危機の指導者と後継者

 

政治部長 丸谷浩史

 

 

「政界、一寸先は闇」は自民党の川島正次郎元副総裁の言葉とされ、小泉純一郎元首相も好んで使った。

一体、だれが今年初めに今の政治状況を予想しただろう。日本の政界どころか、世界が新型コロナウイルスの危機にさらされている。各国首脳からは「これは戦争だ」との言葉が相次ぎ、ドナルド・トランプ米大統領は自らを「戦時下の大統領」と称し、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は「第2次世界大戦以来、最大の挑戦」と呼んだ。

危機、非常時の政治指導者はその手腕と力量を国民に試され、ある人は評価され、ある人は退場していく。国家的危機に襲われたとき、国民の間に「こんな時にリーダーを代えている余裕はない」との心理が働き、概して時の政権への支持は上昇する。米国では第2次世界大戦に臨んだフランクリン・D・ルーズベルト大統領が4選を果たし、2001年の同時テロの際はジョージ・W・ブッシュ大統領の支持率が急騰した。

指導者を代えることもある。1940年、ドイツとの戦争が始まり、劣勢の英国では首相がネビル・チェンバレンからウィンストン・チャーチルに交代した。波瀾(はらん)万丈の政治人生を送ったチャーチルは首相就任が決まった日に「私の人生はこの瞬間のために存在したのではないかと思える」と記し、英国を勝利に導いた。

今回は日本と米国で陰に陽に後継者選びのプロセスが進む最中の危機でもある。

米国は4年に1度の大統領選にあたった。全米を駆け回る選挙戦が不可能となり、現職で共和党のトランプ氏は記者会見で露出を増やす。民主党はジョセフ・バイデン前副大統領とバーニー・サンダース上院議員が手探りで選挙戦を続ける。コロナ危機がどちらへ有利に働くのか、定説はない。

そして日本。すべての起点となっていた東京五輪が1年延期となった。政治日程は今年夏の五輪、来年秋の自民党総裁任期切れ、衆院議員任期、この3つをどう組み合わせるかで議論百出だった。中でも多数説だった「東京五輪で弾みをつけて今秋に解散」との見立ては根拠を失った。関係者が自らの立ち位置と今後の戦略を、あらためて見直している。

安倍晋三首相が来年9月の任期切れまでに衆院解散に踏み切るか否かは「安倍4選」とセットになる、との見方が永田町・霞が関にはある。自民党の二階俊博幹事長は「今は安倍さんに任せることが大事だと国民のほとんどが思っている」「解散すべき時は解散する」とつい最近の講演で発言し、この見方を公にした。安倍氏が「党で最も政治的技術を持った方」と評するゆえんでもある。

トランプ氏が11月の大統領選で再選すれば、この機運は高まる。東京五輪の1年延期は、安倍氏がトランプ氏との親密な関係をテコに国際的に根回しして勝ち取った。世界的にみても、トランプ氏とこれだけの回数の会談や電話をしている首脳は安倍氏以外にはいない。「安倍氏の後継者は安倍氏」という見立てになる。

もう一つの見方は安倍氏が1年後の東京五輪を花道に任期満了で退陣し、総裁選で党勢を盛り上げ、そのまま衆院選になだれ込むというものだ。安倍氏本人も、今のところは「自民党は群雄割拠、多士済々だ」と後継者群を競わせる考えを周辺に漏らしている。

後継候補たちにも、動きが出てきた。

「岸田さんは今回、リスクをとって発言している」。自民党の岸田文雄政調会長の緊急経済対策の規模を巡る発言に、当局者は驚きを隠せなかった。岸田氏が安倍氏と事前に調整した形跡はうかがえない、という。発信力が課題、と言われ続けてきた岸田氏の姿勢に、変化の兆しも見える。菅義偉官房長官や茂木敏充外相ら、安倍氏が後継候補として触れた人たちも、コロナ危機収束へそれぞれの職責を果たしている。

首相とは距離のある石破茂氏は世論調査での「次の首相」で数字が上がる。ほかにも総裁選出馬を目指す水面下の取り組みはある。次は安倍氏が「群雄割拠」と言うように4、5人が競う総裁選となる可能性もある。

こうした見立ては、コロナ危機をいつ、どのように収束させることができるかによって、すべてが変わる。

米同時テロに直面したブッシュ氏は3年後に再選を果たしたものの、翌2005年のハリケーン・カトリーナでの危機管理対応に批判を受けて失速する。次の大統領選で米国民が選んだのは黒人で民主党と、ブッシュ氏とは正反対のキャラクターを持つバラク・オバマ氏だった。

ドイツ戦に満を持して登場し、勝利をもたらしたチャーチルはどうだったか。

「あの人は嫌われた人ですから。しかし彼は乗り切った。そこで戦争がすんだらもう結構、ハイさようならになっちゃった」「大変なピンチの時は違う判断が国民に働く」

宮沢喜一元首相が自ら総裁選出馬をうかがっていた1991年夏のチャーチル評は含蓄に富む。有事と平時で有権者の選択は異なる。有事を乗り切った後に続投もあれば、変革を望む場合もある。危機、非常時にあたっての政治リーダーと後継候補たちは、個々の思惑を超えて危機の収束に全力をあげるしかない。

 

 

 

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