巨大ITから権力取り戻せ
監視資本主義の阻止不可欠
ラナ・フォルーハー FT commentators
現在の大富豪の権勢は過去と比べていかほどなのだろうか――。シリコンバレーの有名なテック企業投資家と最近交わした会話のあと、この疑問が筆者の頭から離れない。
この投資家とは「ビッグテック」と呼ばれる巨大テック企業が過去20年間で成長するに従い、米国でスタートアップ企業の数が減少し、不平等と政治の分断が進んだことを話し合っていた。彼は筆者以上に現状に憂慮しているようだった。
イラスト Matt Kenyon/Financial Times
話題を明るい方向に向けようとした筆者は「我々は以前も企業による独占を抑え込んだことがあるじゃないですか。19世紀の鉄道王などがいい例でしょう」と言ってみた。すると、その投資家は険しい表情で「確かにそうだが、鉄道王には選挙の流れを変えられるほどの力はなかった」と返してきた。
もちろん、これは完全に正しいわけではない。米鉄道王のトーマス・スコットは、2本目の大陸横断鉄道の建設計画へのお墨付きを得る見返りに、自身の富とコネを使ってラザフォード・B・ヘイズの南部での支持を取り付け、1876年の米大統領選挙をヘイズに有利に導いたとされる。取引が成立した後、ヘイズはスコットの鉄道の特別客車に乗ってワシントン入りして大統領に正式就任した。
■米国では金と政治力は正比例
フェイスブックやグーグル、アマゾン・ドット・コムを率いる経営者の権勢はこうした過去の事例と異なるのか。答えは「変わらないことも多いが、大きく異なることが一つある」だろう。テック各社が築いたビジネスモデルで、彼らは過去にはなかった、個々の情報を吸い上げる「ボトムアップ」方式で力を行使できるからだ。
従来、経済力を用いた政治への介入はトップダウンで実施されてきた。金持ちはメディアを買収し、(合法な政治献金とその他不透明な手段で)政治システムを買った。米大統領選への出馬を表明した元ニューヨーク市長で大富豪のマイケル・ブルームバーグ氏のように、自分の政治活動の資金を自らまかなうこともある。
使うお金が多いほど、大きな成果を収めた。マサチューセッツ大学とテキサス大学の学者による最近の研究論文は、米国でお金と政治力の関係が比例していることを示した。研究では、公式な政治献金とそれ以外のさまざまな種類の「ダークマネー」の両方を集計した。過去3度の連邦議員選挙(1980年、96年、2012年)では、共和・民主両党の有力候補者の得票に占める割合と、選挙活動費全体で各候補の活動費が占める割合はほぼ重なることが分かった。この関係は「上院で強く、下院ではありえないほど密接だった」と論文著者は書いている。
これが米国で起業熱が減退した理由の一つかもしれない。ニューヨーク大学の経済学者、トーマス・フィリッポン教授が最近、著書「ザ・グレート・リバーサル 米国はいかに自由市場を見限ったか」(邦訳未刊)で検証したように、米国における競争のレベルの低下は、政策の選択の結果だといえそうだ。とりわけ膨大な量の公式、非公式な政治的ロビー活動と選挙活動への献金が許される場合は顕著だ。欧州の方が政治に流れるお金が少ないため、実は米国より自由で企業の集中度が低い、と同教授は論じている。
■自社が好む結果にも誘導できるように
今日のシリコンバレーの「テック王」は米政府と欧州連合(EU)本部双方にお金をばらまいている。だが彼らにはもう一つ、自分たちの意思を通す強力な手段がある。彼らが生み出した技術革新である、監視資本主義(編集注、消費者を「監視」して様々な情報を収集・分析し、人間の行動を先読みすることで収益を上げる新たな形の資本主義)を通じた力の行使だ。
テック王たちはオンラインで我々一人ひとりを追跡できるほか、スマートフォンやスマートカー、さらには数がどんどん増える製品と街中全体に設置されたセンサー経由でオフラインでも追跡できるようになりつつある。彼らは過去の大富豪たちでも夢見るしかなかった形で我々を分断統治できるのだ。
ケーブルテレビや特定の政治家への献金を通した選挙への介入などはかわいいほうだ。監視資本主義で、今や我々一人ひとりを個々の砂粒のように細かく分けて扱える。これは経済的にも可能で(我々は過去の行動に基づいて、オンライン上で異なる価格や広告などの情報を目にしている)、政治でも個人に合わせた通知が送れる。我々が共有するデータが多いほど、アルゴリズムでより正確に人の行動を予測できる。そして、大衆の関心につけ込んだテック企業は我々の行動パターンを売買するだけでなく、自社が好む結果にも誘導できるようになる。
さらに、どのようなメッセージが誰に配信されているかが完全に不透明だという事実とも組み合わせると、現代のテック王は過去の大富豪に大きく勝る力を持っている。19世紀の鉄道王が対象を細かく絞って政治への影響力を持とうとする場合、好きな政治家に無料の乗車券を配るくらいが関の山だった。フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏はトランプ米大統領と秘密裏に会合を開いたとされるが、本当に人をおびえさせるのは、フェイスブックが人の感じ方、そして行動の仕方をも変えられるような形でアルゴリズムをいじれることだ。
■マイクロターゲティングの禁止を
オンライン上の虚偽情報が16年の米国の大統領選や英国のEU離脱の是非を問う国民投票、欧州の数々の選挙に実際に影響を及ぼしたかどうかについて、司法は判断を下していない。だが、グーグルのエリック・シュミット元会長を含むビッグテックの経営者数人が、自社に個人の行動を見極めて予測する力があると豪語したことがある。こうした発言には不安を感じずにはいられない。
民主党の大統領候補指名を争うウォーレン上院議員は、ビッグテック解体を試みる意思があるようだ。だが、フェイスブックを解体しても、監視資本主義の解決策にはならない。解決するには、個人の追跡と対象を細かく絞り込む「マイクロターゲティング」を禁止するしかない。筆者はこれまで、これほどの禁止措置は極端だと思ってきた。テック企業が個人の生活に浸透しきっている今となっては不可能かもしれない。しかし、米国で競争を復活させるためだけでなく、世界中で自由民主主義への信頼を保つためにも、禁止が不可欠なのではないかとも思い始めている。