労働者がAIを歓迎する条件とは


ジリアン・テット FT AI FT commentators

 

今年初め、米配車サービス大手ウーバーテクノロジーズの研究者らが一つの根本的な問いに答えを出す研究を始めた。人間は実際にどのようにコンピューターとやりとりするのかという問いかけだ。


自動化が進む職場で労働者は競争力を保つために新たな価値を創造しているという調査結果もある=ロイター

彼らはウーバーに登録するドライバーが新しい音声操作システムにどのように反応するかを民俗誌学的な手法で調査した。民族誌学では人々の行動を長期間観察し記録することによって、彼らが属する社会や文化の性質を説明しようとする。ウーバーの研究者らは業務中のドライバーが実際にどんな反応を示すかをこっそり観察した。結果は非常に興味深いものだった。

ドライバーがこの技術とそれがもたらす効率化を歓迎する条件は、まずコンピューターの合成音声に好感が持てること、そして最も重要な要素として、音声システムを自在に停止できると感じることだということがわかった。そうでない場合、ドライバーはこの技術を敬遠した。

 


ドライバーが「口出し」できる機能

「ドライバーが音声操作を中断できるようにし、音声自体に嫌みがないようにする必要があった」。研究者の一人ジェイク・シルバ氏は先日、民族誌学をビジネスで活用することをテーマにした国際会議(EPIC)でこう述べた。ウーバーはこの結果を踏まえ、音声操作にドライバーが「口出し」できるようにする機能を加えようとしているという。

これは象徴的なエピソードだ。現在、人間の尊厳と労働をロボットが脅かしているという議論が盛んになっている。当然だ。6年前、英オックスフォード大学の経済学者らが、米国では仕事の47%が(ロボットによって)「危うくなる、すなわち比較的早期に自動化される」と予想し世間を驚かせた。その後に行われた分析でも同様の結論が出た。さらに米コンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によると、この動きは環境変化に弱い集団にとりわけ大きな打撃を与えるという。

しかしあまり注目されていないが、この事象には別の側面もある。デジタル技術の革新で新たに仕事も生み出されるということだ。マッキンゼーでは最新技術による雇用創出効果は非常に大きくなる可能性があるから将来、大規模な失業が起こるという予測は外れるだろうとみている。職場の動きを研究している民俗誌学者らも、同じような結論に至っている。

 


コアな仕事では抵抗感

例えば米グーグルだ。この1年、グーグルはホワイトカラー向けにGスイートと呼ぶAIを使ったオフィスソフトのクラウドの開発を急いできた。しかし最近、民族誌学的な研究を行った同社の研究者たちは、ある重要なことに気がついた。現代のホワイトカラーには「コアな」仕事(あるいは自分が「一体感を持っている」仕事)と「周辺的な」仕事、言い換えれば「自分の成功や幸福とは関係のない」仕事を意識的に区別する傾向があるということだ。

つまり彼らは周辺的な仕事なら喜んでAIに任せる。しかしコアな仕事で任せることには抵抗があるのだ。

グーグルによると、この発見はAIをどうGスイートに組み込んでいくかという戦略的な決定をする際のポイントになっている。すべての目的にかなうAIは存在しない。

デンマークのコンサル会社レッドアソシエイツが最近、ある経営コンサルを対象に、AIがどのように人間の仕事に取って代わるかを調べたところ、同じような傾向が浮かび上がった。それとは別に、レッドの民族誌学研究者らはAIとデジタル化がフランスの医療従事者と米国の保険外交員にどのような影響を与えるかを観察した。すると彼らは予想外に創造的な方法で「自分たちの将来の生計を守ろうと努力している」ことがわかった。医療機器の技術者は自分たちを「患者ケア」サービスの提供者として売り込み始め、保険の外交員は「リスクコンサルタント」と名乗り出したという。

「自動化による将来の失業を予測するとき、特定の仕事に関する知的なあるいは肉体的な要素の何パーセントが理論的にコンピューターによって代行され得るかをはじき出すだけでは十分ではない」というのがレッドの研究チームの結論だ。「こうした予測では労働者が自分たちの競争力を保つために創造している新たな価値が見落とされている」

 


実は人間の力も必要

日産自動車の自動運転技術の研究者も同意見だ。「自動化では、人間が仕事の中枢的技術からはじき出されるという面だけに着目すべきではない」と話す。同社の幹部らは自動運転のような「自動化技術」が開発やマーケティング、検査などで「実際には人間の力を必要とする」ことを発見したという。

すでにロボットによって仕事を奪われてしまった人々の苦悩がこうした発見によって和らぐわけではない。失業で格差が拡大しやすいという事実から起こる政治的混乱が鎮まるわけでもない。さらに、自動化による雇用創出と失業のバランスがどうなるかを示す信頼度の高いデータを見つけることもまだ不可能に近い。

政策立案者や経済学者はこの問題の両面に注目する必要がある。自動化技術を開発しているコンピューター科学者と、その影響を研究している社会科学者との意思疎通を推進する必要もある。

ウーバーの「口出し」ボタンが教えてくれることは、労働者は自分で多少なりともシステムを制御できると感じれば、自動化技術やそれがもたらす効率化を受け入れるということだ。この感覚を持てない場合、労働者の反発を招くリスクがある。技術関連株に投資するなら、このことを頭に入れておいた方がいいだろう。

 

 

 

 

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