寛容さ失った50年「寅さんが生きづらい時代に」

 


「男はつらいよ お帰り寅さん」山田洋次監督に聞く

 

 

山田洋次 映画監督

高度経済成長まっ盛りの1969年の第1作から50年。シリーズ第50作「男はつらいよ お帰り寅さん」が27日公開される。寅次郎は旅から戻らず、周りの人々はそれぞれに年をとった。令和の寅さんに何が映ったのか。山田洋次監督に聞いた。

第1作で寅次郎(渥美清)の妹さくら(倍賞千恵子)と博(前田吟)が結婚し、誕生した満男(吉岡秀隆)も50歳。6年前に妻を亡くし、中3の娘と2人暮らし。男やもめの小説家だ。寅さんの恋人だったリリー(浅丘ルリ子)も、満男の初恋の人・泉(後藤久美子)の別れた両親(橋爪功、夏木マリ)も、みな独りぽっちだ。

「今の時代はいかに人々が孤独に生きているかということじゃないかな。50年前に比べると、この国は住みづらく、寂しくなった。そんな時代になってしまったという感慨が僕にはある。50年前の日本人は今より幸せだったんじゃないかな」

ジュネーブで働く泉が仕事で帰国。上司が銀座の雑踏で「この人たちは幸せなのか」と問う。

「自問しなくてはいけないね。今、幸せなのか。コンピューターの時代で幸せなのか。人間より賢いAIが登場するけれど、それは素晴らしい時代が来ると考えていいのか。それは恐怖かもしれない。50年前は未来にもっと期待していた。一生懸命に働けば、車が買えて、カラーテレビが買えた時代だよ。69年は」

寅さんが令和元年に現れたら何と言うだろう。

「トランプ大統領は米国第一だけど、寅というのは自分の幸せは最後にする人間でしょう。まず俺が幸せになるということをまったく考えない。俺は最後でいい。目の前に不幸な人がいたらその人を助けるのが第一だというふうにして、生きてきた。そういう寅さんが生きづらい時代になっている。そういう人間の値打ちを認めるという価値観が希薄になっている」

「男はつらいよ お帰り寅さん」の一場面 (C)2019松竹株式会社

「寅さんがヒットしていたころの映画館は騒々しくてね。たばこや酒のにおいはする。終夜営業の3本立てなんて、お客は騒ぎながら見ている。『いいぞ!』なんて叫んだり、グーグー寝てたり。僕はそういう雰囲気で見てほしいと思う。いつのまにか行儀よくしなきゃいけません、人に迷惑かけちゃいけません、みたいになっちゃった。人に迷惑かけたっていい、というのは理屈として通らないわけだ。そりゃ迷惑かけない方がいいに決まってんだけど、多少の迷惑は『まあしょうがないね』と言って許すという寛容さが消えている」

「大きな音で食べないでとか、前の席を蹴らないでとか、小学生じゃないんだから。うるさかったら『うるさい、静かに見ろ』って言えばいい。もめたら仲裁する人が出てくる。それでいいはずなんだよ。人間関係って。それを全部お上の命令みたいに、決まり事にしちゃう。映画館だけじゃなくて、いろんな場所でいえるんじゃないかな」

人間同士の触れあう機会が失われているのだ。

「柴又の駅で満男が電車を降りてくる。今は自動改札だよ。次は50年前の回想で、さくらが博を追いかけてくる。改札にあるのは鎖だよね。一瞬立ち止まって鎖を外してホームに走る。今はああいう演出はできない。改札係が寅さんを追っかけてきて『このきっぷ、乗り越しだから、払ってくれ』というのがあったけど、そういう人間くさいトラブルがなくなった」

「隣近所との付き合いも希薄になった。人間同士がトラブルを起こし、トラブルを解決する、その中で新たな人間としての愛情がわく。そんな経験が少なくなり、付き合い方が下手になった」

「寅さんの家族みたいにしょっちゅうけんかしていれば、修復の仕方も知ってる。修復することを考えながら、けんかしているからね。人間関係についてのベテランですよ。今はそうはいかない」

50年分の素材をつないでわかったことがある。

「ああ、この映画は50年かけて作ったんだということだね。50年分、自由自在につなげるわけだから。それぞれの俳優のドキュメンタリーでもある。この人の40年前とか30年前とか。50年分の人生がまざまざと映る。わー若くてきれいだって、驚くんじゃないんだな。ああこの顔が50年前の顔なんだって、50年という歳月を感じるのね」

「ただ寅さんだけが年齢不詳で、幻影のように現れる。寅さんは時空を超越している。そこに原型があるというか、永遠になったってことだな」

渥美清はそれができる「並外れた役者」だった。

「あの人は撮影が始まると、自分の家に帰らない。代官山に小さなマンションがあって、そこから撮影所に通った。家庭の匂いというのを自分から消してしまったのね」

「ものを食べるとか、がぶがぶ飲む芝居はしなかったし、したがらなかった。茶の間で食卓を囲んでいるけど、実際に飯を食ったことはないのよ、あの人。これから食べようという時に大騒ぎになるか、食べ終わってさあ片付けようという時に大騒ぎになるか。旅先の宿でお酒をちょっと飲む、それくらいだったな」

「肉体を感じさせる芝居が嫌だったんじゃないかな。生々しい表現は嫌だった。だから女優さんと抱き合うというのが好きじゃなかったね」

 

 

 

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