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南シナ海の中国 抑止には連携

 

J・スタブリディス氏 元NATO欧州連合軍最高司令官

 

 

過去20年、中国は南シナ海で「戦わずして勝つことが上策」という、孫子の兵法を思い起こさせる戦略をとっていた。しかし、こうした姿勢は変化しつつあるようだ。米国が世界の指導的地位を放棄したことに伴う混乱のなかで中国は大胆になり、攻撃的な姿勢を強めようとしている。

中国は最近、海軍力などを使って南シナ海沿岸国、特にベトナムとフィリピンに圧力をかけている。4月初めには中国海警局の船艇がベトナムの漁船に体当たりして沈没させ、国際社会から非難を浴びた。

James Stavridis 元米海軍大将。2009〜13年北大西洋条約機構(NATO)欧州連合軍最高司令官。米タフツ大フレッチャー法律外交大学院長を経て、カーライル・グループ所属。

米海軍に対する圧力も強めている。南シナ海やグアム島沖の海域で、艦船や哨戒機に対し危険を感じさせるほど接近したり、軍事用とみられるレーザーを照射したり、といった行為を繰り返している。

一方で、中国は新型コロナウイルスの封じ込めに比較的成功し、経済活動を急速に再開している。こうした状況を考えると、南シナ海の周辺国に対し経済力やソフトパワーによるインセンティブを提供することもあるだろう。

これらの要素から、中国が南シナ海での実効支配を確立する新たな戦略について推測してみたい。

中国はその海岸線から、同国が南シナ海に独自に設定した「九段線」と呼ぶ境界線まで主権が及ぶと主張している。この海域には石油や天然ガスが豊富に埋蔵されている。このことは国際的にも大きな意味を持つ。この海域での主権を巡っては、ベトナムやフィリピンなどの沿岸国が中国の主張に反発し、国際仲裁裁判所も中国の主権を認めなかった。にもかかわらず、中国は一貫して領有権を主張し続けている。

米国は、中国の主権の主張と、領有権を争う海域での人工島造成に異議を唱えるため、「航行の自由」作戦を展開してきた。しかし、中国は積極的に外洋艦隊を拡大し、「空母キラー」の異名を持つ弾道ミサイルも配備しているという。また海洋開発技術も強化してきた。これらの行動を通して中国は、米国に対抗できるという自信を持った。

こうした戦略をより攻撃的にしているのは中国の内政を巡る課題だ。習近平(シー・ジンピン)国家主席は、権力基盤を一段と強固なものにしようとしている。そのためには拡大を続ける中間層を満足させておく必要があるが、経済が減速しているなかでは別のスローガンが必要になる。このため、南シナ海を巡ってナショナリズム的な論調を強める可能性がある。

世界の他の地域は難しい選択を迫られる。中国との本格的な冷戦や銃撃戦を望む国はないだろう。しかし、南シナ海での中国の広範な主権主張に対抗するためには、きめ細かく調整された経済・外交的圧力と軍事的抑止力が必要になる。

米国は、南シナ海の沿岸諸国すべてと日本、インド、オーストラリアの連携による外交的な対抗策を模索すべきだ。

軍事面では、米国だけでなく、例えば英国やフランスといった北大西洋条約機構(NATO)加盟国なども含めた航行の自由作戦も検討対象となる。

それでも中国の危険な行動が続く場合には、経済的要素も含めたアメとムチの使い分けが必要になるだろう。対立はサイバー空間にも持ち込まれる。中国は同空間での攻撃的な活動を活発化させる可能性があり、強力な防御が必要だ。

冒頭で述べたように、孫子は忍耐強い勝利を主張したが、「好機」での積極果敢な行動も重要だと言っている。中国は、南シナ海でまさにそれを実践しているようにみえる。

 

関連英文はNikkei Asian Reviewサイト(https://s.nikkei.com/3ePziVE)に

 

日本も是々非々で意見を

中国が南シナ海で対立をあおる行動をこれ以上続ければ日本も強い態度で自制を求める必要が出てくる。「中国市場を失いたくなければ中国を刺激する発言を控えるべきだ」との声があるが、この発想が中国の無理筋な海洋進出を助長した面もある。関係国の中国への不満が沸点を超えれば武力衝突が起きかねず、ビジネス環境も悪化する。

安全保障問題を経済に波及させたくないのは中国も同じだ。中国が過去に実施した経済報復も決定的なものは避けてきた。世界各国は経済面で中国依存を強めているが、中国も世界各国への依存を強めており、対立で部品や機械の輸入が滞れば中国経済が揺らぐからだ。日本は経済への波及を過度に恐れることなく、是々非々で中国に意見を表明していくべきだろう。

 

 

 

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