グローバルオピニオン
世界新秩序への3つの潮流
イアン・ブレマー氏 米ユーラシア・グループ社長
2001年の米同時テロや08〜09年の金融危機は世界を揺るがした。だが、新型コロナウイルスの感染拡大が世界に与える影響はその比ではない。
米同時テロや金融危機に見舞われた際は世界秩序が確立していた。米国は速やかに行動し、他国の支持を得て国際的な対応を調整した。だが、今回の新型コロナ問題では米政府は国内の対応で手いっぱいで、国際的なリーダーシップを発揮することなど考えてもいないようだ。
米国は実際、新型コロナ問題が発生するより前から、国際的なリーダーとしての役割から手を引きつつあった。その動きが新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)により加速したにすぎない。新型コロナは国際社会を主導する国が存在しない今の「Gゼロ」時代に入って最初の地政学的な危機だ。既に世界で起こっていた様々な潮流が今回の新型コロナ問題によって顕著になっている。
そのうち特に3つの潮流が、世界の新秩序を形成していく過程で大きな影響力を持つだろう。1つ目は脱グローバル化だ。世界はグローバル化を背景に20世紀の大半にわたって連携を深めてきたが、グローバル化を推進する政治の勢いはここ数年、失速している。それは英国の欧州連合(EU)からの離脱やトランプ米大統領の誕生を見ても明らかだ。
グローバル企業は(在庫を抑えて生産効率を高める)「ジャストインタイム」方式のサプライチェーン(供給網)を世界中に構築してきた。だが、新型コロナの感染拡大の影響で自社の収益より国益を考慮して生産拠点を国内に移すなどサプライチェーンの再構築を迫られている。従来は各国がグローバル化に対する信念を共有し、それが国際協調の原動力になっていた。今回のコロナ危機には各国はバラバラに対応している。脱グローバル化や協調性の欠如は世界の新秩序の特徴になるだろう。
2つ目の潮流はナショナリズムだ。グローバル化への批判が強まる中で、「自国第一」主義と共に台頭した。国の経済繁栄の状況は国内総生産(GDP)の数値に如実に表れるが、水面下では各国で所得格差が拡大した。多くの先進国では中産階級(が従事していた国内産業)の空洞化が進んだ。
今回のコロナ禍で主要な経済指標だけでなく、人々の暮らしも様変わりする。最も大きな打撃を受けるのは貧困層だ。21世紀の社会のセーフティーネット(安全網)の欠陥を体感する人も多いだろう。外の世界とつながる主な手段としてソーシャルメディアにさらに依存し、二極化した意見が飛び交いがちなネット上の情報に触れるようになる。その結果、ナショナリズムは衰退するどころか、さらに台頭する。
3つ目の潮流は真の政治超大国として頭角を現し始めた中国だ。中国が経済大国や技術大国になることは各種データから予想できた。新型コロナの不十分な初期対応で国内外にウイルスを拡散させた後、驚いたことに中国はチャンスとばかりに人道的支援を各国に展開し、「ソフトパワー」を高めた。新型コロナと果敢に戦う中国の姿勢は米国との対比でも評価されている。今のところ、米国にとっての中国は旧ソ連のような軍事的脅威ではない。だが、支援を必要としている国々には好印象を与えており、米国の正真正銘のライバルとして躍進しつつある。
地政学的な緊張は新型コロナ問題が起きる前から高まっていた。新型コロナの感染拡大により、世界が団結するどころか、世界秩序が機能不全に陥っていることが明らかになった。機能不全に陥っている度合いは今後数週間から数カ月ではっきりするだろう。だが、その間にも、世界の新秩序の土台は着々と築かれていく。
民主国家に試練
「パンドラの箱」が開くとは、このことを言うのか。新型コロナが拡散するとともに、ありとあらゆる災厄が放たれた感がある。世界の多くが「自国第一」「自分第一」の姿勢に傾き、国際的な協調や社会的な連帯への関心は後退した。混乱に乗じた犯罪、家庭内の暴力、アジア人の差別さえ横行する始末だ。
ブレマー氏が言う「3つの潮流」は、確かに顕著になるのかもしれない。だが安易な脱グローバル化や偏狭なナショナリズムに走ったり、独裁的な中国の専横を許したりするのが、好ましいと言えるだろうか。私たちは疫病との闘いに勝つだけでなく、自由で寛容な世界も守り抜く必要がある。
それは新型コロナが民主主義国家に与えた厳しい試練とも言える。2月にドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議では「西側の消失(Westlessness)」がテーマとなり、戦後の国際秩序を主導してきた米欧などの弱体化に懸念が表明された。疫病との闘いで民主主義国家の劣化が鮮明になれば、「西側の消失」が現実味を帯びかねない。