自滅した中国コロナ外交
ジャミル・アンデリーニ FT commentators
米ウィスコンシン州議会のロジャー・ロス上院議長のもとに、中国政府から一通の電子メールが届いた。中国の新型コロナウイルス感染拡大に対する取り組みを称賛する決議案を議会に提案してほしいという依頼だった。同議長は、これはいたずらに違いないと考えた。
中国が医療チームを派遣したセルビアの首都ベオグラードには「ありがとう、習兄弟」と書かれた看板が立つ=ロイター
メールには、決議の文案まで添付されていた。その内容は、中国共産党がいかに素晴らしく対応したかといった論点や信じがたい主張が羅列されており、決議にかけるには怪しすぎる内容に満ちた提案だった。
「外国の政府が州議会に接触してきて法案の可決を求めるなど聞いたこともない。そんなことはあり得ない」とロス議長は4月中旬、筆者に語った。そして、そのメールはシカゴの中国総領事から送られてきたことが判明した。「びっくりした。それで、こう返信してやった――親愛なる総領事殿、ふざけるな、と」
中国政府は新型コロナ危機に乗じて国際的な立場を高めようとして、逆に手ひどいオウンゴールを喫するということが続いている。このエピソードもその一つと言わざるを得ない。
中国南部の都市にはアフリカの人が多く居住するが、そのアフリカ系住民が感染デマなどにより嘆かわしい扱いを受けていること、中国が各国に送った医療用品や医療機器に欠陥が多いこと、中国政府高官が感染は米軍から始まったとする陰謀説を公に認めるなど、世界における中国の評判をコントロールしようとする中国共産党の取り組みは、大半が裏目に出ている。
■中国、世界の信頼を失う可能性を高めた
欧米諸国による新型コロナ感染拡大への初期対応が混乱したことから国際的統治に空白が生じ、そこを中国が埋める機会を与えてしまったとする見方もある。データに疑いは残るが、実際、新型コロナに関する中国の公式発表では、中国の死者数は5000人未満で、米国の約4万人(19日時点)、イタリアとスペインのそれぞれ約2万人(同)に比べ少ない。だが中国政府がこの状況を利用しようとしたことは結局、危機の収束後、中国が世界で孤立し、信頼を失う可能性を高めている。
北京大学の著名な学者、王緝思氏は、新型コロナがもたらした様々な事態により米中関係は1970年代の国交正常化以降、最悪の水準に落ちたと指摘する。米中間の経済、技術面の分断は「もはや回復不能」なところまできていると指摘する。
英国でも変化は急激だ。保守党の有力議員たちは、首相に中国に対しもっと強硬な姿勢を取るよう求めている。英メディアは中国への批判を強め、英情報機関も中国政府からの脅威に重点的に備えると明言した。
欧州やオーストラリアは、株価の下落など経済が混乱する中で中国企業が欧州や豪の企業を安く買収するのを阻止すべく対応を急いでいる。日本政府は、日本企業がサプライチェーン(供給網)から中国を外すことを促すため、7日に決定した緊急経済対策に2400億円超の予算を盛り込んだ。
■透明性高め各国と協調していれば違ったはず
中国に対して幻滅しているのは米国やその同盟国だけではない。中国の唯一の同盟締結国である北朝鮮は、新型コロナ感染拡大の初期段階で、中国政府が人の国際的移動の禁止に反対していたにもかかわらず中国との国境を封鎖した最初の国となった。ロシアもすぐに続いた。イランの政府高官でさえ、中国が感染の広がりを隠していたと非難した。
一方、中国が世界に輸出した新型コロナの検査キットなどには欠陥品が多いとの批判が多い(写真はスイス・ジュネーブに届いた医療用品)=AP
これらの中には明らかに不当な批判もある。トランプ米大統領をはじめとする欧米のポピュリスト(大衆迎合主義者)の政治家たちは、感染拡大への自らの対応の不手際から国民の目をそらすために中国政府を攻撃してきた。「ぞっとするような生鮮市場」の閉鎖を求める声には差別的な要素も感じられる。
しかし、もし中国政府が早くから透明性を高め各国との協調路線にかじを切っていれば、もっと世界から共感を得られていたはずだ。ところが中国政府は逆に、政府による感染の隠蔽を批判した国民を逮捕し、新型ウイルスの感染が中国から始まったとする見方は違うのではないかという宣伝活動まで展開した。そして、感染封じ込めには自国の独裁体制の方が優れているとさえ主張している。
中国政府が3月に国境を実質的に閉鎖し、査証の効力を停止したため、多くの多国籍企業は大打撃を受けている。米メディア企業の記者の多くを3月に国外退去させたことも中国政府に対する国際社会の態度を硬化させた。中国の主要国営メディア(編集注、新華通信が運営するサイト「新華網」)は、「米国を新型コロナウイルスの地獄に投げ込めるよう」、米国への医療用物資の供給を停止し、医療関係の輸出を差し止めればよい、と脅しさえした。
■なぜ中国政府は自滅的行為に走るのか
こうした中国の言動は、米国をはじめ世界各国の政府に中国を自国の供給網から外そうとする動きを加速する結果につながる。なぜ中国がこのような明らかな自滅的な行為に走るのかは、中国国内の政治状況を考えるとわかる。
今回の危機は、2012年に習近平(シー・ジンピン)が中国共産党総書記の座に就いて権力を握って以来、最大の危機だ。中国共産党支配の正統性は、感染初期段階の過ちとその後の強権的な抑え込みにより傷ついた。習氏は、今後始まる経済的危機で国民の支持はさらに失われることに気づいている。08年の金融危機の際は、中国政府は社会不安を封じ込めるには最低でも年8%の成長率が必要だと認識していた。しかし、20年1〜3月期の中国の国内総生産(GDP)は前年同期比で6.8%減少した。
他国を敵に回すようなナショナリズムを大いに強化することは、たとえ中期的に中国の世界における評価を落とすことになっても、中国国民の気をそらすことにはつながる。だからこそ中国の外交官は、ウィスコンシン州議会のロス議長のような、これまで中立的な立場に立ち、貿易や外交の面で味方に付いてくれたかもしれない人物を敵に回しかねない行動に出たのだ。
中国政府は、外国の議会でのこうした決議を国内での共産党支配を正当化する宣伝に利用する狙いだった。
だがロス議長は今、正反対の決議案を準備している。中国国民を称賛する一方で、「中国共産党を丸裸にし、その残忍な姿と中国が新型コロナ感染を隠蔽したことで全世界に与えた損害とを世界に明らかにする」決議案だという。圧倒的多数の賛成で可決されることだろう。