英EU離脱、仏も敗者に 独との不均衡あらわに


フィリップ・スティーブンズ ヨーロッパ FT FT commentators

 

彼は英国が第2次世界大戦に勝ったことを決して許せなかった――。1963年、当時の欧州経済共同体(EEC)に英国が加盟申請した際、ドゴール仏大統領は拒否権を発動し、加盟を阻んだ。当時のマクミラン英首相はその直後、冒頭の結論を出した。正しいかどうかはともかく、ドゴールの行為に対するマクミランの推測は両国の長年にわたるライバル意識を反映していた。あるいは英仏は永遠に、友人であると同時に敵でもある運命なのかもしれない。


ラスト Ingram Pinn/Financial Times

フランスのあるベテラン外交官は英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)について「英国がいなくなったら寂しくなる」と語っている。英仏とも互いに対して尊敬の念を抱いている。両国とも外交官の考え方は似ている。しかし、仏大統領官邸エリゼ宮では、マクロン仏大統領がしびれを切らしたようだ。遅々として進まないブレグジットに対して堪忍袋の緒が切れ、EU基本条約第50条に基づく離脱手続きは直近の期限延長(来年1月31日まで)で最後にしたいと考えている。

 

■英国のEU追放で得する国はない

いら立つ気持ちは理解できる。ブレグジットは、英国自身のみならず、残るEU27カ国にも多大な犠牲をもたらしている。だが、正当化できたとしても、マクロン氏のいら立ちは有益な結果をもたらせないはずだ。

英国が来月の総選挙でいずれの党も過半をとれず行き詰まりが打開できなかった場合、同氏は何を提案するのだろうか。ジョンソン首相を続投させるか、労働党のコービン党首を支持するかという悲惨な選択を迫られている国民は、集団として知恵を絞り、いずれの党も多数を得られない結果をもたらすかもしれない。

これに応じて英国をEUから追放したら、おかしな話になる。無秩序なブレグジットから利益を得る者はいないからだ。退任を控えた思慮深いトゥスクEU大統領は、険悪な決裂に警鐘を鳴らす。英国とEUはブレグジット後も付き合っていかなければならない。また、可能性にすぎないが、総選挙で決定的な結果が出なければ、英国人が離脱に対する考えを変える機会を得る可能性もみえてくる。

実は、マクロン氏の憤りは、もっと深い不満に根差しているのではないかと筆者は考える。同氏は政治情勢を変えるためにリスクを取る珍しい政治家だ。欧州のための構想があり、その多くは納得できる。マクロン氏からすると、EU諸国の指導者は何かあるとまず逃げようとする人ばかりだと映るはずだ。

 

■フランスは英国EU離脱で最も被害を受ける

マクロン氏が大統領に就任する前、ドイツ政府はパリに信頼できる相手がいないことを嘆いていた。ところが、確かなパートナーを得た今、任期終盤に向けてメルケル独首相が望んでいるのは波風を立てないことだ。ドイツはまだ欧州の方へ目を向けており、11月初旬にはユーロ圏の銀行同盟設立への反対姿勢を和らげる合図を送った。だが、ドイツの有権者を過度にかき乱すようなことはできない。

ブレグジットは確かに迷惑な話かもしれないが、メルケル氏が大規模なユーロ圏予算の創設を拒む理由にはならない。またドイツの左派から右派まで、あらゆる政治家が、ドイツが欧州統合の最大の受益者であるという気まずい真実を有権者に対して突き付けられないことへの説明にもならない。

同じように、欧州諸国の首都で聞かれるマクロン氏の尊大な態度への不満を、ブレグジットに付き合ったための気疲れのせいにはできないはずだ。同氏は自身のうぬぼれもあって悪化した「黄色いベスト」の抗議デモとの騒動から学んでいないのだろうか。人の気持ちに寄り添う能力は役に立つのだが。

これは純粋な臆測だが、マクロン氏の怒りは、別のことを反映しているのかもしれない。それはブレグジットで英国が味わう不幸に喜ぶ人がどれほどいようとも、それに伴う最大の損害をEU27カ国の中で被るのは恐らくフランスだということだ。


■大国の役割にしがみつこうとする英仏

過去何十年にもわたり、歴代の英国政府は仏独政府の間に割って入るために、ありとあらゆる外交的策略を用いた。「相手を倒せないなら手を組め」の原則に基づき、仏独の2軸体制に代わる非公式な3者会合構想を掲げたこともある。その試みは失敗したが、英国がEU内にいることでバランスをもたらした。ブレグジット後は、EUの見た目と雰囲気はかなり変わるだろう。何より、仏独間の力の不均衡が残酷なまでに露呈する。

規模の大きなEU加盟国の間では、英国とフランスだけが世界的な視点と利害を持っている。両国とも、大規模で即時展開できる軍隊があり、歴史的に自国の国境を越えて出ていくことをいとわない国民気質がある。フランスは欧州の防衛を向上させるために、他のEU諸国と協力できることが多々ある。ただし、英国抜きでは本格的なことは何一つできない。

EU離脱によって英国は経済的に弱くなる。その場合、英国は内向きになる衝動に駆られる。フランスもこの時点で敗者に転じる。これまで英仏両国は水が漏れる同じ船で一緒に旅をし、台頭する国家に対抗し、国防予算の削減を求める圧力に耐えながら、世界の大国としての役割にしがみつこうと奮闘してきた。両国が国連安全保障理事会の常任理事国であるのは時代遅れにさえみえる。もし英国がEU離脱のために地位がさらに転落したら、フランスはその分だけ船をこぎ続けるのが難しくなったことに気づくだろう。

マクロン氏は、指導者としての自身をドゴールと比較してもらうことを好む。確かに、冒頭の拒否権を発動した決断は、先見の明があったように思える。ドゴールは63年1月、「英国は今後もそして常に、欧州の一員であることには気乗りせず、米国との関係を損なうことを絶えず怖がる国だ」と断じた。ジョンソン氏がトランプ米大統領に寄り沿うのを見て、確かにその通りだと言う人もいるだろう。

しかしマクロン氏は、ドゴールが思い描いた「フランスが率いる結束した欧州、米国と対等の欧州」が失敗していることを考えた方がいいかもしれない。いつの日か、険悪な感情が晴れて、英国人が平常心を取り戻したら、英仏は再びうまく付き合っていく方法を見つける必要が出てくる。その時、英国はEU離脱に辛抱強く付き合ってくれたお返しをフランスにできるはずだ。

 

 

 

 

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