「トランプ氏、対中政策一貫せず」
ボルトン氏インタビュー 米朝、大統領選前会談も
ボルトン前米大統領補佐官はアフガン政策でトランプ大統領と対立し、辞任を最終決断した=AP
【ワシントン=永沢毅】米国のボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)が14日、日本経済新聞の電話インタビューに応じた。トランプ大統領が中国との関係で貿易問題を優先するあまり、「整合性がある一貫した対中政策はなかった」と語った。トランプ氏が11月の大統領選で再選を果たしたとしても「対中強硬姿勢が続くか分からない」とも述べた。
ボルトン氏は6月発売の著書でトランプ政権の内幕を描いた。同氏はインタビューで「トランプ氏は対中関係のほぼ全てを経済や貿易を通じてみていた。貿易政策も全く一貫性がなかった」と指摘した。その結果、香港や南シナ海など人権や安全保障に関わる「経済以外の課題を考慮するのが困難だった。議論することすらできなかった」と語った。
著書では、香港情勢に関し「逃亡犯条例」改正案を巡る抗議デモが続いていた2019年6月にトランプ氏が「私は関わりたくない。米国も人権問題を抱えている」と述べ、香港問題に距離を置く立場をとったと明かしている。インタビューでは、香港問題で当時から強硬な姿勢を示していれば「(香港国家安全維持法の施行など)香港の自治の侵害は防げたかもしれない」と発言した。
国安法やウイグル問題を受け、いまトランプ氏が対中制裁に取り組むのは「何よりも新型コロナウイルスと関係がある。政治的に有益だから強くあたっている」とし、新型コロナ対応の不手際への批判をかわす狙いがあるとの見解を示した
トランプ氏は18年6月にシンガポールで開かれた初の米朝首脳会談で、韓国との合同軍事演習の中止を側近にも相談せずに北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長に約束した。ボルトン氏はこの決定を「私なら再開する。中止したのは間違いだ」と断じた。「北朝鮮は中止の見返りを何も提供していない」と指摘した。
トランプ氏が米大統領選前に仕掛けるサプライズとして、「金正恩氏との4回目の会談の可能性はある」との見方を示した。
米ロ間の中距離核戦力(INF)廃棄条約を失効させ、新たな核軍縮交渉に中国の参加を求めたことについては「欧州だけでなくアジアなどでの中国の脅威を考慮に入れていた」と説明した。仮に中国がINF条約に署名していれば、「中国が保有する弾道ミサイルの3分の2はおそらく条約違反だ」と指摘し、同国の軍拡に懸念を示した。
トランプ氏が8月末にも米国で主催する主要7カ国(G7)首脳会議にロシアの復帰を唱えていることについてボルトン氏は「誤りだ」と反対を表明した。「大統領が決めてしまい、議論のしようがなかった」と明かした。
ボルトン氏は18年4月〜19年9月にトランプ政権の外交・安全保障政策の司令塔となる大統領補佐官を務めた。北朝鮮への先制攻撃やイランの体制転換が持論のタカ派の論客として知られ、米朝対話などに否定的だった。トランプ氏とたびたび衝突し、最後はアフガニスタンの反政府武装勢力タリバンとの和平協議を巡る対立により政権を離れたと明かした。
インタビュー要旨
【ワシントン=中村亮】米国のボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)が14日、日本経済新聞の電話インタビューに応じた。主なやりとりは以下の通り。
――在日米軍の駐留経費について日本は負担を増やすべきか。
「トランプ大統領は最初の提案として日本が80億ドル(約8500億円)を負担すべきだと考え、私は日本に真剣に検討すべきだと伝えた。それは同盟関係の弱体化を避けるためだった。トランプ氏は同盟関係を完全な取引と位置づけている。韓国の場合には交渉がうまくいかなければ米軍の完全撤収を検討していた」
「私は何を持って『公平な負担』とするか議論を深めるべきだと思っている。日本の場合には米国からの防衛装備品の購入を負担とすることも一案だ」
――日本では敵基地攻撃能力を保有する案が浮上している。
「日本の検討を支持する。大半の米国人も同意するだろう。1990年代に同じ議論が起きた。そのときは米国も含めて、日本は普通の国であり自衛措置をためらうべきではなく攻撃能力を拡大すべきだとのコンセンサスがあったと思う。21世紀に米国の外交にとって死活的問題は中国だ。東アジアの同盟国と緊密に連携したいと考えている」
――北朝鮮との非核化交渉に進展が乏しい。
「当時から交渉がうまくいく確信はなかった。首脳会談は北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長に世間の注目が集まり正当性を与えれば核問題が進展していないのに経済制裁が弱まりかねなかったと危惧していた」
「米韓合同軍事演習を一方的に中止したことも誤りだ。北朝鮮は何も譲歩していないからだ。米韓軍事演習は再開すべきだ」
――回想録には金正恩氏が国内強硬派から突き上げられており、米韓合同軍事演習の中止を迫ったとつづっていた。
「これは相手を出し抜くための共産主義者の典型的なやり口だ。(1945年の)ヤルタ会談で国内統治に盤石の旧ソ連のスターリン氏もこの手法を使った。金正恩氏は私を米国の強硬派だと指摘し、写真をともに撮ろうと呼びかけた。『私の国の強硬派に見せて米国の強硬派は悪い人ではない』と見せてやると話していた」
――トランプ氏が日本人拉致問題を提起して金正恩氏はどう応じたのか。
「トランプ氏は安倍晋三首相との約束を守り、それぞれの首脳会談で拉致問題を取り上げた。金正恩氏は『拉致問題について私たちが知っていることは全てすでに伝えた。小泉(純一郎)政権のときだ』と言った。別の機会では拉致問題に耳を貸さなかった。深い議論にはならなかった」
――トランプ政権は一貫した対中政策が欠如していたのか。
「整合性のとれた一貫した政策がなかったのは、トランプ氏がほぼ全てのことを経済や貿易を通してみてしまうからだ。貿易政策自体が全く一貫性がなく、東シナ海や南シナ海、サイバー攻撃などの非経済分野と整合性をとることが極めて難しくなった。ウイグル族や香港などの人権問題は議論することすらほぼできなかった」
――トランプ氏が香港問題で中国に強硬姿勢を示していれば香港の自治侵害は防げたと思うか。
「できたかもしれない。トランプ氏は今になって香港やウイグル族の問題で強硬な措置を講じているが、それは何よりも新型コロナウイルスの感染拡大があったからに他ならない。政治的に有益だから中国に強くあたっている。大統領に再選しても強硬姿勢を貫くのかは誰にも分からない」
――米国は米ロの中距離核戦力(INF)廃棄条約を失効させ、中国に核軍縮交渉への参加を呼びかけた。
「INF条約はロシアが順守せず、世界中で条約に唯一縛られているのが米国だった。中国がINF条約に署名すれば保有する弾道ミサイルのうち3分の2がおそらく条約違反だ。離脱の際には欧州だけでなくアジアなどでの中国の脅威を考慮にいれていた」
「中国は米ロに比べて核弾頭保有数が少ないと主張し軍縮交渉を拒む。では我々は中国が米国と同水準になるまで待つべきなのか。それはおかしい。もし中国が軍縮に本気で取り組むというなら今すぐ着手すべきだ」
――INFの配備に関して日本政府と協議したのか。
「ごく一般的なことについて話した。日本だけでなく東欧諸国やウクライナとも議論した。彼らはロシアがINFを自由に配備できるようになったことにどのように対処すべきか検討したいと思っていた。この問題は日本や米国、地域の他国との差し迫った戦略的事柄として議論すべきだ」
――トランプ政権は中国共産党を打倒すべきだと考えているのか。
「我々が共産党に批判的なのは、共産党が中国で唯一の正当な政治組織だからだ。米国人はいまだに反共産主義だと思う。ただ我々が議論の対象としているのは中国政府であり、アジアや世界の平和と安全保障を脅かしているのは中国政府の政策だ」
――トランプ政権は駐独米軍の一部をインド太平洋地域に再配置する案を検討している。
「米国は欧州にもインド太平洋にも増派すべきかもしれないと思う。ただあらゆる国が防衛能力を高めるべきで、アジア太平洋の同盟国はもっとやるべきことがある」
――トランプ氏は主要7カ国首脳会議(G7サミット)へのロシア招待に意欲を示しているが、真剣な議論があったのか。
「大統領が決めてしまったから議論のしようがなかった。私は誤りだと思う。G7は民主主義国が一堂に会して共通の立場を調整する場だ。敵国を会議に招く必要はない」
――大統領補佐官からの辞任を決めた最大の要因は何か。
「多くのことが積み重なった結果だ。ただ最終的な問題はトランプ氏が(アフガニスタンの反政府武装勢力)タリバンを大統領山荘に招き、和平合意について協議しようとしたことだ。和平合意自体にひどい欠陥があるし、キャンプデービッドへの招待なんてとんでもない考えだ。その後に署名された米タリバンの和平合意の履行はうまくいっていない」
――11月の大統領選前にトランプ氏は外交でサプライズを狙うと思うか。
「いわゆるオクトーバー・サプライズは大いにあり得ると思う。金正恩氏との4回目の会談の可能性はある。中国に関しては劇的な何かが起きるとは見ていない。大統領選までに意義のある貿易合意が結べるとは思えないからだ。大統領選前まで4カ月あるから、まだいろいろな可能性がある」