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バイデン氏が大統領になっても変わらない

 

 


ギデオン・ラックマン  FT commentators

 

2016年の米大統領選でトランプ氏が当選した直後、米ハーバード大学のある教授は筆者にこう漏ら した。「米国はトランプ政権で4年はやっていけるだろう。だが、8年となると深刻な事態に陥る」

 

 

イラスト James Ferguson/Financial Times

 

新型コロナウイルスの感染拡大で政治的・経済的な混乱が続く中、今年の大統領選でトランプ大統領を相手に戦う民主党候補の指名獲得に向け、バイデン前副大統領が大きく前進した。これを受け民主党は今、来年1月にトランプ氏がホワイトハウスからいなくなるという自分たちの希望がかなうかもしれないと思い始めている。もし実現すれば、ウォーターゲート事件を受けて大統領に就任したフォード氏の「私たちの長く続いた国家的悪夢は終わった」という宣言を多くの人が思い出すだろう。

以前のような西側同盟の復活を望む多くの欧州の人々も、トランプ大統領時代を「例外的に逸脱した時期」とすぐに切り捨て、前副大統領が率いる新政権が世界情勢をオバマ大統領が退任した17年1月20日時点に戻してくれることを願っている。そうなったら素晴らしい。バイデン氏も確かに「私の友人、バラク」と何度も口にすることで、自分こそが世界をオバマ時代に戻すことができるという期待を人々に抱かせてきた。しかし、これも幻想だ。

 

■米中、トランプ時代より緊張高まる可能性も

トランプ氏が大統領を務めた4年間は、米国そのもの、そして米国と世界各国との関係を根本から変えた。米国内でこの4年間に進んだ社会的・政治的な分断は深く、次の4年でこの分断が改善の方向に向かうことはないだろう。それどころか共和党は、トランプ氏が主張してきた移民排斥などを含めた「米国第一主義」の政策と、それに付随する非常に排他的な考えを守り抜くと決めたようだ。新型コロナウイルスの感染拡大で米経済は打撃を被るが、そうした中でバイデン氏がもし大統領選に勝利したら、共和党の人々はその勝利は正当な選挙の結果ではないとして一蹴するか、陰で米国を操っているディープステート(闇の政府)による陰謀の産物だとさえ言う可能性がある。

米中関係は今は世界秩序の中心だが、トランプ政権は中国との関係も大きく変えた。バイデン氏が大統領になったとしても、米中関係が根本的に修復されることはない。トランプ氏が大統領に就任する前は、米国で保護主義の政策を主張するのは民主党だった。今では民主党も共和党も保護主義に傾いている。そして中国を単に経済的ライバルであるだけでなく、テクノロジーと地政学の側面から世界の覇権国としての米国の地位を脅かす存在だとますます認識しつつある。従って、トランプ政権誕生前のようなグローバル化の流れは、大統領が変わっても復活することはない。

民主党の外交政策立案に深く関わる米国務省元高官のカート・キャンベル氏とジェイク・サリバン氏は昨年9月に発表した共同論文の中で「中国と協力しながらやっていく時代はもはや終わった、とする考え方が民主党内でコンセンサスになりつつある」のは正しい方向だとした。バイデン氏が大統領に就任したら同政権の要職に就くとみられる両氏は、トランプ政権の「中国とは戦略的に競争していく」という方針を受け入れている。ただ、やり方としては、もっと細やかな機微と知性をもって賢く競うということだ。

実際、バイデン氏が大統領になっても米中の緊張がさらに高まる可能性は十分にある。民主党政権は人権問題と南シナ海を巡る領有問題も懸案リストに加える可能性が高いからだ。

 

■米国の世界での指導力発揮も期待できない

米国が再び世界で指導力を発揮してくれることを熱望している中東や欧州の人々は、恐らく失望することになる。バイデン政権は米国の同盟国に対しては大いに外交努力を再開し、トランプ政権が同盟国に対して発した侮蔑的な表現や脅しはみられなくなるだろう。しかし米国の中東でのプレゼンスの低下は、オバマ政権がイラクからの米軍撤退を決め、シリア内戦には介入しないという方針を決めたときから始まっていた。当時、副大統領だったバイデン氏は中東にもっと慎重で、アフガニスタンへの増派にも反対していた。2015年に成立したが、トランプ政権が離脱を決めたことで履行停止状態に陥っているイラン核合意も、イラン政府の米国への警戒感の強さを考えれば復活は難しいだろう。

従ってバイデン氏が大統領に就任したとしても、トランプ時代の課題や弊害は続くということだ。

もっとも、明らかに良い方向に変わると思われる重要な点もある。米大統領の品格は回復され、人を見下したような物言いや、ことあるごとに「これは陰謀だ」などと騒ぎたてるホワイトハウスはもう目にしなくなるだろう。公の場における専門家やプロフェッショナルの見解や意見は再び重視されるようになる。特に司法省などトランプ氏が介入して混乱に陥った各行政組織は従来の秩序を取り戻すことになる。何より重要なのは、米国が気候変動対策の国際的な枠組みに再び参加するようになることだ。

 

■ナショナリズム台頭の流れも変わらない

バイデン氏が大統領になれば、人権と民主主義の重要性を改めて強調することにより、米国は再び信念の面でリーダーシップを発揮していこうとするだろう。同氏は既に「米国の高潔な信念を取り戻す」と約束している。だが、世界中で人権を主張しようとしても、すぐに(よくあることだが)信念よりも利害を重視する現実的な政治とぶつかり、妥協を余儀なくされるだろう。バイデン氏が率いる米政権であっても、米国は中国との対立を深めているだけに、インドのモディ政権に対して強硬路線を貫くのは難しそうだ。

モディ首相がインドで独裁色を強めている事実は、世界的にナショナリズムと反自由主義がこの数年、勢いを増していることを浮き彫りにしている。ナショナリズムはトランプ政権の誕生で各地で勢いを増したが、同政権誕生前から始まっていた。そのため、こうした変化はトランプ氏が退任したとしても続くだろう。

英国は欧州連合(EU)から離脱する。中国、ロシア、ブラジル、インド、トルコ、サウジアラビアでは依然として反自由主義的な国家主義の指導者による国の支配が続く。米国の相対的支配力の低下も続くだろう。バイデン氏は大統領執務室に座った時、そこから見える世界が、オバマ氏が去った時から大きく変わったことを実感するはずだ。

 

 

 

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