コロナ後、次の産業革命が一気に?
イアン・ブレマー
新型コロナウイルスの感染拡大は、米国の国力低下と中国の台頭、さらには世界各地で分断が広がる中で起きている。パンデミックを経て、国際社会はどのように変化をするのか。リーダー不在の世界を「Gゼロ」と形容し、そのリスクを指摘してきた米国の国際政治学者、イアン・ブレマー氏に電話で聞いた。(ワシントン=沢村亙)
Ian Bremmer
1969年生まれ。シンクタンク・フーバー研究所などを経て、世界の政治リスクを分析する調査会社「ユーラシア・グループ」を98年に設立。現在も社長を務める。
――「Gゼロ」の世界がパンデミックに見舞われました。
「第2次大戦以来のグローバル危機です。(医療物資の)供給網、人やモノの移動の管理、ワクチン開発、経済刺激策などあらゆる面で国際連携がフル回転すべきです。なのに、だれもリーダーシップをとらない。G7もG20も機能しない。実に恐ろしいです」
「希望があるとすれば、世界経済を牽引(けんいん)する中国が再開しつつあることや、欧米のIT企業が危機下でも機能していることです。おかげで、在宅中も商品の宅配やサービスを享受でき、経済の完全停止を免れています」
――米国の一部の州では経済活動再開をめぐって論議が広がっています。
「9・11の同時多発テロの教訓は、物事の一つの側面だけを見て判断してはならないことです。米国はあのとき、対テロに突っ走った結果、アフガニスタンで膨大なカネを費やすことになりました。今回、経済活動の休止による代償は甚大です。一方、経済活動を再開すれば感染が再び広がり、さらに人命が失われる危険があります。リーダーに問われるのは『どちらか』の選択ではなく、『トレードオフ(妥協点)』の見極めです」
――パンデミックを克服すれば、世界は元の繁栄に戻れるのでしょうか。
「ワクチンの完成に1年半かかるとされます。それを世界中に届ける必要があります。接種のための啓発活動も必要です。経済が復興し、人々が安心して旅行できるようになるまで3年はかかるでしょう」
「ですが、それでも今までとは全く違う世界になります。物流は在庫を抑える『ジャスト・イン・タイム方式』から、危機に備えて在庫を確保する『ジャスト・イン・ケース方式』に転換する。経済活動は世界に広がるグローバル展開から、消費者に近いローカルなものに移行するでしょう。人の作業がなくても済むオートメーション(自動化)も進み、世界の経済人が将来のものとして予想していた第4次産業革命が一気に到来します」
――大規模な経済政策で政府の存在感も強まっています。
「安全網の担い手としての政府の存在感は増すでしょう。同時に、公的支援と引き換えに民間企業に対する政府の介入も強まる可能性があります。たとえば『自国民の雇用を優先せよ』といった具合です」
「見逃せないのは、パンデミックの最中に情報やモノを届けてきたIT企業の役割です。冷戦時代の軍産複合体のように、政府とIT企業の連携が進むでしょう」
――政治的な影響も大きそうです。
「大勢の人が仕事を失いますが、しわ寄せは特に労働者層や中間層に重くのしかかり、経済格差につながります。世界的に経済が順調だった過去10年間ですら、ポピュリズムやナショナリズムの伸長が見られました。パンデミック後の急激な変化はこれらがさらに加速し、エスタブリッシュメント(既得権益層)への反発が盛り上がるでしょう。特に途上国では、中国のような強権モデルに魅力を感じる層が増える可能性もあります」
――世界の秩序も変わるでしょうか。
「国家が台頭する一方で、国際機関などグローバルな統治システムが弱体化する。これは、国際社会がリーダーシップを欠き、各国間の連携が取れないことの表れです」
「新型コロナ問題の対応で世界保健機関(WHO)の弱さが露呈しました。ただ、これは『中国に甘い』のが問題なのではなく、加盟国に厳しくものを申せない事なかれ主義が、中国につけこまれる結果を招いたのです。もっとも、WHOの役割は重要で、存在意義を否定すべきではありません」
――米国のトランプ政権が、パンデミックを機に中国の批判を強めています。
「米国では中国の初期対応をめぐる調査が始まり、『雇用を中国から取り戻せ』という圧力も強まるでしょう。トランプ大統領は、11月の大統領選を見据えて、『アメリカ・ファースト』をさらに強く打ち出すはずです。しかし、米中が互いに敵意を募らせ、相互依存を減らすのは、国際秩序の安定にとってきわめて危険です」
「米中の関係悪化によって地政学的に真空状態が生まれる事態は、中国にとっても好ましくありません。ただ、優位な面もあります。世界の注目は政治体制や人権の問題より、『シャットダウンから脱却できない欧米』と『経済活動を再開する中国』の対比に移っているためです。新型コロナと効果的に戦う模範モデルと見なされる利益を享受できます」
――強権国家の方が、パンデミックに対処できるということでしょうか。
「確かに、監視国家の方が効果的な危機対応ができるでしょう。だが、日本や主要な欧州諸国などの先進国はそれほど中国になびきません。むしろ気がかりなのは、ブラジルなどの新興国です。医療制度が貧弱で、国際通貨基金(IMF)などから十分な財政支援を得られていません。1年以内に、新興国発の金融危機が起きる懸念があります」
――日本の新型コロナへの対応をどう見ますか。
「緊急事態宣言や外出制限の遅れで安倍晋三首相が批判されています。ただ、他の先進国と比較すれば、日本は社会的に安定し、経済格差も小さい。パンデミックの影響は甚大ですが、統治システムが危機に陥るほどだとは思えません。むしろ日本が心配すべきは、米中関係悪化の経済的な余波です」