時論・創論・複眼
安保戦略見直し 焦点は(複眼) 中谷元氏/トム・カラコ氏/森聡氏
地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備断念を受け、政府は代替となるミサイル防衛体制と新しい安全保障戦略の検討に乗り出した。北朝鮮の新型ミサイルの脅威や軍事面での中国の台頭など日本を取り巻く情勢は厳しさを増す。政策見直しの焦点を専門家に聞いた。
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■説明尽くし抑止力強化 元防衛相 中谷元氏
なかたに・げん 1980年防衛大卒、陸上自衛隊へ。90年衆院初当選。防衛庁長官、防衛相、自民党安保調査会長などを歴任。衆院高知1区選出、当選10回。62歳
地上イージスは弾道ミサイルにしか対応できない。北朝鮮はミサイル技術を向上させており、放物線を描く弾道ミサイルだけでなく、不規則な軌道や地上すれすれに高速で飛んでくるものなど日本のミサイル防衛の穴を狙っている。中国などは極超音速ミサイルを開発している。
米軍は弾道ミサイルや巡航ミサイル、航空機、無人機など空からのあらゆる脅威に一体で対処する「統合防空ミサイル防衛(IAMD)」の構築を進めている。
単に1カ所でミサイルを探知し迎撃するのではなく、離れた場所にある複数の地上レーダーやイージス艦、早期警戒機などで監視し、それらをネットワークでつないで情報を共有して最適な場所から迎撃するという構想だ。日本も米国の動きと連携して、総合的なミサイル防空能力を強化していく必要がある。
敵基地攻撃能力の保有は憲法上可能であり、自民党もすでに提言している。迎撃の手段だけでなく、撃たせないための努力や予算の使い方がやはり必要だ。いままでは「攻撃は米軍、守りは自衛隊」という役割分担をしてきたが、ゼロか百かではなく、日本も敵基地や軍事施設を攻撃できる能力を何割かはもつことによって、抑止力を働かせることを検討すべきだ。
ただ、どこまで許されるのかはこれから詰めないといけないし、簡単な話ではない。相手の基地やミサイルの状況を把握していないと攻撃できないわけで、そのための情報をどうやって収集するのか。敵基地をたたく長射程のミサイルをどうするのかという手段の問題もある。国会承認など手続き面も議論しておかなければならない。国民が理解できるような説明が必要だ。
中国は南シナ海や東シナ海で軍事的な挑発や既成事実化をもくろむ冒険的な行動を強めている。軍拡の方向性は今後も変わらないだろう。防衛努力を怠るべきではなく、(沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ)「第1列島線」を突破されないように全力を挙げると同時に、太平洋側からミサイルを搭載した艦船が近づいてくることも想定して対応しておかなければいけない。
中国の覇権主義を認めないように日米の同盟関係をより強化し、日本自身もできることはやっていく。オーストラリア、インド、東南アジアと連携した「自由で開かれたインド太平洋」構想も着実に進めていくべきだ。
陸海空以外にも対応しなければならない領域は広がっている。宇宙では米中が軍用衛星の配備を進めるが、日本は状況監視のレベルにとどまる。世界の動きに追いついていかないといけない。サイバー分野でも国としての対策は内閣サイバーセキュリティセンターが担当しているが、各国は軍が担っている。
装備に関しては米政府と直接契約する対外有償軍事援助(FMS)で丸ごと買い取っているが、国内の技術開発の遅れで防衛費を増やしている面がある。使い勝手の悪いような状況にもなってきており、防衛産業を育成して技術を発展させないといけない。
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■最善の「矛と盾」追求を 米戦略国際問題研究所シニア・フェロー トム・カラコ氏
Thomas Karako 米クレアモント大学院大で博士号。ミサイル防衛、核抑止の専門家。ジョージタウン大非常勤講師、カーネギーメロン大フェローも務める。40歳
日本の地上イージスの配備計画の断念に少なからぬ米国人が失望した。ただ、安全保障上の脅威は常に進化しており、私たちは適合し続ける必要がある。中国や北朝鮮は弾道ミサイルだけでなく、極超音速ミサイルや無人機といった新たな兵器を生み出した。
今回の決定を、日本はこれらの多様な脅威に立ち向かうためのより強固で対処能力が高い代替策を構築する機会にできる。例えば日本の近隣国がいくつもの巡航ミサイルと弾道ミサイルを同時に発射し、さらに無人機を攻撃に使う事態も想定される。こうした複雑かつ一体化した攻撃に日本の現状の弾道ミサイル防衛(BMD)は対処しきれないのが事実だ。
日本の選択肢として統合防空ミサイル防衛(IAMD=Integrated Air and Missile Defense)がある。従来のBMDにとどまらず、空のあらゆる脅威に包括的に対処する概念だ。この一環で私が反撃能力と呼ぶ、いわゆる敵基地攻撃能力の保有を日本が検討するのは道理にかなう。
無人機や巡航ミサイルの導入も幅広く考えてよい。日米安保体制では伝統的に米国は「矛」、日本は「盾」の役割を果たしてきた。費用対効果の観点からも、新たな脅威を前に日本が両方を検討するのは賢明だ。
これらは米国のアジア戦略と密接に絡む。米国は地上配備型の中距離ミサイル(射程500〜5500キロメートル)を全廃するロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約を2019年に失効させた。これまで禁じられてきた中距離ミサイルを米国がアジアに配備しても良いし、日本が同型ミサイルを含めた反撃能力を自ら保有する選択肢もあろう。
日米が緊密に連携し「矛と盾」の最善の組み合わせを探るのが大事だ。そこにはサイバーや電磁波を使って敵の通信を妨害する電子戦も含まれる。
軍拡に関する制約のなかった中国は一方的に有利な状況であらゆる種類のミサイルの実戦配備を進めてきた。(18年に配備されたとされる)米領グアムを射程に入れた中距離弾道ミサイル「東風26」は米国にとって脅威だ。
中国は今は軍縮交渉のテーブルに着くことを拒否している。中国を交渉に応じるように追い込むためにも、INF条約を破棄したのは正しかった。米国にとっての制約が取り除かれ、交渉で強い立場をとることができる。
ミサイル防衛の観点からは宇宙での日米協力も極めて重要になる。この5年間ほどで宇宙の軍事上の重要性は増した。とりわけ衛星で極超音速ミサイルなどを探知して追跡するセンサーの配備では協力の余地が大きいとみる。
中国の脅威が座視できなくなり、インド太平洋地域の重要な同盟国が動きを活発にしている。(対中強硬に傾きつつある)オーストラリアは10年で20兆円を投じる新しい防衛戦略をまとめた。日本の安保戦略の見直しも時宜を得ている。こうした動きは米国のアジア離れを防ぐことにもつながる。
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■自衛隊の変革は急務 法政大教授 森聡氏
もり・さとる 京都大法卒、東京大博士(法学)。外務省勤務後、研究の道に。専門は現代米国の外交・国防政策。軍事テクノロジーや米中対立の動向に精通する。47歳
安保戦略は文書を策定しても実態が変わらなければ意味がない。日本の防衛体制を戦略環境に即した形に変革することが最も重要だ。ポイントは中国の強大化と一方的に国益を追求するような力の使い方にどう対応していくかだ。
中国の軍拡はその政治、社会、経済構造に根差している。台湾問題がある限り、軍備管理・軍縮に応じることはないだろうし、国連海洋法条約を順守するとも思えない。サイバー手段による知的財産やデータの窃取も安保上の動機だけでなく経済発展のためであり、やめないだろう。地域諸国が安心できるような環境が整う見通しは当面ない。
日米同盟は威嚇に屈しないために、中国の実力行使をくじくような態勢を築く必要がある。具体的にはミサイルやサイバー防衛、台湾有事もにらんだ長距離対艦ミサイルなどによる海上優位の確保だ。中長期的には、中国が攻撃ではなく防御に投資せざるを得ないように仕向ける競争的戦略をオーストラリアも含めた3カ国で展開すべきだろう。
中国や北朝鮮は極超音速や変速軌道のミサイルを開発している。相当数の在来型ミサイルもあり、多層的な防御システムを築くしかない。日本は飛来するミサイルを撃ち落とすことばかり重視してきたが、長距離精密誘導ミサイルやステルス無人機などの限定的な打撃力を保有することも選択肢となる。自衛隊が軍事施設などの固定目標を攻撃できれば、米軍は移動式発射台など、より対処が難しい標的に集中できる。
米軍は多数の小型衛星を打ち上げて通信網をつくる「衛星コンステレーション」を研究している。弾道ミサイルを想定した現システムでは探知・追尾が難しい新型兵器も監視できるようにする構想で、日本も参加した方がいい。
経済安保では貿易、技術、データのリスク管理が課題となる。経済合理性とバランスさせながら、どこまで安保リスクを甘受するのかという衡量判断になってくる。とくにデータは先進国の富の源泉であり、守るべき国民の財産。サイバー防衛にもかかわってくるので一番重要だ。
サイバー防衛力の向上は急務だ。国防における比重が大きくなっているのに、日中の能力ギャップが広がっている。ミサイル防衛もネットワークをやられたら終わりだ。相手のシステムに入り込めないと意味がないが、専守防衛や電気通信事業法の秘密保護などの制約がある。
専守防衛のあり方も変わらざるを得ないのではないか。抑止力を持つことによって平和を保つという、専守防衛が奉ずる価値を実現することこそが重要だ。それを具体的な自衛隊の戦略のなかで実現していくべきだろう。
今後は戦闘ネットワークに人工知能(AI)が導入される時代になる。新しい技術とそれを生かす作戦、組織、人材の四位一体で自衛隊を変革していかないといけない。民間の専門家を期間を定めて登用する仕組みも検討したらどうか。予算は限られる。何を獲得して何を捨てるのか、厳しい判断が必要となる。
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<アンカー>中国の脅威直視し議論を
7年前に初めて策定した国家安保戦略も、ミサイル防衛や海洋安保、サイバー・宇宙空間といった新領域への対応の必要性は一通り指摘していた。この間、北朝鮮の核・ミサイル開発は止まらず、中国は国際協調路線に背を向けて軍備拡張にまい進してきた。
中国との経済関係は多くの国にとって無視できない重みを持つ。とはいえ、安保環境を踏まえれば、外交努力は続けつつ、現実の脅威を直視し「備え」を万全にする議論が避けられない。地上イージスの配備断念を奇貨として、抑止力を高めるための最善の選択肢を探る機会とすべきだ。
森氏が指摘するように、重要なのは抽象的な文書より実際の防衛体制の変革だ。各国の動きは速い。ディスラプティブ(破壊的)な技術革新への対応は、安保分野でも待ったなしである。