その服、「ウイグル製」ですか

 

 

中国の新疆生産建設兵団(XPCC、通称『兵団』)ほど、英国の小説家ジョージ・オーウェルが「1984年」で描いた「監視管理体制」を地で行く複合企業は他にないだろう。

 

中国政府は新疆ウイグル自治区のウイグル族に縫製などの強制労働を強いているとされる。写真は同自治区カシュガル地区の訓練学校で縫製を学ぶウイグル族の女性たち=ロイター

■300万人の団員抱える「兵団」

兵団は中国西部を拠点とし、300万人近い団員を抱える準軍事組織だ。設立は54年。当時イスラム教徒のウイグル族が圧倒的多数を占めた地域(55年に新疆ウイグル自治区となる)に、中国人口の9割強を占める漢民族の復員兵を大量に入植させる目的で設立された。兵団が今も抱える10万人の民兵は過激思想の取り締まりに当たるだけでなく、他の従業員と共に多くの製品を世界に供給している。綿花栽培事業では約40万人に上る農作業員が中国産綿花全体の3分の1に当たる量を収穫し、ほかにもトマトの輸出など幅広い事業を営む。パジャマからトマトピューレーまで、兵団の製品は世界中に浸透している。

米国務省は、兵団は強制労働も活用していると指摘する。ウイグル自治区ではウイグル族を含む少なくとも100万人の少数民族が強制収容されているとされ、米財務省は7月31日、兵団の幹部2人を同自治区での人権侵害に関与した疑いで制裁対象に加えた(編集注、米国人が兵団と取引することも禁じられた)。

トランプ政権は制裁に先立ち、同自治区内外でウイグル族を強制労働させる生産活動に関与しないよう企業に警告していた。カルバン・クラインやトミー・ヒルフィガーなどのブランドを抱える米アパレル大手PVHや一部の小売企業は、そうした労働慣行への関与を懸念し同自治区との関係を断つと発表した。電子機器や靴を製造する西側企業のサプライチェーンを監査する複数の組織は、ウイグル族が強制的に国内の他地域の工場に送られ、働かされている可能性を示す「警戒すべき兆候」が多くあると言う。

 

■厳しい現地での強制労働の有無の確認

貧困や抑圧がはびこる地域から原料を調達する大企業が、現地労働者の待遇に問題がないか調べるのは珍しくない。だが中国の場合、その国家権力や経済規模、米国との対立などから問題は複雑さを深める。ある企業の幹部は、新型コロナ禍で既に多くの企業が中国でのサプライチェーンの縮小を迫られているのに、ウイグル族の強制労働問題が「事態をさらに深刻にしている」と語る。

確かに西側企業は複数の難問に直面している。現地の監査も今や難しいのに、どうすれば自社のサプライチェーンが強制労働とは無縁だと証明できるのか。米中両政府を怒らせずに労働者の人権問題にどう声を上げて対処すればいいのか。現場の調査に力を入れて、かえってウイグル族の立場が一段と厳しくなるのを防ぐにはどうすればいいのか。いずれも倫理や政治、社会に関わる問題であり、企業は自分たちだけで解決するには荷が重すぎると感じている。

 

■トレーサビリティーの難しさ

まずトレーサビリティー(生産履歴の追跡)の問題から考えてみよう。ウイグル自治区は世界最大規模を誇る中国の綿花栽培や製糸、繊維産業の中心地だ。中国綿花栽培の84%を担い、ここで栽培される超長綿は需要が高い。他の品種より色が白く、なめらかな生地ができるため、ドレスシャツの素材として世界的に人気だ。また同自治区には西側ブランドと提携する国内最高級のシャツを製造する企業の紡績工場も複数ある。

最近までこれらのブランドは、同自治区の労働条件に懸念を深めると監査人を現地工場に派遣し視察させていた。だがある関係者によると現地当局が「まるで違法なことでもしているかのように」視察の様子を監視するようになったため、視察をしなくなった。監査の目が届かなくなった同自治区はサプライチェーンのブラックホールと化し、西側企業が現地のサプライヤーと取引を続けるのはほぼ不可能になっている。

 

■外交支援がない中での企業の闘い

問題はそれだけではない。同自治区で栽培された綿花は、中国の他の地域でも製糸に欠かせない原料であり、そのため輸入綿花を含め他の品種と混ざって世界中に輸出されている可能性がある。ある監査人は、すべての綿花の原産地を調べて同自治区で栽培された綿花が含まれていないことを証明するのは「これまで経験したことがない大変な作業だ」と嘆く。

第2の大問題は地政学だ。米中対立をかいくぐってビジネスをするのは一層難しくなっている。国際的大企業は中国本土のサプライチェーンへの依存度を下げても、中国からの完全撤退は望んでいないと話す。だが中国内の消費者に商品を届けるだけが目的としても、中国の工場を維持すれば同自治区の強制労働で生産された原料を使ってしまうリスクが生じる。また中国政府がウイグル族の人権問題を海外から批判されることに強く反発しているため、西側企業は中国のサプライヤー各社に代わりに強制労働をなくすよう活動してもらうしかないが、中国企業が中国政府にそうした要求するのは難しい。

一方、米国ではウイグル族弾圧に加担した者を処罰する方針は党を超えて支持されており、11月の大統領選挙で誰が勝利しようと弱まりそうにない。しかし、米国のブランド各社は、米政府による後ろ盾がない中で、政治家らのせいで中国での人権抑圧との闘いの最前線に立たされたように感じている。各社は中国との交渉で外交的支援をほぼ得られないうえ、SNS(交流サイト)などでいつ激しい批判を浴びるかもわからない危険にさらされている。

ある企業の幹部は「まるで魔女狩りの時代のようだ。必ずしも自分たちに全責任がなくてもすぐ批判される。よき企業とみられるには極端なまでの取り組みが求められる。無罪判決を勝ち取るのは困難きわまりない」とこぼす。誰かに罪をきせるのは簡単だ。

 

■意図せざる損害をウイグル族に与えるリスク

こうした事情から多国籍企業は極めて慎重になっており、そこに第3のジレンマがある。ウイグル族の従業員が強制労働を強いられていないと証明するのは非常に困難なため、様々な活動家(と、恐らく消費者)からの反発を回避するにはウイグル族の従業員をサプライチェーンから除外する必要がある。

数十年にわたり信頼関係を築いてきたとしても、そうすることは最終的に同自治区と関係がある中国サプライヤー企業(つまりほとんど)と手を切らなければならなくなる恐れがある。その場合、西側企業はウイグル族にまともな仕事を大いに提供したいと考えていても、彼らに直接的または間接的な損害を与えることになりかねない。

アパレル各社は、技術が解決策となるかもしれないと考えている。糸や生地に使われる綿花の産地、出所をDNAその他から特定するプログラムが実験的に小規模ながら始まっている。非政府組織(NGO)「責任ある調達のためのネットワーク」を立ち上げ、バイスプレジデントを務めるパトリシア・ジュレウィッツ氏によれば、アパレル各社は、米国で2010年にドッド・フランク法(金融規制改革法)が成立した際、米アップルを含むテック各社が同法に対処するため、自社のサプライチェーンにコンゴ民主共和国産の鉱物が入り込まないようにした対応策を研究しているという。

 

■中国政府が高圧的になるほど不安定になる皮肉

もちろんTシャツはスマートフォンより安価であり、原料をどこから調達しているかを特定するコストは割に合わない可能性がある。理想的な解決策は、中国政府がウイグル族弾圧を止めることだ。

あるビジネスマンが指摘するように、中国政府がウイグル自治区の安定を維持しようと高圧的な手段に出るほど、同地域の経済は皮肉にもますます不安定になるリスクが高まるということを忘れてはならない。

 

 

 

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