを科学的に分析することが必要となる。残念ながら、政府や厚労省の「専門家」が、この疫学データを科学的正確性をもって分析できているとは思えない。

 コロナ対策における政府や厚労省と国民の間の透明性の欠如について、いまさら非難することには空しさを感じる。朝令暮改の見解を相次いで国民に発信し、科学的根拠のない推察を平気で述べて憚らない姿勢には、学者・医師としての矜持すら感じない。

来年(2021年)の東京オリンピック開催には賛否が分かれているが、国内の健康被害(イコール感染者数ではない)を拡大させることは絶対に避けなければならない。SARS-CoV-2の変異株は世界中で既に5000近くに達している。人の移動が制限されている現状では、国や地域によって流行しているウイルス株が異なっていることは当然で、これは複数の国のゲノム解析によって証明されている。病原性(毒性)の強い株が流行している国や地域からの入国を選択的に制限する措置は必須と考える。そのためには、疫学データの科学的分析による致死率の国際的な標準化を、主催国である日本が先頭に立って進めるべきである。

 

医療資源の浪費、感染者差別、経済損失の元凶

「専門家」による科学的分析の不備は、「指定感染症」の漫然とした継続にもつながっている。感染が広がりだしたばかりの1〜2月は実態が掴めていなかったので、SARS-CoV-2を「指定感染症」として1類相当とした(つまり無症状者の入院・隔離をさせていたが、なぜか名目上は「2類相当」としていた)措置命令は仕方がないとしても、世界保健機関(WHO)がパンデミック宣言を出した3月初めには致死率は2〜3%程度(上記の専門家会合の解釈によると、せいぜい1%?)であることがわかっていた。

拡大机の間隔を広げた小学校の教室=2020年7月3日、広島県福山市、佐藤英法撮影

しかしながら、政府は第1波が収束した5月中旬になっても、1類感染症であるエボラ出血熱(致死率50〜90%)と同等の措置を何の科学的根拠もないまま漫然と国民と医療現場に強いてきた。この過剰な措置に科学的見地から異を唱える「専門家」はいなかったのか。

指定感染症を漫然と継続した結果、ベッドやマンパワー、防護具といった貴重な医療資源が無症状や軽症の患者に消費され、本当に必要な重症者から奪われるという医療危機が続いた。さらに、感染者への不当な差別や偏見という人権問題を生み出し、経済損失の累積は極限に達した。今ごろになって「指定感染症」の解除や緩和の議論を始めても遅すぎる。数カ月で失ったものが大きすぎる。

 今のコロナ禍に「人災」の部分があるとすれば、その元凶は「夜の街」でも「意識の低い若者」でもなく、一貫性のない情報で社会を混乱させ、国民や医療現場に過剰な負担を根拠なく漫然と強要してきた政府、厚労省、そして何よりもそれを支持してきた「専門家」によるものではないか。

 

 

 

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