グローバルオピニオン

 

歴史が問うコロナ対策

 

 ニーアル・ファーガソン氏

 

歴史的に感染症のパンデミック(世界的大流行)は約65回起きており、古代ローマ時代や14世紀のペストは世界の人口の3割の命を奪ったとされる。次に被害が大きかったのは191819年のスペイン風邪で、世界の3%5千万人)が犠牲になった。死亡率で見れば、新型コロナウイルスはこうした事例には及んでいない。


Niall Ferguson 英スコットランド出身、オックスフォード大博士。歴史学者。コンサルタント会社グリーンマントル創業者で、近著に「スクエア・アンド・タワー」。

3月にインペリアル・カレッジ・ロンドンが新型コロナにより米国で220万人、世界で3千万人から4千万人が犠牲になりかねないと警告を出した。これにより、スペイン風邪が想起され、世界は過剰に反応した面がある。

私の見方では新型コロナと比較しうるのは、5758年の(中国から世界に広がった)アジア風邪だ。アジア風邪の時は今回のような都市封鎖(ロックダウン)は強行されず、学校閉鎖も限られた。100万人以上の死者が出たとされるが、(社会的弱者にさらに打撃を与える)最悪の経済恐慌は引き起こされなかった。

各国の政策実行者は1月に事態を甘くみて、3月までにパニックに陥り、常軌を逸した行動に出た。経済の封鎖と人々の「監禁」は世界経済を壊した。将来の歴史家は、こうした対応を誤りだったと判断を下すのではないか。人類の歴史で新しい病原体を完全に根絶できたのはまれだ。我々は長期戦に備えなくてはならない。

我々は間違った国の対策をまねてしまった。(感染拡大を隠蔽した後に)厳しいロックダウンと監視体制を敷いた中国ではなく、台湾に学ぶべきだった。検査を進め早い段階で感染経路を絶ち、台湾はロックダウンをしなかった。米国などがかねて用意していたパンデミック対策は作動しなかった。初動の遅さと過剰反応という最悪の組み合わせが危機を招いた。

英イングランド銀行(中央銀行)は、英国が300年ぶりの不況に陥る可能性があると警告した。危機の度合いは2008年のリーマン・ショックよりずっと大きい。人々に恐怖が植え付けられたことで、仕事に戻るようになっても、消費行動は元に戻らないだろう。こうした心理は1930年代の大恐慌時代をも想起させる。しかも、今回は当時よりもずっと速いペースで不況に陥った。

メディアがはやすように中国が勝者になるシナリオはありえない。供給サイドはてこ入れできても、消費低迷は克服できない。労働人口と生産性の低下、過剰債務の問題を抱える中国にとって、今回の危機は予想以上に深刻な影響をもたらす。

新型コロナを巡る中国の対応は、86年のチェルノブイリ原発事故を隠蔽した旧ソ連を思い起こさせた。説明責任も報道の自由もない一党独裁の体制が、自国だけではなく世界にどれだけの惨事をもたらすかを露呈した。民主国家は間違いを犯しても修正が可能だ。独裁は自己修正が利かない。新型コロナ禍は米中間の不信を深め、米国人の中国のイメージも悪化させた。

中国に対し、台湾はどれだけ中華民族が民主体制と自由主義経済をうまく運営できるかを示した。新型コロナ対策ではテクノロジーを駆使した国家による市民監視に懸念が浮上しているが、台湾は技術面でも説明を徹底し、官民協力で技術を市民の自由と自治に生かしたと評価されている。だからこそ、中国共産党は情報操作に躍起になり、台湾をつぶしにかかっている。

リーマン・ショックから米国が雇用を回復するまでに6年程度かかった。29年から始まった大恐慌から回復するには、10年プラス第2次世界大戦を要した。当時は3年かけて不況が深まっていったが、今回は3カ月でいまの危機に陥った。地政学上のリスクも早く噴き出す懸念がある。

 

 

(談)

重み増す人文学

 

2月、欧州で最初に感染がまん延したイタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベン氏が政府による自由の抑制に警鐘を鳴らすと、ネット上で炎上した。危機に際した強権の発動について議論を許さない社会の空気があった。

免疫を高めるしかないと主張した英政府は集中砲火を浴びてロックダウンに方針転換し、個人の自由な判断を尊重するとして規制を導入しなかったスウェーデンに対する批判的な論調も目立った。日本の緊急事態宣言も強権を求める世論に押された面がある。

ファーガソン氏が指摘するように、結局のところ民主国家は一党独裁の中国の対策に倣った。医学予測が不安をかき立て、個人の自由を侵しかねないテクノロジーを駆使した市民監視や感染経路の調査も容認された。科学への信仰のあらわれとの指摘もある。

技術革新と相まって新型コロナは生活様式を変える可能性がある。先の見えない混沌とする時代だからこそ、歴史や哲学など人文学の視点の重みが増しているのではないか。

 

 

 

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