温暖化対策 若者の財産に
マーティン・ウルフ FT FT commentators
気候変動政策はトランプ米大統領の軽視とスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんに代表される急進勢力の間で揺れている。トランプ氏は4日、世界2位の温暖化ガス排出国である米国は地球温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」から離脱すると国連に通告した。
イラスト James Ferguson/Financial Times
グレタさんは2030年までに温暖化ガス排出量から既存の温暖化ガス削減分を差し引いたネット排出量を50%減らすという一般的な目標よりもはるかに大きな削減を求めている。トランプ氏の行動は実に無責任だが、グレタさんの要求はとても実現できそうに思えない。
過激な気候変動活動家の憤りは理解できる。何十年も議論を重ねてきたにもかかわらず温暖化ガスの排出量と地球の気温は上昇し続けている。この傾向を早急に変えなければ、産業革命前からの世界平均気温の上昇を1.5度以内に抑える確率はゼロになり、2度以内に抑える確率も極めて危うくなる。
国際通貨基金(IMF)の財政モニター最新版では、2度以内の目標達成には30年までに温暖化ガスの排出量を何の措置も取らなかった場合(ベースライン)より3分の1減らす必要があり、1.5度以内に抑えるには半減する必要がある。
■温暖化を市場経済否定の材料にする左派
行動を起こすのが遅れれば遅れるほど必要な措置は増大し、ついには手遅れとなり何もできなくなる。専門家が言うところの破壊的かつ不可逆的な気候変動を回避するには、既にほぼ手遅れの状態だ。よって劇的な政策が必要だ。ただ、石油大手の英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルなどの民間企業が立ち上げたエネルギー移行委員会(ETC)は、対策を今後30年間、しっかり実施すれば気温上昇は抑えられると論じている。
残念なことに、トランプ氏のような真っ向から反対する人や多くの人が無関心なことだけが温暖化対策を成功させる障害ではない。温暖化対策を進めるべきだとする人々の中にも問題がある。彼らにとって気候変動は、今や市場経済に反対する根拠の一つとなってしまっている。
米民主党の「グリーン・ニューディール」(編集注、30年までに化石燃料の使用停止を目指している)の支持者の多くは、気候変動の解決には計画経済が必要だとして、計画経済の追求を正当化する材料に気候変動を使っている。
英ジャーナリストのポール・メイソン氏は「英労働党は、国の歳出、国による融資に加え、国が民間融資をも管理することで気候変動と闘おうとしている」と指摘する。これでは、左派は地球を救うことより市場経済の破壊を狙っているという批判を招く。労働党が10月の党大会で発表した、計画経済によって10年後の温暖化ガス排出量を実質ゼロにするという政策をもし実施したら混乱を招き、人々は温暖化対策そのものを批判的にみるようになるだろう。
■中国、インドにとっては自国の環境改善に
いずれにせよ、気候変動は一国で解決できるものではない。解決には内容が正当なもので、かつ実効性がありグローバルな政策が必要だ。
実効性の確保には計画、規制、研究、インセンティブの全てがそろっていなければならない。政府は研究や都市設計、資金調達の面で行動を起こす必要がある。だが人々の行動を変えるにはインセンティブも必要だ。政府が全てを決めて実施するだけでは十分ではないからだ。
先のIMF財政モニターでは、気温上昇を2度以内に抑えるには30年時点での二酸化炭素(CO2)排出量1トン当たりの適正価格を75ドルとしている。現在もCO2排出に価格をつける様々な仕組みがあるが、その価格は低すぎるし、価格設定の枠組みもよく変わるし、国によってばらつきもある。とはいえ温暖化ガス排出削減には炭素税や、下限価格のある排出量取引制度が最も有効だ。
歳入を伴う制度は、政治家にも魅力的でなければならない。増えた財源を他の価値ある目的に使えるからだ。「悪」への課税(この場合は公害への課税)は、税制の改善や価値ある歳出増の機会を生む。
IMF財政モニターは、中国やインドなどは石炭等の化石燃料の使用を減らせば、それだけ環境汚染が緩和され、自国の環境改善につながるという重要な点を指摘している。これらの国々は世界全体で必要とされる温暖化ガス排出量削減で大きな役割を果たさなければならない。また、炭素税の制度からも同様のメリットが得られるとの認識を持ってもらうことが重要だ。さらに、新エネルギーシステムへの投資でもこれらの国々には相当な割合を担ってもらう必要がある。従ってインセンティブは非常に重要だ。
政策に正当性を持たせるには弱者への補償が不可欠だ。エネルギー価格の高騰による影響は必ずしも貧しいほど大きいわけではないし、それ以外の国民からの反発も大きな問題だ。燃料価格高騰の補償には透明性の確保が大事だ。同時に、誰もが納得できるような明るい未来を示すことも重要だ。そうしなければ必要な政策変更を国民に受け入れてもらうことはできない。
■若者には期待する権利がある
最後に、政策はすべての経済大国が参加するグローバルなものでなければならない。これはこれまで長年、排出してきた先進国と成長過程にある新興国、途上国との間の公平性という重要な問題が絡む。もちろん、誰もが納得する解決策などないが、高所得国から新興国や途上国への寛大な支援、特に新技術導入に伴う支援には解決法を探る必要がある。「ただ乗り」にどう対処するのかという重要な問題もある。特に最大の「ただ乗り国」で勝手な振る舞いを続けている米国に対して何をすべきか。その答えは基本的には明快だ。米国には重い罰を与えなければならない。気候変動への取り組みに猶予はもはや許されないという事実を我々は受け入れなければならないが、そう考えれば米国を罰するというのは自然の流れとなるだろう。
では、今、何をすべきか。その答えはいくつもある。30年にわたる行動計画を即、開始する、市場ベースのインセンティブを含むあらゆる政策ツールを実用的観点から駆使する、カーボンプライシングで得られた歳入を弱者への補償に充て、より効率的な税制と温暖化緩和策へつなげていく、化石燃料の不使用が各国の環境にもたらすメリットをもっと強調する、そして何より世界共通の課題として気候問題にコミットする。
ポピュリズム(大衆迎合主義)とナショナリズムがこれだけ勢いを持つ今の時代にこの全てを実行できる可能性はあるのか――。悲しいことに、その可能性ははっきりしない。もし可能性がないとしたら我々は本当に失敗することになる。だが、若い世代が失敗しないようもっと取り組むべきだと期待するのは当然だ。我々はこれに応えなければならない。