Deep Insight
不測の時代の良い会社 まだPDCAですか
本社コメンテーター 中山淳史
「PDCAを徹底して業績目標を必ず達成する」。最近の企業の四半期決算発表で経営者の口からこんな言葉を何度か聞いた。
PDCAとはプラン、ドゥー、チェック、アクト(計画、実行、評価、改善)の略だ。品質管理(QC)で知られる米国のエドワーズ・デミング博士らが1950年代に提唱した経営手法の一つで、日本では90年代までの成功体験もあり、「PDCAを徹底する会社=良い会社」の図式で考える企業が今なお多い。
間違っているとはいえない。だが誕生から60年以上が経過し、PDCAにはスピードが鈍い、手順重視の傾向が強く現場社員が思考停止に陥る、などの問題点が指摘されているのも事実だ。
特に、時々刻々と状況が変わるこの局面でPDCAはどれだけ有効なのだろうとの疑問が正直ある。世界を覆うコロナウイルスの感染拡大がいつ収束するかが見えず、異常気象の追い打ちも続く時に何を計画し、どう動き、どんな的確な見直し作業が組織を挙げてできるのか。全員で誤った方向を向かないよう、かなりの注意が必要なように感じられる。
人工知能(AI)研究が長く、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)にも詳しい日立製作所の矢野和男フェローが面白い指摘をしていた。
一般に経営者が経営計画づくりで頼りにするのは過去のデータだが、「そこからでは意味のある未来予測はできない」という。重要なのは現在起きていることであり、「そこに突然変異的な出来事が存在することがわかれば目をつぶらずに真剣に未来への影響を考えること」だそうだ。
なぜ過去に意味がないかといえば、終わってしまって情報としての価値を損なったのに加え、企業のデータ解析では、時々表れる突然変異的事象を除外することが一般的だからだ。PDCAを回そうにも計画の前提から貴重な情報が消えているわけだ。
アカデミズムの世界ではよくあることだという。例えば統計学ではデータに潜む一貫した傾向や普遍性が重視され、偶然起きた結果ではないことを論文で証明しないといけない。そうした「偶然でないこと」は「統計的有意」と呼ばれ、英ネイチャーなど権威ある科学誌の規定にも統計的有意性を論文で示すことが求められている。
だが、ウイルスとの闘いや経営の現場では世界が逆転する。起きていることの中には過去データをあたっても把握できないことが多数存在し、危機の予測や事態の打開に貴重な示唆を与えてくれる情報が多くなる。
経営でいえば、そうした状況下で過去の延長線上に計画を固めてしまっては危険だ。むしろ起きている事実を見極め、臨機応変に軌道修正する。PDCAを使うにしてもそういう姿勢がないと失敗の可能性が広がる懸念がある。
海外企業はその点どうだろう。米国のGAFAなどシリコンバレー企業で見かけるのはOODAループという手法だ。OODAとはオブザーブ、オリエント、ディサイド、アクト(観察、適応、決定、行動)の略で、状況をまず見るところから始まる点でPDCAより進化しているようにも見える。
だが、「観察を継続する」との点では徹底の度合いがそう高いわけではなく、未来を予測する上で見落としが多いとの指摘もある。
一例を挙げれば、グーグルを傘下に持つアルファベットは4〜6月期業績が株式上場以来初の減収減益だった。「コロナ禍で広告が減ったため」と同社は説明するが別の要因、例えばZ世代(21世紀生まれ)といわれる層が個人情報保護や市場独占を理由に広告を忌避しているとみられる点を同社が見過ごし、効果的な対策を打てなかったとする見方も可能だ。米調査会社によれば、「広告ブロッカー」と呼ばれるアプリを使った広告排除の動きは年間1.5兆円を超す規模にも達している。
コロナ禍で存在感を増すGAFAも全知全能ではない。PDCAやOODAをやっているから良い会社ではもちろんないし、より新しい「アジャイル」「ソフトウエアファースト」などの先端的経営手法を導入したとしても不断の取り組みを欠いていれば、結果は同じに違いない。
もちろん、「現状を見極めること」は「慎重になりすぎること」ではないし、使うあてもなく資金を積み上げることでもないはずだ。サントリーホールディングスの新浪剛史社長は「社員と方向性を共有しつつ、経営者としてはプランA、Bを絶えずアップデートし、温めておきたい」と話す。攻めと守りは表裏一体であり、どちらに動くかは経営者の現状認識によるところが大きい。
韓国や東南アジアでは最近、事業売却や企業買収に果敢に動く企業が増えつつあるという。日本ではセブン&アイ・ホールディングスが米国で2兆円超の大型買収を決めた。背景には経営者が得た何らかの偶然の発見や変化の予兆があるのかもしれない。
不測の時代に予定調和はない。経営学者ピーター・ドラッカーは「未来についてわかるのは『未来はわからないこと』と『未来は現在と違うこと』の2つだけだが、未来の予兆はどこかに必ず存在する」と書いた。今後の「良い会社像」も見えない未来の予兆を感じ取る会社、例外や突然変異と敏感に向き合える会社ということになっていくのではないか
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