Deep Insight

 

科学者と語らう情報社会 エビデンス時代の試金石

 

 

本社コメンテーター 村山恵一

 

情報(化)社会という言葉が使われ始めて半世紀がたつ。スマートフォン一つとっても、その進化は明白だ。だが、新型コロナウイルスの対応に、現代人は情報を十分生かせているだろうか。

ニューヨークが本拠地のイエクストというIT(情報技術)会社がある。ふだんは企業が顧客だが、3月以降、米国の州政府や国務省の仕事に追われている。

例えばニュージャージー州政府のサイトづくり。「ウイルスから身を守るには?」「どこで検査を受けられる?」。コロナ関連の質問を検索窓に打ち込むと、米疾病対策センター(CDC)などの公式情報をもとに回答が表示される。簡単そうだが、先端的なデータベース構築など手間がかかる。

ハワード・ラーマン最高経営責任者(CEO)が言う。「ソーシャルメディアによって、個人の意見が事実と混同されている。インターネットの根本的な問題だ」。変異するウイルスのように、人から人へ伝わるうちに内容が変わり、誤った情報が増殖する伝言ゲーム。更新されず古いままの情報もしぶとく生き残る。

同社が米国で調査したところ、検索サイトやソーシャルメディアに載っている企業情報は社名の37%、住所の43%、URLの19%に間違いがあった。ラーマン氏はコロナについて「正しい情報が人命を救う」と説くが、ネット空間の実態はかなり危ない。問題は世界に共通する。

米イエクストのハワード・ラーマンCEOは「正しい情報が人命を救う」と説く

人々が目を奪われやすいのがフェイクニュースやデマだ。真偽不明の情報の検証を訴える日本の非営利団体ファクトチェック・イニシアティブの特設サイトには、国内外で約250のコロナ案件が並ぶ。予防や治療法など幅広い。

自分好みの情報にばかり触れるフィルターバブルもある。大事なコロナ情報が見逃されかねない。きちんと人々の目に触れ、届くためには何が必要か。

認知神経科学者のターリ・シャーロット氏は著書「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」で、飛行機に乗ったとき機内で流れる安全ビデオの例を挙げている。きわめて重要な情報ながら注目されにくい情報の典型だったが、ずいぶん様子が変わってきた。

アニメやコメディー仕立てなどの工夫がなされ、事故の恐怖をあおるのではなく、旅の楽しさに焦点をあてた内容が増えた。音楽とダンスがふんだんな米ヴァージン・アメリカの安全ビデオがユーチューブで繰り返し再生されるなど「人気作」も現れた。

コロナの影響で当面、空の旅はむずかしいかもしれないが、シャーロット氏の指摘からヒントは得られる。大事な情報を伝え、考えや行動に影響をおよぼそうとするなら、相手のポジティブな感情に訴え、好奇心を刺激する――。

これをコロナ対策に応用するなら、科学者が情報発信に積極的に関与することがカギだと思う。彼らから正しい知識を得て、学ぶ喜びも味わう。納得がいけば人は意欲をもって行動を変えるはずだ。

6日、一般から募った質問に安倍晋三首相が答える1時間のネット番組があった。ニコニコ生放送では36万人が視聴し、8割が「良かった」と評価した。ゲスト出演した京大の山中伸弥教授の存在が大きかっただろう。

数字を示しながら検査の徹底を求め、研究者ができることを提言した。丁寧な話しぶりに「わかりやすく頭に入る」などのコメントがリアルタイムに書き込まれた。

山中氏はコロナに関する情報発信のため15年ぶりに自らホームページも開設した。論文やデータを紹介し、一緒に学ぼうと呼びかける。専門外で計算ミスもあり得ると断ったうえで、実効再生産数(1人の感染者が何人にうつすか示す値)を算出する投稿は興味を引き、再生産数の理解を助ける。

山中伸弥氏はコロナに関する情報発信のために自らホームページを開設した

一筋縄ではいかない面もある。

政府のコロナ対策の専門家会議メンバーを中心とする「有志の会」がネットで情報発信している。こだわったのはシンプルな表現。情報の拡散が重要と考えたからだ。

4月8日、体調が悪いときの対応として「うちで治そう」「4日間はうちで」のフレーズを前面に出した発信は代表例といえる。しかし急に症状が悪化する人もいて、誤解を生む書き方だと批判が出た。わかりやすいようにと細部の説明や注釈を省けば、混乱や疑念を招くリスクがある。

国内外の主要IT企業のコロナ関連サイトを見ると、政府のサイトへのリンクなど素っ気ないものが目立つ半面、なるほどと思う試みもある。ニュース共有サイトの米レディットは医学や疫学の専門家、医療ジャーナリストらに個人が質問をぶつけるオンラインQ&Aを手がけた。

大勢を巻き込むのに情報の「拡散」は強力な手段だが、専門家との「対話」によって人々の関心を高めていくアプローチも大切だ。その橋渡しにもITが役立つ。多様な表現や双方向のやりとりの手段となり、ときに難解な科学者の話を読み解く手がかりになる。有志の会の情報発信にはエンジニアやデザイナー、データ分析のプロが協力する。科学者と個人をつなぐアイデアのだしどころだ。

感染拡大を警戒しつつ、経済活動を再開していくフェーズに向かう。大規模な検査結果やスマホによる人と人の接触データなどもやがて集まる。科学的なエビデンスやデータに基づき意思決定する重要性が増していく。情報をもっと味方に。改善の余地は大きい。

 

 

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