フェイスブックの二枚舌

 

 

米IT(情報技術)業界では最近、各社のビジネスモデルや経営能力に疑問を抱かせるような企業トップ自身の振る舞いがあちこちに見られ、今さら外部から批判する必要はないように思えるかもしれない。


イラスト Matt Kenyon/Financial Times

それでも、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が17日に米ジョージタ ウン大学で行った講演と、23日の米下院金融サービス委員会での証言は注目に値する。フェイスブックは虚偽を含む政治広告について責任を負いたくないとザッカーバーグ氏は訴えた。だが、筆者は同氏が語った内容と、実際にやっていることがいかに矛盾しているかをここで暴いてみたい。

「監視資本主義」(編集注、消費者を「監視」して様々な情報を収集・分析し、人間の行動を先読みすることで収益を上げる新たな形の資本主義)で成り上がったザッカーバーグ氏が講演で、本来あるべき規制なのにそれを回避したいという文脈の中で、フレデリック・ダグラスやマーティン・ルーサー・キング牧師といった公民権運動の指導者を引き合いに出したその荒唐無稽さはひとまず置いておく。まずはフェイスブックが「第5階級(フィフス・エステート)」に属すると述べた同氏の主張を取り上げてみよう。

 

■歴史認識欠く「第5階級」発言

この用語は1960年代、既存体制の枠からはみ出たジャーナリストや知識層が社会の主流派に反発して起こしたカウンターカルチャー(反体制文化)が広まる中で、反資本主義や無政府主義を正面に打ち出した同名の米誌にちなんで生まれた(編集注、当時は主要メディアが扱わないアンダーグラウンド情報を流す媒体などを指した)。

一方、フェイスブックは誰でも参加できるSNS(交流サイト)を運営する監視資本主義の旗振り役だ。ザッカーバーグ氏(または同氏の広報担当)が第5階級という言葉を選んだ事実は、彼らに歴史的認識が驚くほど欠けていることを示した。

シリコンバレーの経営者で歴史認識が甘いのはフェイスブックに限った話ではない。ザッカーバーグ氏の第5階級への言及は、2014年のダボス会議で米グーグルのエリック・シュミット会長(当時)が「炉辺談話」と名付けたセッションを設け、IT業界の将来の見通しを披露した時のことを思い出させる。

シュミット氏は技術の発展に伴い大量の職が失われるから、起業家精神を持つ人をもっと増やさなければならないとの見方を示した。だが、そうした創造的破壊による悪影響を埋め合わせるためにIT大手の税負担を重くする必要はあるかとの問いには、そんなことをすれば技術革新を阻んでしまうと答えた。

炉辺談話とは1933年に就任したF・ルーズベルト元大統領がラジオで国民に語り掛けた時の番組名だが、ダボス会議の宣伝用資料の作成に際しては、元大統領のことも彼のニューディール政策も想起しなかったのだろう。米IT業界が関心があるのは未来のことばかりで、過去を振り返ったりしない。

 

■「反体制文化の代表」は真実に反する

話をザッカーバーグ氏に戻そう。時価総額5千億ドル(約54兆円)超の企業をカウンターカルチャーの代表とみなすことがばかげているのは言うまでもない。さらに突っ込めば、フェイスブックの規模や社会的影響力がこれほど大きくなり、消費者や企業、国家に対してさえ力を行使できるようになったことを、ザッカーバーグ氏やシェリル・サンドバーグ最高執行責任者(COO)が想像できなかったと示唆したのは真実に反する。

グーグルの共同創業者であるラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン両氏が1998年、検索エンジンに関して執筆した論文を読めば、自分たちがいかに力を持ち得るか想像できたはずだ。グーグルはターゲット型広告のビジネスモデルを立ち上げ、監視資本主義を初めて大規模に実践した。生みの親の2人は当初、ネット上で個人の行動を追跡し、その情報を広告主に売るなど禁じ手だと考えていた。

この論文で両氏は「広告から収益を得て検索エンジンを運用すれば広告主を不当に優遇することになり、消費者ニーズに応えられなくなる。専門家でさえ検索エンジンがどう機能するのか把握するのは難しいのだから、検索バイアスがかかるというのは非常に危険だ」と指摘している。

つまり、グーグルやフェイスブックをはじめ多数のプラットフォーム企業を潤わせているターゲット広告型ビジネスは極めて悪用されやすいのだ。そんな明白な事実をフェイスブックの経営陣が知らなかったはずはない。特にサンドバーグ氏はフェイスブックに移籍する前、グーグルで広告モデルの最適化に携わっていた。

フェイスブックがこれ以上政治広告の事前審査をしたがらないのは当然だ。透明性を高めれば、もっと多くの問題が露呈することになるからだ。

ペイジ、ブリン両氏が98年の論文で「広告優先の検索エンジンは様々な動機で悪用されやすい。だから透明性を高め、商業用ではなく純粋に学術に基づく検索エンジンが不可欠だ」と主張したのは私からすれば当然だ。検索エンジン、SNS、電子商取引(EC)などのプラットフォームは水道やガス、電気と同様、日常生活に欠かせない公共事業のようなもので、それ自体規制されるべきだというのはほぼ了解事項といっていい。

 

■「言論の自由を擁護する愛国者」は認められない

以上の点を踏まえると、ザッカーバーグ氏がデジタル通貨「リブラ」をいまだに立ち上げようとしているのは驚きだ。筆者は以前、国境を越えたデジタル通貨の流れが加速すれば、投機的な投資を助長し、金融の安定性を損なう可能性があると指摘した。

一方、ザッカーバーグ氏の議会証言で最も受け入れがたかったのは、米国がリブラの計画に着手しなければ、中国が「同じようなアイデアを素早く実行する」との発言だ。フェイスブックが米国の言論の自由を擁護する愛国の士で、米国の国際競争力の支柱でもあるという同氏の見解は断じて容認できない。

フェイスブックは自ら中国市場に打って出ようと意欲満々の巨大広告会社だ。2004年の創業からわずか15年間に、善よりも害悪を多く生み出してきた。ザッカーバーグ氏が公の場で何か発言するたびに、フェイスブックに規制をかける必要があるとの思いは一層強くなる。

欧州連合(EU)ではインターネットユーザーのプライバシー保護のため「忘れられる権利」を認めるようになった。フェイスブックの株主の中にも、キーボードをたたくようにザッカーバーグ氏を「削除」できればと願っている人たちがいるだろう。(28日付)

 

 

 

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By Rana Foroohar