デジタル主権を取り戻せ

 

公的な監視で信頼高める


ラナ・フォルーハー FT FT commentators

 

データが経済に大いに活力を与えている。だからこそデータを収集、分析、囲い込むビジネスは、検索、電子商取引、ソーシャルメディアの枠を超えて、医療、金融、保険、教育をはじめとした経済のあらゆる分野に入り込んでいる。

 

 

11月半ばの本紙フィナンシャル・タイムズの調査報道で、ウェブMDヘルス、ヘルスラインを含む数々の医療情報サイトが慎重な扱いが必要なユーザーデータを、グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック、オラクルといった大手プラットフォームや比較的規模の小さい企業と共有していることが明らかになった。

米国では、グーグル自ら医療データの収集・分析に乗り出し、規模が米国第2位の病院経営グループとともに「プロジェクト・ナイチンゲール」と名付けて、患者本人や医師に通知せずに、数千万人の患者の個人的な医療記録を大量に入手・分析していたことが判明した。

グーグルは金融サービス業に進出する計画も発表しており、当座預金口座サービスを提供するために米金融大手シティグループと提携した。サービスにはシティのブランドを使うが、データをマイニングするのはグーグルだ。この提携でより多く利益を得るのが両社のどちらかは火を見るより明らかだろう。

データのマイニングと収益化はかねて、プラットフォーム企業の中核的なビジネスモデルだった。だからこそ、米マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(MGI)が調査結果で示しているように、現在の世界の企業の富のざっと8割がわずか1割の企業に集中しており、その多くがシリコンバレーの企業だったりする。

だが、次第にすべての産業、すべての企業で「監視資本主義」(編集注、消費者を「監視」して様々な情報を収集・分析し、人間の行動を先読みすることで収益を上げる新たな形の資本主義)がビジネスモデルになりつつある。


現在に即していない規制の枠組み

グーグルが医療、金融分野への進出に熱心なのは、ライバル企業がすでに進出しているからでもある。だが「ビッグテック」と呼ばれる大手ハイテク企業はこうした産業で旧来企業に対する優位性も持つ。伝統的なヘルスケア企業や保険会社はプライバシー基準を定めた「医療保険の携行性と責任に関する法律(HIPAA)」が適用され、違反した場合は罰則が科されるが、ハイテク企業は必ずしもこれらの法律が適用されるわけではないからだ。

そう考えると、旧来の医療サービス業者もHIPAAの抜け穴をかいくぐる方法を探そうとするのは当然だろう。米医療保険大手ユナイテッドヘルス・グループ傘下のデータ会社オプトゥムは、フェイスブックとツイッターからヘルスケア情報を抜き出すデータ抽出ソフトウエアの特許を申請した。また、データを「匿名化」することで規則を迂回しようとした企業もあるが、一部の研究は、アルゴリズムでそうしたデータを解読し、再び個人と結び付けられることを示している。

つまり、現在の規制の枠組みは、監視資本主義の時代には役に立たないということだ。伝統的な企業は新規参入組が守らなくてもいい規則に従わなければならない。ヘルスケアに限らず金融分野でも、銀行と同じ規則が適用されない「フィンテック」関連のベンチャー企業が規制の抜け穴をくぐろうとする可能性は十分にあるだろう。

我々は、健康や金融情報、雇用といった厳重な取り扱いが必要な分野で、あらゆる企業がデータを収集し、収益化するのを認めるべきなのだろうか。大量のデータ収集の結果として生じた独占力、プライバシー侵害、政治システムへの脅威が実際に起きていることを考えると、真剣に議論するに値するはずだ。

もし今後も認めるのであれば、競争の舞台を平等にする必要がある。ビッグテックやヘルスケア大手、データブローカーなどがあらゆる分野ですでにユーザー情報をごっそり取得し、専有している現状では、スタートアップ企業は競えるわけがない。これではイノベーションなど生まれようがない。


公共データバンクでデータ管理を

この問題に対処する優れた方法が一つある。民主的に選出された政府によって規制される公共データバンクの創設だ。

市民のデジタルデータに誰がアクセス可能で、どのような目的のためであればデータ収集が許されるかは、政府が決めるべきだ。個人は企業が自分のデータで何をするかを確認し、好きな時に好きなようにデータを移せるようにすべきだ。そして市民権と平等に関する既存の主な法律はすべて、こうした情報に自動的に適用すべきだ。

このような公共データバンクなら、適切に規制された民間企業であれば規模に関係なくアクセスできる。これが欧州の一部とカナダで検討されているアプローチで、カナダでは、トロント市が「サイドウォーク」と銘打った「スマートシティ」構想でグーグルが収集するデータを公共データバンクに保存・蓄積すべきだと判断した。

公的データベースが莫大な価値を持つことは想像に難くない(中国では利用方法について適切な議論がなかったが、すでにこうしたデータベースが大きな価値を持っている)。社会は徐々にデジタルアイデンティティーを受け入れ、恐らくはデジタル通貨(フェイスブックや中国共産党ではなく、民主的な政府によって規制される通貨が望ましい)も利用する方向へシフトしている。


現在のシステムには偏向と詐欺のリスク

こうしたなか、公的な監視と透明性を確保すれば、莫大な生産性拡大とイノベーションを生み、ユーザーの信頼感を高められる可能性がある。市民が自分たちのデータの利用方法について投票してもいいだろう。その場合例えば、市民は医療研究ではデータの利用を認めるが、消費者に純粋に焦点を合わせた分野では拒否するといった選択をとるかもしれない。

現在のシステムは、偏向と詐欺のリスクがあるだけでなく、市場としてもまったく不平等だ。これは企業にとっても自由民主主義にとっても持続可能ではない。ドイツのメルケル首相が欧州に独自のデジタルエコシステム(生態系)を構築するよう呼び掛けたのも無理はない。政治的な理由だけでなく経済的な理由からも、我々がデジタル主権を行使し始める時だという同首相の考えは正しい。

 

 

 

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