グローバルオピニオン
技術革新 「偏り」に目配りを
米ハーバード大教授 ダニ・ロドリック氏
Dani Rodrik トルコ生まれ。プリンストン大博士。著書にグローバル化、国家主権、民主主義が同時に成り立たないと主張する「グローバリゼーション・パラドクス」ほか。
イノベーション(技術革新)は経済のけん引役だ。生活水準は生産性の向上によって決まるが、生産性の伸びは新技術の導入と普及次第になる。技術が普及すれば、地球上の資源を従来ほど使わず、かつてなかったほどの多様な製品やサービスを生むことも可能になる。
政策立案者や一般市民は、イノベーションの重要性を理解している。だがイノベーションをどう実行に移すかについて、少数の投資家や企業が計画を立てていることは、あまり理解されていないようだ。
先進国では、民間企業が研究開発(R&D)の多くを実施している。ただし、民間部門のR&Dを維持するために不可欠な社会や法律、教育のインフラを提供するのは公共部門だ。民間部門のイノベーションは、政府の基礎科学や研究所への補助金、公的資金に支えられた大学で教育を受けた理系の人材に大きく依存する。民間のR&Dは、税額控除などを通じ国家から多額の補助金を得ている。
社会は、イノベーションの規模だけでなく、種類についても気にかけるべきだ。安全で環境に優しく、人間の労働力にとって代わるのではなく人間に力を与え、民主主義的な価値観や人権に沿った技術への投資を確実にする必要がある。
イノベーションへの支援に国家が大きく関与しているにもかかわらず、政府は通常、民間企業の技術革新の方向性に驚くほど注意を払わない。しかし民間企業の優先事項に従うと、リターンが長期的な気候変動を軽減する技術などへの投資がおろそかになったり、デジタルがプライバシーに及ぼす影響への配慮が不十分になったりする。製薬会社であれば、貧しい国の熱帯病のワクチンではなく、先進国の難病を治療する高額な医薬品の開発で収益を得ようとする。
自動化についても、こだわりすぎると、賢明な起業家でさえ判断を誤りかねない。電気自動車(EV)メーカーの米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、普及車種「モデル3」の量産に苦しんだ。マスク氏は「人間の力を過小評価し、生産ライン自動化を急ぎすぎた」と認めた。
ハーバード大のジョシュ・ラーナー教授とラマナ・ナンダ教授によると、米国では、ベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップ企業のイノベーションへの資金提供で大きな役割を果たす。VC業界はサンフランシスコとニューヨーク、ボストンの3地域に約3分の2が集まっているという。VC大手の最低1社で取締役を務める投資パートナーの約4分の3は、スタンフォード大やアイビーリーグ(東海岸の有名私立大学)、マサチューセッツ工科大といった名門出身で、偏りがみられる。
公共のイノベーションのプログラムでは、優先事項が偏っている場合が多い。米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)のプログラムは、米国のハイテクのイノベーションを支援する最大級のものといえるが、主に関心が向けられているのは技術の軍事利用だ。インターネットの原型や全地球測位システム(GPS)など、DARPAの開発は民間にも利益をもたらしているものの、優先事項が国防を考慮して決められているのは明らかだろう。
おそらく最大の問題は、(世界的に)労働者に優しいイノベーションへの投資に特化したプログラムを持つ政府がないことだろう。イノベーションが社会に有益なものになるためには、方向性が社会全体の優先事項を反映する必要がある。技術の進む道を変えるのは難しいという考え方が広がり、政府は責任を回避してきた。しかしイノベーションは、一部の者だけに任せるには重要すぎる。
人との共生カギ
歴史を顧みれば、イノベーションが果たした役割とは人間の生活を豊かにしたことと同時に、世界人口を急激に増やしたことではなかったか。100年単位で追った各種人口動態調査をみても、18世紀に始まる産業革命を境に世界人口が幾何級数的に増えだしたことが一目瞭然だ。
20世紀までの資本主義はそれにより、人口増→市場の拡大→設備投資という循環の中で強化・持続された。だが、21世紀に入り、先進国の人口の伸びは緩慢ないし減少に転じ、生産量の増加によって成長する経済モデルがいたるところでほころび始めている。
代わりに注目されだしたのがデータによる成長だ。インターネットに人がつながることで新たな市場が無数に誕生し、経済のけん引役になろうとしている。
ただし、情報技術による技術革新は雇用を生みにくいばかりか人からそれを奪う懸念もあるのは周知の通りだ。ロドリック氏が主張するのも「人との共生を促す技術革新」ということになる。