藤井新棋聖、AI時代の高速出世 羽生・渡辺上回
最年少でタイトルを獲得し、記者会見で笑顔を見せる藤井聡太新棋聖(16日、大阪市の関西将棋会館)
将棋の高校生プロ、藤井聡太新棋聖(17)が16日、タイトル獲得の最年少記録を30年ぶりに更新した。羽生善治九段(49)や渡辺明二冠(36、棋王・王将)らを上回るスピード出世は本人の才能や努力があればこそだが、人間をはるかに上回る将棋AI(人工知能)が普及したことも背景として見逃せない。
「藤井さんの活躍度合いは自分より2年くらい早い感じ」。渡辺二冠は以前、こう語ったことがある。事実、藤井棋聖は羽生九段(19歳3カ月)、渡辺二冠(20歳8カ月)より1〜2年早く初タイトルを勝ち取った。
羽生九段、渡辺二冠らの若手時代と現在で大きく異なるのが、圧倒的な強さを持つ将棋AIを誰もが気軽に利用できるようになったことだ。現在、研究にAIを活用していないトップ棋士はごくわずか。「現代将棋の序盤戦は、出現しそうな変化をソフトにかけて、どれだけ手順と評価値を暗記できるかの勝負です」(渡辺二冠)
「早く終盤になればいい」という若き日の谷川浩司九段(58)の言葉に象徴されるように、圧倒的な終盤力を持つ天才少年もかつては序中盤に課題を抱えるのが当然だった。だが現在はAIを活用することで、若手プロも、序中盤の経験不足を補い、形勢判断の精度を向上させやすくなっている。
将棋の斬新な戦法を考案した棋士らに贈られる2019年度の「升田幸三賞」には、将棋ソフト「elmo(エルモ)」が広めた対振り飛車の陣形である「エルモ囲い」が選ばれた。将棋AIは独創性が問われる序中盤でもプロ棋士の研究に欠かせない存在になっている。
もっとも、プロ棋士によるAIの活用は「まだ手探りの段階」(羽生九段)。AIをいかに活用するかも勝負の一部といえる。藤井棋聖はコロナ禍で対局がなかったこの4〜5月も、AIを使った勉強を進めていたという。
藤井棋聖は幼少期からAIで学んだわけではなく、本格的に使い始めたのは、プロ入りする前の2016年前半ごろからだ。4年前と比べて今の自分は「(大駒の一つ)角1枚分」強くなったと表現する。5歳で将棋を覚え、パズルの要素もある「詰め将棋」を解く正確さや速さを競う大会では最年少の12歳で並み居るプロ棋士を破って制覇。詰め将棋をはじめとした伝統的な勉強法で鍛えた読みの力と、AIの活用による序中盤の精度向上。この2つが相次ぐ最年少記録の裏にはある。
藤井棋聖の師匠、杉本昌隆八段(51)は、大舞台での弟子の勝負度胸にも太鼓判を押す。「デビューから29連勝の時は大変な騒ぎでした。あの経験をしているので、彼はどんな舞台でも緊張なんてしないと思います」
「永世七冠」達成で国民栄誉賞も受けた将棋界のスーパースター、羽生九段が七大タイトル(当時)を独占したのは、1996年、25歳の時。既に「二冠や三冠になってもおかしくない」といわれる17歳のタイトルホルダーは、羽生九段以来となる全冠同時制覇にも期待が集まりそうだ。
藤井棋聖という新たなスターの登場とともに、AIの普及が将棋観戦の楽しみを広げた。将棋の中継は「初心者から見ると、何をしているか分からない。どちらが優勢か分からない」のが課題だった。現在、タイトル戦など多くの対局を中継するインターネットテレビ「ABEMA(アベマ)」は「先手56%―後手44%」といったAIによる評価値を映し出し、形勢判断は一目瞭然。自分では指さない「観(み)る将」と呼ばれる将棋ファンの開拓に貢献している。
アベマの2020年上半期の人気番組ランキングトップ10には、アイドルグループ「乃木坂46」の番組などに続いて将棋中継が5、6、8位にランクイン。新棋聖が誕生した棋聖戦第4局の視聴数も600万を超え、「コロナ禍での在宅勤務で、ついついアベマの将棋チャンネルを見てしまう」(都内在住の50代会社員)といった声もある。
AIを活用した分かりやすい中継で「観る将」が増えたことで、プロ棋士が対局中に食べる食事やおやつ、身にまとう和服など棋士を取り巻く様々な要素にも注目が集まるようになってきた。十八世名人の資格を持つ森内俊之九段(49)や、元王座の中村太地七段(32)が「ユーチューバー」デビューを果たすなど、棋士の側も新たな形でファンへのアピールを始めている。藤井新棋聖の急成長、AIや動画の普及。様々な要素が絡み合い、将棋界は新たな時代を迎えたといえる。
師匠・杉本昌隆八段の話
10年前、小学生の聡太少年に出会ったときから、この日が来ることを確信していました。これで私の目標や、私の師匠、板谷進九段の夢も一つかないました。東海に持ち帰ったタイトルは大切に、いつまでも保ち続けてください。これからも将棋が指せる幸せと、全ての人への感謝は忘れずに。大棋士に成長することを願っています。
羽生善治九段の話
藤井さんの最近の躍進ぶりを見るとタイトル獲得は時間の問題と思っていました。内容も素晴らしく、目を見張るものがあります。今後も将棋界の新たな道を切り開く存在として活躍されることを期待しています。
日本将棋連盟会長・佐藤康光九段の話
藤井新棋聖はさまざまな記録を打ち立てていますが、これは破られることはないのではと感じます。ますますのご活躍を祈念いたします。
これまでの最年少タイトル獲得記録を持つ屋敷伸之九段の話
日本中のファンに注目されるなか、堂々といい将棋を指して、結果を出したのは、素晴らしいことです。今後もタイトル戦は続きますが、いい将棋を作り上げることを期待しています。
囲碁で七大タイトル獲得の最年少記録を持つ芝野虎丸三冠(王座・名人・十段)の話
多くの方に注目される中でも安定した成績を出し続け、頂点まで駆け上がったのは本当にすごいこと。その陰では、血がにじむような努力を続けてこられたのだろうと想像します。年齢が近いこともあり、藤井さんの活躍をニュースでみると自分も更に頑張ろうと、勇気をもらえます。
囲碁・井山裕太三冠(棋聖・本因坊・天元)の話
素晴らしい記録ですが、藤井さんにとっては通過点の一つなのではないかと思います。今後、藤井さんが創られていく世界を、楽しみにさせていただきます。