コロナが試すIT競争力 

 

日本、際立つ出遅れ

 


接触追跡などITを駆使したコロナ対策が世界に広がる(シンガポール)

新型コロナウイルス対策を巡って、最新のデジタル技術やデータ活用を取り入れる動きが世界で広がる。先進事例からは、まず走り出す迅速さ(スピード)、官と民の連携(シェア)、使う手段や情報の臨機応変な代用(サブスティチュート)という「3つのS」の重要性が浮かぶ。危機対応で各国政府のIT(情報技術)競争力が試されるなか、日本の出遅れは際立つ。

スマホに話しかけると、人工知能(AI)が声や呼吸音から肺の状況を解析する。「8割超の精度でコロナ感染を判定できる」。欧州専門家集団、ボイスメドが開発した簡易診断技術だ。一時は医療崩壊に追い込まれたイタリアで5月、本格導入が始まった。

きっかけは3月下旬に政府が後援したビジネスアイデアのコンテストだ。欧州最悪となる感染拡大のスピードに、検査体制が追いつかなかった教訓から採用を決めた。市民へ利用を呼びかけ、感染把握や医療拡充を急ぐ。

ウイルスとの戦いは時間勝負だ。米国勢調査局は4月下旬から毎週、100万世帯を対象に雇用や教育、食料事情を聞くネット調査を続ける。

2020年は10年ごとの国勢調査の年に当たるが、待っていられない。「ほぼリアルタイムのデータ」(同局)を探るため、特例措置に乗り出した。貧困層への支援策などで活用が進む。

 

■米、グーグルAIで給付処理30倍

民間の知恵や技術を引き出し、行政サービスを補完する動きも活発になってきた。

4月に感染者が急増した米国。失業保険の申請が殺到してオクラホマ州の対応窓口はパンクしかけたが、5月中旬までに累計700億円超の給付手続きを終えた。「自力では無理」と早々に助けを求めたことが奏功した。

協力したのが米グーグルだ。4月中旬から州のコールセンター業務に同社のAIを導入。申請データの処理を任せると、1週間の対応件数が6万件と30倍になった。「通常なら2年かかる作業を数日でできた」。担当官のデビッド・オストロー氏は話す。

 

欧州で最も早く外出制限を緩和したオーストリア。ここでも秘訣は官民連携だった。

「感染者数が公式統計の4倍の2万8500人に上る可能性がある」。4月には政府が自らの統計に限界を認め、民間企業に委託して潜在感染数を割り出した。世論調査向けのデータ技術を応用した。

いち早い国境封鎖や屋内集会を制限する措置も、こうしたデータ活用が背景にある。調査担当のクリストフ・ホフィンガー氏は「官民のデータ連携は危機対応の生命線になる」と強調する。

 

■仏、排水から感染を警戒

世界規模で感染第2波への懸念も広がる。相手は未知のウイルスだ。既存の発想にとらわれない様々なデータや技術の試行錯誤も欠かせない。

4月下旬、仏パリ。ソルボンヌ大と市当局は下水処理場からコロナウイルスの遺伝物質を検出し、感染拡大と生活排水に関係性があることを突き止めた。感染者が増えた地域は約1週間早く下水中のウイルスも増えたという。

同大のバンサン・マレシャル教授は「無症状の感染者が多いことを踏まえると、今後の感染対策で有効な手立てになる」と指摘する。オランダやブラジルでも同様の検出に成功しており、世界各地で排水データを使う警告システムの検討が広がる。

各国の取り組みに比べ、日本の出足は鈍い。接触確認アプリの開発は遅れ、給付金のネット申請では障害が頻発する。日本は行政システムを政府主導で手がける自前主義が強いが、経済産業省の幹部は「どんなデータや技術を使えば有効か、アイデアを出せる人材が少ない」と嘆く。

スイスの国際経営開発研究所(IMD)によると、19年の日本のデジタル競争力は23位と対象63カ国・地域の中で中位にとどまった。「産官学でデータ資産や人材が分散しすぎている」(三菱総合研究所の酒井博司氏)との指摘は多く、アジアでは韓国や台湾、中国に後れを取る。ITを駆使したコロナ対策でも、そのまま後手に回る現実が鮮明になっている。

世界を見渡せば、コロナ禍を好機に変えようとする動きも顕著だ。米国は総額2兆ドル(220兆円)の緊急経済対策のうち、約3千億ドルを政府内のテレワーク環境整備や遠隔診療などに充てる。対する日本は政府・自治体のシステム統合ですら手間取る。コロナ後に世界とのIT競争力はさらに開きかねない状況だ。

 

 

 

日本はデータ貧困国 開示不十分、コロナ対応の足かせ

 

日本では新型コロナウイルス対策に必要なデータが先進国で大きく見劣りする。情報収集・開示のスピードや幅広さを欠き、データ形式もばらばらだ。このままでは政策、経済活動、医療が場当たり的となり、民間の創意工夫も引き出せない。貧困なデータ環境がコロナ対策の足かせになっている。

「自治体に問い合わせたり、ネットで調べたりしてデータを集めている」。厚生労働省クラスター対策班にいる北海道大の西浦博教授は5月12日、動画サイトを通じた「緊急勉強会」でこんな実態を明らかにした。

題材は「実効再生産数」。1人の感染者が何人にうつすかを示す値で、欧米では経済活動を再開する判断材料になっている。この数値を導くには新規感染者がいつ、どこで、何人発生したかを正確に知る必要がある。それが一部欠落し、ボランティアや若手研究者の手で埋めているという。

 

日本経済新聞が主な先進国の公表データ集を調べると、実効再生産数の算出に必要なデータはほとんど自由にダウンロードできた。こうした環境は民間企業や研究者がコロナ対策を分析、提案する基盤となる。

海外保健当局のデータ開示は日本のはるか先を行く。米疾病対策センター(CDC)は特設サイトを通じ、感染者数やその人口比、死者数などの最新データを年齢層や性別、州・郡別に提供。地図やグラフでわかりやすく比較できる。英国、ドイツ、フランス、イタリア、韓国なども同様のデータ集(ダッシュボード)を公開している。

厚労省は感染が広がり始めた当初に作ったダッシュボードを5月に公式情報から取り下げ、世界の潮流に逆行する。厚労省は「実際の集計値と差が出てきた」と釈明するが、集計項目もデータ形式も都道府県任せの状態が混乱を招いている。

コンピューターで加工しやすい形式にまとめている自治体がある一方、PDFファイルを載せるだけの自治体もある。これでは迅速な比較・分析はできない。

感染拡大の分析に役立つ「超過死亡」のデータも日本では整っていない。自治体からの報告が不十分で、政府が国内死亡者の全体を集計するのは2カ月遅れ。刻一刻と事態が変わる感染症対策に生かせない。

欧州ではデンマーク政府による超過死亡関連のデータ集計に欧州24カ国が協力。週次ベースで超過死亡を推計している。米国でもCDCが週次で公開しており、日本と欧米の差は開くばかりだ。

英非営利団体のオープン・データ・インスティチュートは、危機時のデータ公開には3つの観点が重要だと指摘する。

1つ目はオンライン上でデータを入手可能にすることだ。技術者などがプログラム共有するサイト「ギットハブ」などを通じてデータを公開することを推奨する。分かりやすく可視化するには民間の力が欠かせない。イタリア政府は感染者データをギットハブで公開し、高い評価を得た。

2つ目は誰でも使えるように利用許諾を明確にすることだ。許諾がなければデータの活用が進まない。3つ目としてデータが国民の目に触れやすくする積極的な情報発信を求めている。

同団体の技術担当、フィオンタン・オドネル氏は「感染予測モデルの公開も重要。医療政策で透明性のある科学的根拠を示せば、国民の信頼構築に役立つ」と主張する。

 

 

 

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