「自粛警察」危うい正義感 コロナ生活の鬱憤、攻撃に
営業する店舗に貼り紙をして脅す。県外ナンバーの車に嫌がらせをする。新型コロナウイルスの感染対策が続く中、私的に自粛を強いて攻撃する「自粛警察」と呼ばれる行為が目立つ。不自由な生活の鬱憤や不安が制裁に向かっていると専門家はみる。多くの県で緊急事態宣言が解除されたが、感染への警戒は続く。標的となった側のダメージは深く、感情的な言動の制御が求められる。
「コドモアツメルナ オミセシメロ」。4月下旬、千葉県八千代市の駄菓子店「まぼろし堂」の入り口で、店主の村山保子さん(74)は血の気が引いた。店の門に、定規をあてたような直線的な赤い文字の貼り紙。「放火でもされるのでは」と怖くなり、すぐに剥がして店の奥へしまった。
店は屋外の空きスペースに椅子や机が並び、普段は子どもたちが駄菓子を食べ、宿題をするなどしてにぎわう。新型コロナ対策で3月下旬から休業していたが、営業中と思い込んだ人が貼ったようだ。村山さんは眠れなくなり、精神安定剤の処方を受けた。
今は「6月ごろまでお休みしています」と掲示している。「感染が落ち着き再開した後も、怖がらずにまた子どもたちが来てくれればいいが……」。不安は消えない。
東京都大田区の居酒屋にも紙が貼られた(4月中旬)
感染防止に取り組む中で、店や外出者を私的に強くとがめる行為が各地で起きている。自粛警察と呼ばれ、同志社大の太田肇教授(組織論)は「長引く自粛生活で鬱憤がたまった状況が関係している」と指摘する。人はストレスを感じると攻撃対象を作って心の安定を図ろうとする傾向があり、「感染リスクを指摘できる対象への攻撃は正当化しやすく、はけ口にされた」とみる。
東京都大田区の居酒屋には4月中旬、「この様な事態でまだ営業しますか」という紙が貼られた。都の要請に応じ午後8時までの時短営業に変え、席数も半減させていた。店主の土屋一史さん(55)は「信念を持って営業を継続してまいります」と貼り紙で応じたが、翌日に上から「バカ」と書き加えられた。
店には一時、無言や怒鳴り声の電話も相次いだ。土屋さんは「感染を拡大させたくない気持ちは強くあるが、従業員の生活を守るためにも休業できない。立場を理解してほしい」と訴える。
感染者数が四国で最も少ない徳島県では、県の対応が呼び水となった。4月21日に県境をまたぐ移動を調査する方針を示したところ、県外ナンバー車への嫌がらせが増加。あおり運転や運転手への暴言、車体を傷つけられたといった相談が県に25件寄せられた。
飯泉嘉門知事は記者会見で「(調査の)メッセージが少し強すぎたかもしれない」と釈明し、嫌がらせを行わないよう県民に呼びかけた。県外ナンバーの車に乗る市民の不安を和らげるため、同県三好市では同月27日から、ダッシュボードで「徳島県内在住者です」と表示できるデザイン紙を配布している。
39県で緊急事態宣言が解除され、休業要請の緩和が進む。一方で政府が県境を越える移動は避けるよう求めるなど、感染防止への自粛は続く。
かつてと違う暮らしの中、他人を過度に攻撃する精神状態に陥らないためには。太田教授は「自分の『正義』は絶対的でない、と気づくことだ」と強調する。具体的には▽インターネット上で自分と同じ意見ばかりをあてにしない▽日常的なコミュニティー以外の人とも意見を交わす▽他人の行動に不満でも相手の立場になって考えてみる――姿勢が重要という。
■感染者特定も 法務省「相談を」
自粛警察と同様の行為はインターネット上でも過熱しやすい。新型コロナウイルスの感染確認後に帰省先の山梨県から東京都に移動した女性を巡り、個人情報を特定し公開しようとする投稿が相次いだ。過去の災害ではSNS(交流サイト)の笑顔の写真などに対し、不謹慎だとして中傷する「不謹慎狩り」も見られた。
全国の法務局などではネット上の人権侵害について相談を受け付けている。プライバシー侵害や名誉毀損があったとして救済手続きに入るケースは増加傾向にある。2019年は1985件で、10年(658件)の約3倍。SNSなどの普及が背景にあるとみられる。
ネット上で個人情報が無断で公開されるなどした場合、法務局は相談に基づきプロバイダーに削除を要請するなどしている。法務省の担当者は「新型コロナに限らず、気軽に相談してほしい」と呼びかけている。