グローバルオピニオン

 

米中、地政学的混乱まだ序章

 

 イアン・ブレマー氏 米ユーラシア・グループ社長

経済活動を再開する動きが広がる中で、世界各国の首脳は新型コロナウイルスの感染抑制と国の経済、さらに自らの政治生命とのバランスをとるプレッシャーにさらされている。11月の米大統領選で再選をめざすトランプ大統領はその一人だが、驚くべきことに、この盤石ではない首脳のリストに中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席も加わった。新たな現実により、米中は「冷戦」に突入する可能性がある。

習氏はこうした政治的圧力とは無縁のはずだった。中国は民主主義国家ではないほか、同氏はすさまじい勢いで国家主席自身への権力集中を進めてきた。大きな犠牲を伴う米国との貿易戦争でも、習氏の国内での地位は揺るがなかった。だが、新型コロナ問題では情報隠蔽により感染が世界中に拡大する事態を招き、かつてないほどの反発が国内外で高まっている。

中国は医療物資を多くの国に援助したが、粗悪品が見つかるなどコロナ外交は成功していない。ついにはウイルスの発生源について調査を求める国を脅し始めた。新型コロナ禍により、習氏は2期目が終わる2023年以降の続投が確実とは言えないとの噂が中国政府内で出ているようだ。

米首脳もあまり誇れる状況にはない。トランプ氏は当初、新型ウイルスの脅威を軽視していた。米国は安全な経済再開の前提条件となる規模の検査体制を十分に整備できていない。新型コロナの治療薬やワクチンの研究開発を支援するために5月上旬にオンラインの国際会議が開かれ、(約40カ国の首脳・閣僚級が出席したが)米国は参加すらしなかった。

トランプ氏の最大の関心事は米国経済だ。自国経済の強さこそが再選の鍵を握るからだ。トランプ選挙陣営の内々の世論調査では同氏は(二大政党の候補の支持が拮抗する)接戦州で米民主党の大統領候補指名が確実なバイデン前副大統領にリードを許している。

習氏もトランプ氏も新型コロナの初動の悪さのしっぺ返しを受けている。ただ、長期的に見れば、コロナ禍で両国の力は他の国よりも強くなるだろう。

中国の国際競争力は世界的なサプライチェーン(供給網)のほか、21世紀の国際貿易や金融市場で揺るぎない地位を確立していることに関係している。医療物資の供給網も中国への依存度が高い。これらのことが中国への批判を和らげている。先端技術を駆使して国民を監視したり、隔離対象者を追跡したりするなど、民主主義国家であれば容易にできないことを大々的にやり、景気回復もいち早く達成しそうな位置につけている。

言い換えれば、中国は世界経済の再開に欠かせない存在だ。オンライン化が進む中で、5G(次世代通信規格)を本格展開する中国の影響力の範囲はさらに広がる。

この点は重要で、米国にも同様の強みがあることを浮き彫りにしている。世界各国はロックダウン(都市封鎖)や、人との一定の距離を保つといった施策を打ち出している。そんな新常態の社会を支える技術を保有する企業のいくつかは中国企業だが、大半は米企業だ。中国の技術を導入することに慎重な米国の同盟国は米政府の基準を受け入れるしかないだろう。

米ドルが危機時に安全資産として今後も君臨するのは言うまでもない。ナショナリズムが世界を覆う時代の食糧とエネルギーの自立という視点では、コロナ危機によって米国の力は少なくとも同盟国より強くなる。

米中で首脳の求心力が短期的に弱くなる半面、構造的な力は長期的に強くなる。習氏とトランプ氏は今後、国内の関心をそらすために一段と激しく非難し合うようになるだろう。信じがたいかもしれないが、新型コロナは世界の地政学的な混乱の序章にすぎない。

 

 

不断の備えが大切

新型コロナの影響で、トランプ大統領と習近平主席がともに短期的に求心力を低下させる一方、世界における米国と中国の構造的な力は長期的に上昇する、という指摘は、逆説的だが説得力がある。生産力と技術力、とりわけIT(情報技術)の分野での両国の優位は、コロナ以後の世界で決定的な重みを持つ。

コロナ禍をめぐる非難合戦や、世界保健機関(WHO)を舞台にしたつばぜり合いなどをみていると、米中が新たな「冷戦」に進みつつある、との印象はいよいよ強い。とはいえ先行きは不透明である。トランプ氏は11月の大統領選挙で再選するのか。習氏はいつまで最高指導者でいるのか。いずれか、あるいは双方のトップの交代で、米中が協調へと転じることもないとは言えない。

日本として大切なのは、ブレマー氏の言う「地政学的な混乱」がどう展開する可能性があるか不断に洗い出し、備え、対応していくことだろう。生産力や技術力など米中と比べた弱みを克服していくための長期的な戦略が、求められる。

 

 

 

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