経済教室

 

デジタル変革で停滞防げ 日本経済研究センター中期経済予測

 

小林辰男 主任研究員 田原健吾 主任研究員

 

ポイント

○ 新型コロナ対策には個人給付など迅速に

○ 無形資産投資増ならマイナス成長を回避

○ 炭素税導入で35年度に温暖化ガス6割減

日本経済が人口減・高齢化に直面する中、マイナス成長が常態化することが視野に入ってきている。急速に進展するデジタル技術が経済・産業、さらには国内総生産(GDP)に表れない我々の暮らしや環境にどんな変化をもたらすのか。日本経済研究センターは2035年までの経済の姿を展望した。

まずは新型コロナウイルスの影響だ。震源地の中国では1〜2月に消費や投資が約2割も落ち込んだ。当センターの短期経済予測では日本は4〜6月期までに感染が沈静化する前提としたが、それでも19、20年度ともにマイナス成長に陥る見通しだ。しかも早期に沈静化するか予断を許さない。仮に20年いっぱい世界で感染の影響が長引き、米欧でも消費の自粛が広がるケースを想定すると、財政による下支えがなければ同年度の日本の実質GDPは約4%減と、世界金融危機が起きた08年度より深い落ち込みとなる。

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新型コロナが収束しても経済活動がV字回復せず、長期にわたり影響が残る懸念もある。訪日客数が回復しないリスクや、景気後退時に企業が破綻したり雇い止めで失業が増えたりした場合に、GDPは長期的にも元の成長トレンドに戻らず、影響が残り続ける可能性がある。

過去の景気後退期の傾向を今回に当てはめると、GDP水準を長期的に2%程度押し下げるリスクがある。治療薬・ワクチンの開発での国際連携や医療体制の整備に加え、既に打ち出されている雇用調整助成金や資金繰り支援の拡充、生活保障のための個人への給付・融資などを迅速に行うことが必要だ。

コロナ危機を回避したとしても、日本経済は長期的に人口減・高齢化が重荷となり、これまでの傾向が続けば30年代にはGDPが縮小に転じそうだ。外国からの純流入数が19年並みの年20万人程度を維持するとしても、人口はこの先15年間で700万人以上減る。労働力人口は女性や高齢者の労働参加の進展で今は増えているが、20年代中に減少に転じ、35年には年0.6%減と、減少ペースが加速していく見込みだ。
経済全体の生産性の伸びが12〜18年度の平均程度で今後も推移すると想定した日本経済の標準シナリオでは、人手不足を補う投資も進まなければ、GDP伸び率は30年代にマイナスに陥ってしまう。ただ、こうした人口動態の下でも、経済の縮小を避けられないわけではない、というのが以下の改革シナリオだ。

日本は近年急速に普及しつつあるデジタル技術をまだ活用する余地がある。スイスのビジネススクールIMDのデジタル競争力ランキングによれば、日本企業は通信環境やハイテク輸出に表れる技術では63カ国・地域中2位、科学研究で11位と上位に位置付けられる一方、人材、規制、ビジネスの敏捷性などで40位以下と、米国や中国、韓国に大きく後れをとっている。

デジタル化に伴ってソフトウエアや研究開発、人や組織のノウハウといった無形資産が重要性を増している中で、米国などでは無形資産への投資が有形資産を既に上回っているのに対し、日本ではまだ有形資産に偏っている。無形資産は複数の人や企業が同時に使えるため、投資した企業・組織だけでなく、周りにも恩恵をもたらす。

改革シナリオでは、無形資産への投資を35年にかけて今の米国並みにGDPの約3%分(累計で135兆円)増やすと想定。その場合、社会への波及効果もあり、国全体の生産性は0.5ポイント以上高まる。そうすれば30年代にも10年代後半程度のプラス成長を維持することが可能だ。

コロナ問題で図らずも進んだリモートワークを定着、発展させるのに必要なIT(情報技術)環境の整備やキャッシュレス化の促進、オンライン診療の拡大など投資すべき課題は多い。組織や制度のデジタル変革(DX)の効果を検証するよい機会でもある。

当センターの改革シナリオで想定するDXは企業と産業に大きな構造変化をもたらす。需給のマッチングや予測技術の進化でモノや資産の利用は効率的になり、省エネルギー・省資源や電化が進むと想定される。需要はモノからサービスへ一層シフトしていき、国内生産額に占める第3次産業の割合は11年の63%から35年には68%に上昇する。

例えば人の移動に関して、いまの家計は自家用車やその整備、駐車場やガソリン代に約15兆円、バス・タクシーや鉄道の移動サービスには約7兆円を支出している。しかしライドシェア(相乗り)や自動運転の普及が進めば、人は自家用車を買うよりも移動サービスを買うようになり、自家用車関連と移動サービスへの支出の配分が逆転する可能性がある。

従って製造業の一部、とりわけエネルギー集約的な分野などには逆風が予想される。他方で比重を増しそうなのは通信・情報サービスに加え、対個人・対事業所サービスだ。

 

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デジタル変革がもたらす影響はGDPに表れる範囲に限らない。例えばリモートワークやネット通販の普及で、通勤時間や買い物時間の節約に加え、満員電車の苦痛からの解放、買い物の選択肢が広がるなどの恩恵もある。デジタル技術を活用したデバイスやソフトウエアで健康の維持が促されることもありうる。

日本の1人当たり消費水準は米国の3分の2程度にとどまるが、経済学者チャールズ・ジョーンズ氏とピーター・クルノウ氏の先行研究に基づいて平均寿命や余暇時間の長さ、所得格差の小ささを含む「経済厚生」を消費額に換算して評価すると、日本は米国にほぼ匹敵する。また成長率で見ても、経済厚生の向上ペースは1人当たり消費の伸びの2倍近くになる。市場で取引される経済活動だけでなく、健康や時間の過ごし方などGDPを超えた範囲へのデジタル技術の貢献にも注目する必要がある。

近年の異常気象の頻発で危機感が高まっている温暖化ガスの削減にも、デジタル変革による産業構造の転換は重要なカギになる。改革シナリオでは、省エネ・省資源が進むため、経済成長が加速した上でも35年度の二酸化炭素(CO2)排出量は13年度比で46%減少する見通しだ。ただ「50年に8割削減」という政府の長期目標を達成するには、さらなる努力が必要だ。

そのため、まず20年代前半に、ガソリンに重く石炭に軽い現在のエネルギー税制を、CO2排出1トン当たり5千円程度の排出量に応じた課税に「グリーン化」することを提案したい。その後、35年度にかけてこの炭素税を9500円まで徐々に引き上げれば、35年度に13年度比6割削減が可能になろう。

 

 

 

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