激動の16年を総括:破壊的イノベーションの嵐


ジョン・ギャッパー ヨーロッパ FT FT commentators

 

最近、気になるフィナンシャル・タイムズ(FT)の記事を目にした。中国で生活関連サイトを運営する美団点評(メイトゥアン)が成功しているという話だ。中国の消費者は、同社の「エブリシング・アプ」を使えば、料理の宅配サービスを利用できるだけでなく、ホテルを予約・評価でき、訪問マッサージまで受けることができる。7〜9月期の売り上げは44%増加し、同社の企業価値は750億ドル(8兆2千億円)に上るという。

 

融危機、テック革命と激動の16年だった=ロイター

16年前には思いも寄らなかったことだ。中国がずっと貧しく、iPhoneや携帯アプリは発明もされていなかった時代だ。しかし、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが「自分の生産物の販路を拡大し続けようという欲望に駆り立てられて、ブルジョワ階級は全地球を駆け回る」と1848年の「共産党宣言」で述べた通りにになった。

16年というのにはわけがある。筆者は2003年にこのコラムを書き始め、今回が最後になるためだ。といっても、お別れというよりはしばしのおいとまだ。これから東京に赴任し、日経アジアン・レビューでの仕事を務めた後、来年のうちには古巣に戻り、消費者や市民の視点でビジネスをテーマにした新しいコラムを執筆する。


■激動の16年を振り返る

年末でもあり、この機会にこの16年で何が変わったのかを振り返ってみたい。当然ながら、多くが変わった。このコラムを始めた03年9月、全米レコード協会は楽曲を違法にダウンロードしたとして音楽ファンに対して261件の訴訟をおこした。業界は必死だったが、今では音楽配信サービス、スポティファイやストリーミングサービスのおかげで活気を取り戻している。

この間一貫していたのは、「破壊的イノベーション」が起き続けたことだ。この言葉は、1995年に経営学者のクレイトン・クリステンセン氏が、いかに旧来の企業が技術系の新興企業に出し抜かれるかを表現するために使ったものだ。急速な技術の進歩はグローバル化や貿易障壁の低下(最近までだが)を伴い、米国のフェイスブックやグーグル、ウーバーなどの革新的企業が世界を闊歩(かっぽ)した。

マルクスとエンゲルスの生きたビクトリア朝の時代もグローバル化が進み、企業は今と同様に変幻自在ともいえる変化にさらされていた。二人は是認はしなかったものの、その革命的な魅力を認識していた。「ブルジョワ階級は、あらゆる生産機器の急速な改良と、限りなく容易になったコミュニケーションによって、すべての民族を、最も未開な民族ですら、文明の中に引き込む」

 

■金融危機の時代

03年9月のコラムでは「今後強者として台頭するのは、小規模企業、例えばヘッジファンドやブティック型の投資会社などだ」と金融業界に起きてる同様の変化に触れた。その後、金融商品クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)について(その皮肉な結末を知らずに)こう記した。「デリバティブ市場の拡大に文句を言うのは、満ち潮に抗議するのと同様に無駄だ」

製薬業界については「科学や特許法、株式市場によって、製薬大手の業務は昔のヒット製品のリメークにとどまらなくなる」と書いた。米通信・メディア大手コムキャストが04年ウォルト・ディズニーに敵対的買収を仕掛けると、映画やテレビ業界で「スタジオやネットワークを使って視聴者にコンテンツを届ける昔ながらの方法は、現代の消費者が好むの新手法に道を譲りつつある」とした。

こうしたコメントに高い先見性があったわけではないし、いくつかの間違いもした。08年には米投資銀行リーマン・ブラザーズは倒産させるべきだと発言したし、最近では米ボーイングの小型機「737 MAX」が墜落事故を繰り返しても(安全性に問題がないという)自己満足な見解を書いた。その他、医療用麻薬オピオイド中毒のまん延など、事の重大性に言及しそびれたケースもあった。だが様々な業界で大きな変化が急ピッチで起きていることは注目を集めた。

また、07年のiPhoneの発売など多くの新しい製品やサービスが生まれたことや、アジアや中東などの新興地域で富の集積が進んだことも見逃せなかった。筆者は07年にはドバイに滞在し、世界展開していた「カリフォルニアやハワイを思わせる米ダイニングバー、トレーダーヴィックスのドバイ店を訪れ、マイタイのカクテルを手に、地元の人々がサルサのバンドに合わせて踊っていた」と書いた。

 

■時代を激動させたテクノロジー

機械学習や人工知能(AI)、遺伝医学など、科学技術の進歩は時代の激動に拍車をかけた。ヒトゲノムの解読は03年に完了し、がんは米製薬大手メルクのキートルーダなどの免疫薬で治療する時代に入った。タクシーはアプリで呼び、15年のうちには車が自動運転で走り回っているかもしれない。

だが、この企業による変革の嵐には代償が伴った。金融業界の暴走で08年には金融危機が起きた。こり、これを機に企業は「根無し草」の性格を強め、低税率の地域に利益を移すようになった。多くの国で企業の利益のうち労働者の取り分を示す労働分配率が低下しており、資本の力が強化され、非正規の契約形態での雇用が広がった。

ファストファッションから格安航空券まで、世界にモノやサービスがあふれるなかで、環境破壊に対する反発が起こり、若者にとって地球温暖化が大きな懸念材料となった。経済学者ジョセフ・シュンペーター氏が言ったように「創造的破壊」で非効率な企業が駆逐されて経済が成長するのなら問題はない。だが、成長が地球そのものの破壊を伴うとしたら恐ろしいことだ。

もちろん企業は規制や需要の変化に適応する。エネルギー関連会社は代替エネルギーの事業に取り組み、ハンバーガーを拒む菜食主義者が増えた結果、香料メーカーの米インターナショナル・フレーバー・アンド・フレグランス(IFF)は米デュポンの栄養素・バイオサイエンス事業を262億ドルで買収した。新会社は肉のような食感と香りをもつ植物由来肉のハンバーガーを作るという。

進行する消費者革命は、筆者が来年にコラムを再開する時にはおいしいネタをふんだんに提供してくれるだろう。ご愛読に感謝しつつ。良いクリスマスをお過ごしください。

 

 

 

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