真相/深層

 

テニス界、超格差の悩み 大坂選手の年収40億円

 

 

フェデラー選手(左、ロイター)と大坂選手=共同=はスポンサー契約金が収入の大半を占める

 

プロテニスの世界で「超格差」があらわになっている。巨額の富を稼ぐ少数のスターと、経済的な苦境に直面する多数の選手たち。優勝劣敗はスポーツの常だが、新型コロナウイルスによるシーズン中断は持たざる者からはい上がる機会を奪い、格差を広げている。

米経済誌「フォーブス」が5月に発表したスポーツ選手長者番付では、テニス選手が存在感を見せた。大坂なおみ選手(日清食品)が女子アスリート史上最高の3740万ドル(約40億4千万円)を稼いで29位に入り、男子の錦織圭選手(同)は40位。1億630万ドル(約115億円)のフェデラー選手(スイス)がサッカーのロナルド選手(ポルトガル)を抑え、テニス選手で初めて全体1位に輝いた。

テニスのトップ選手に共通するのは莫大な収入をコート外で得ることだ。大坂選手はこの1年、目立った結果を残しておらず、試合の賞金は総収入の1割程度。残りはナイキ、全日空など15社とのスポンサー契約による。フェデラー選手も賞金630万ドルに対し、ユニクロなどとのスポンサー料が1億ドル。故障で長期離脱している錦織選手の高収入も契約金に負うところが大きい。

調査会社のベリファイド・リサーチ・マーケティングによると、2019年にテニス界に流入したスポンサーの協賛金は約1000億円。27年まで毎年5%超のペースで成長が見込まれており、テニスジャーナリストの井山夏生氏は「テニスは広告価値が非常に高い」と解説する。

シーズンは約10カ月続き、試合は世界中で放映され、女性や富裕層のファンも多い。数時間に及ぶシングルスの試合中、視聴者の視線はコート上の2人に注がれる。まさに格好の広告塔だ。

「稼げるスター」の存在はテニス界のシンボルとして貴い価値がある。問題は、その他大勢の選手たちの稼ぎが乏しいこと。これがプロ野球なら様々な収入が年俸という形で再分配されるが、個人種目のテニスはこの仕組みが働きにくい。

世界ランク90位の内山靖崇選手(積水化学)は「安定して食べられるのは四大大会本戦に出られる同100位前後まで」と明かす。海外の試合を回るには年間500万円程度が必要とされ、同200位台後半では持ち出しとなりかねない。

同じように賞金を日銭とするゴルフは世界中にレベルの異なるツアーが存在し、それぞれのツアーの上位にいれば身を立てられる。だがテニス界は「世界ツアー」が唯一の糧道。ランキング制度とわかちがたく結びついたこのピラミッドは強固だが、その分、ほかに稼げる場所がない。

多くの下位選手にとって唯一の実入りである賞金が今、コロナ禍による中断で途絶えている。

男女のツアー統括団体などは選手800人に対して総額600万ドル(約6億5000万円)を給付するなどの救済案を打ち出すが、「本来、賞金で稼げる以上の額を援助するのは本末転倒」との声もあり、誰をどこまで助けるかを巡っては意見が分かれる。内山選手は「選手個人よりも大会を支援し、プレーの場を確保することを考えてもいい」と持論を説く。

需要と供給によって各人の稼ぎが決まる「市場原理主義」に貫かれたテニス界。選手の広告塔としての価値はコート上の成績以上に、国籍や生い立ち、キャラクターなど偶然を含む多くの要素によって左右される。

公共哲学が専門の小林正弥千葉大大学院教授は「スポーツ界には共同体主義の考え方が参考になるのでは」と指摘する。共同体主義とは、助け合いの精神に基づいて共同体(コミュニティー)の発展を目指し、強者が弱者を支えることも含めた再分配や運営を模索するという発想だ。

今回、貧者救済の基金を最初に呼びかけたのはトップ選手たちだった。男子世界ランク1位のジョコビッチ選手(セルビア)は「僕たちの愛するテニスで、少しでも多くの人が食べていけるように努力しなくては。僕たちは同じ船に乗っている」と話したことがある。テニス界の富の偏在を際立たせたコロナ禍は、同時に「正しい分配」について再考を促している。

 

 

 

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