小学校から「情報」教科を、IT人材の育成策

 

 

新型コロナウイルス禍で遠隔授業やオンライン会議が推進されるなど、様々な分野でテクノロジーの活用が目立つ。文系・理系に関係なく「数理」や「データサイエンス」といった計算式やビッグデータを駆使できる知識の必要性も一気に高まった。テクノロジーの教育活用に詳しいデジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授に、IT(情報技術)人材育成の課題と方策を聞いた。

 

――新型コロナ問題でITのスキルを身につける必要性に直面している学生も多いようです。

「日本全体で必要性が意識されはじめたのは、2018年の頃からだろう。安倍晋三首相が議長を務める未来投資会議で、AI(人工知能)やビッグデータなどのIT、情報処理の素養はこれからの時代の『読み書きそろばん』と発言し、IT人材を増やす政策を打ち出した」

「日本が世界と伍(ご)していくためにも高度なプログラミングスキルを持つ人材の育成は急務だが、IT人材は30年までに最大79万人不足するという指摘もある。数年前には、知り合いの社長から『東京中にいる高度なプログラマーを紹介してほしい。全員採用したい』と相談されたほどだ。だが、ITを活用した教育サービス『エドテック』を推進する立場からすると、政府の今の対策には違和感も覚える」

 

――具体的にはどんなことですか。

「日本では小学校で20年度からプログラミング教育が必修化されたように、プログラミングだけが独立している点だ。海外では『プログラミング教育』という教科はない。米国は『コンピューター・サイエンス』、英国なら『コンピューティング』という教科があり、その中の1つとして『プログラミング』がある」

「コンピューターはなぜ動くのか、インターネットはどうつながっているのか、といった全体像を学ばずにプログラミングという細目に特化すると、生徒や学生は『つまらない』『難しい』となりがちだ。ましてや、キーボードを打てない大学生も多い。数学が苦手だから文系に進んだのに、なぜ計算式や統計をやらなくてはいけないのかと、IT嫌いを増やしかねない」

 

――では、IT人材の育成に向けた教育プログラムはどうつくればいいでしょうか。

「プログラミングの上位概念として、日本には『情報』といういい言葉がある。小学校から国語や算数といった主要教科の一つとして、『情報』を加えたらどうか。そのなかでプログラミングも学ぶ。延長線上に統計や数理・データサイエンスがあるべきだ」

「プログラミング教育を受けていなくても、数学や統計が苦手でも、まずはインターネットの仕組みなどの『情報』を理解すればいい。匿名掲示板なら書いてもバレないとの考えが、いかに危険なのかがわかるようにもなる」

「技術はどんどんコモディティー化していく。いまのスマートフォンは昔のスーパーコンピューターが手のひらにあるようなもの。そのコアな部分をつくることができる人は世界でもごくわずか。多くの人が目指すべきは情報を理解し、汎用化した身近な技術を組み合わせて、身の回りを幸せにできるようになることだ」

 

――ITスキルを身につけたいと思っている若者に伝えたいことは。

「身近なアプリやテクノロジーにどんどん触れてほしい。たとえば、表計算ソフトの『エクセル』を活用してみてはどうか。エクセルは実は表計算だけでなくかなり複雑なことができる。データベースの構造を理解したり、プログラミング的な思考を学ぶのにも有益だ」

「自分の成績をグラフにしたり、並べ替えたりするだけでも、どれだけ頑張ったか、どこが苦手なのかといったことが見えてくる。ツールが便利だと気づき、その先に行きたいと思ったらプログラミングの出番となる。問題解決のためにデータを集めることはビッグデータの始まりだ」

「3D(3次元)プリンターなどを使い、『猫の自動餌やり機』をつくった中学生がいる。ネコを飼っているために家族旅行にいけないという問題を、既存の技術を組み合わせて自ら解決した事例だ。誰もがデータサイエンティストやAI技術者になる必要はないが、仕組みを理解し情報を深め、価値を見いだせるようになってほしい」

 

 

 

教員不足ネックに

AIを使いこなせる高度なIT人材の育成のため、日本ではプログラミング教育が小学校で2020年度から始まり、21年度からは中学校でも実施される予定だ。さらに、高校では22年度に共通必修科目としてプログラミングを含む科目の新設が決まり、24年度には大学入学共通テストに含まれる可能性が高い。

新型コロナ問題で小学校では休校が続きスムーズな滑り出しとはいえない状況だが、高度なITスキルを持つ人材の確保に向けては、かねて問題が指摘されていた。IT教育に精通した教員の人材不足だ。

すでに高校では03年度から「情報科」が導入され、2つの選択必修科目の1つにプログラミングも含まれている。だが、情報処理学会によると、情報科ができてから19年度までの間で、7県が専任教員の採用試験をしていない。多くの高校では他教科の教員が兼務で教えている状況だという。

専門知識を持つ教員の存在なくして、高度なIT人材はもとより、普通の「IT脳」が育つのだろうか。民間からでもいい。専門性のある教員確保が急務だ。

 

 

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