コロナ禍の危ない副作用


 ギデオン・ラックマン

 

経営コンサルタントの大前研一氏がグローバル時代を論じた「ボーダレス・ワールド」を著したのは、ベルリンの壁が崩壊した翌年の1990年だった。今、ボーダー(国境)がすさまじい勢いで復活しつつある。引き金は新型コロナウイルスだ。

メルケル首相は18日に国民に対し緊急のテレビ演説をした際、EUのことは一切言及しなかった=AP

このウイルスの世界的な大流行が終息すれば、極端な移動制限は解除されるだろう。しかし国民国家が復活しつつあり、ウイルス発生前のグローバルな世界に完全に戻る可能性は低い。

理由は主に3つある。一つは緊急事態下では人々は国民国家に頼ろうとすることだ。国民国家にはグローバル機関にはない財政的、組織的な強みがあり、人々の感情に訴える力も強い。次にグローバルなサプライチェーンが脆弱だとわかったことだ。大国が人の命に関わる医薬品の大半を輸入に頼らざるを得ない状況を放置するとは考えにくい。3つ目は危機の発生前から顕著だった保護主義や生産の自国回帰、国境管理の厳格化を求める声がより高まったことだ。

危険なのは国民国家の復活で制御不能な国家主義が頭をもたげ、世界貿易の急減や国際協力の有名無実化につながることだ。最悪のシナリオでは欧州連合(EU)が崩壊したり、米中関係が断絶し、ことによると戦争にエスカレートしたりする事態も考えられる。

国民国家への回帰の動きは特に欧州で目立つ。ドイツのメルケル首相は18日、国民に向けて緊急のテレビ演説をした際、EUのことには一度も触れなかった。企業や失業者への経済的支援の多くはEUではなく欧州各国が負担している。実際、ポーランドやイタリア、スペインの著名な政治家は、EUは結束を強化するという約束を果たしていないと批判している。

 

■抗生物質の97%を中国に頼る米国

米中間の確執はもっとわかりやすい。トランプ米大統領が新型コロナを「中国ウイルス」と呼ぶのは、相手を中傷し自身は責任逃れをするお決まりの政治手法だ。もっとも、きっかけは中国政府の高官がウイルスは米軍が持ち込んだものかもしれないと示唆したことだ。中国事情に詳しい米ジャーナリストのビル・ビショップ氏は「過去40年間の米中関係でこれほど危険な時はなかった」と評した。

コロナ危機はかねて国際的なサプライチェーンを解体し、生産拠点を自国に戻したがっていた米政権内の保護主義者を勢いづかせてもいる。ナバロ大統領補佐官が代表格で、世界的な公衆衛生の非常時に米国は他国をあてにできないことが明らかになったとみている。国内の抗生物質の97%が中国からの輸入品という現状が続くことはもはやないように思える。

感染拡大をきっかけとする反グローバル化は、最初は保護主義者や安全保障のタカ派が主導するだろう。だがやがて、飛行機の利用を「飛び恥」と呼んで批判する環境活動家や、反移民を掲げ国境への壁の建設を声高に叫ぶ右派も加わり、太い流れになるはずだ。

彼らは最善の解決策を持ち合わせない。感染症の拡大はまさに世界的な問題であり、最終的には何らかの国際的な統治が必要になる。各国が自給自足に動けば世界経済の再生も一段と難しくなる。

国内ではトイレットペーパーや牛乳の買い占めに誰もが眉をひそめる。あらゆる国や地域がそのような行動に出たらどうなるか。我々はその答えを見つけようとしているのかもしれない。

 

 

 

 

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