「不正な資本主義」が民主主義を壊す(前編)

 


マーティン・ウルフ

 「我々個々の企業は、それぞれの企業の目的を追求する一方、すべての利害関係者に対して基本的なコミットメントを共有している」−−。

 米主要企業181社の経営者団体、ビジネス・ラウンドテーブルは8月19日、このように宣言し、長年掲げてきた「企業は主に株主のために存在する」という考え方を見直した。

 これは確かに大きな転換点だ。だが、この転換点は何を意味するのか――。どんな意味を持つべきなのか――。

 

「レンティア資本主義」の台頭

 まず、事態がひどく悪化してしまったという事実を認めることから始める必要がある。私たちはこの40年間、生産性の伸び悩み、格差拡大、複数の金融危機発生という三重苦を抱えてきた。特に最も重要な国である米国で、この傾向は顕著だ。

 米ハーバード大学のジェイソン・ファーマン教授(オバマ前政権で大統領経済諮問委員会委員長を務めた)と米投資銀行ラザードフレールのピーター・オルザグ氏(オバマ政権で行政管理予算局長を務めた)は2018年に発表した論文で「1948〜73年には米国の1世帯当たりの実質収入の中央値は毎年3%上昇した。この比率で収入が増えると、96%の可能性で子どもは親の収入を上回ることができた。しかし、73年以降の伸びは年0.4%にとどまっているため、28%は親の収入を超えられない」と指摘した。

 

 なぜ経済はうまくいっていないのか。「レンティア資本主義(rentier capitalism)」の台頭が主な理由だ。この場合の「レント(rent)」とは、モノやサービス、土地、労働を供給し続けていくのに必要な利益水準を超える「超過利潤」を意味する。

 そして「レンティア資本主義」とは、市場と政治の力によって、一部の特権階級や大企業が他のあらゆる層からこうしたレント(超過利潤)の大部分を搾取していく経済を指す。

 これが状況悪化すべての原因というわけではない。米ノースウエスタン大学の経済学教授のロバート・ゴードン氏が主張する通り、ものごとを根本から変えるような大きなイノベーションは20世紀半ば以降、かつてほど起きなくなった。

 テクノロジーは大卒者への依存を高め、彼らの相対賃金を引き上げ、格差拡大をもたらす一因となった。米国では、上位1%の富裕層の税引き前所得の全税引き前所得に占める割合が、1980年の11%から2014年には20%に跳ね上がったが、これは技術力を持つ大卒を重視する技術革新だけが理由ではなかった。

 


移民は格差拡大の理由ではない

 多くの国、特に米国と英国における政治論争に耳を傾けると、状況の悪化は中国からの輸入急増か低賃金の移民の流入急増のどちらか一方、または両方のせいだと結論づけてしまうだろう。外国人はうってつけのスケープゴートだが、格差拡大と生産性の伸び悩みを彼らのせいにするのはまったく間違っている。

 すべての西側の高所得国は、40年前よりも新興国や発展途上国との貿易が盛んだ。それでも高所得各国における格差拡大の程度は国によって大きく異なる。これはその国の市場経済の諸制度がどう機能し、どんな国内政策をとってきたかによって左右される。
ハーバード大の経済学者エルハナン・ヘルプマン教授は、この問題に関する膨大な学術論文を読破し、こう結論づけている。「外国との貿易や生産拠点を新興国などに移すオフショアリングという形態のグローバル化が、格差拡大の主な理由ではない。世界各国の様々な事例に関する複数の研究で、こうした結論が示されている」。

 製造拠点の大半を中国などに移転した結果として、高所得国での投資はやや減ったかもしれないが、生産性の伸びを大幅に鈍化させるほどの影響はもたらさなかった。逆に、労働を世界で分担するようになったことで高所得国は技術集約的な分野に特化するようになった。生産性の伸びは、こうした分野の方が高まる可能性は高い。

 


レンティア資本主義への考察こそが必要

 ところが、単純な発想しかしない重商主義者のトランプ米大統領は、米国の雇用喪失は米国との2国間貿易の不均衡が原因だとして、米国が抱える貿易赤字は米国が結んでいる通商協定に問題があるためだと主張している。

 米国の貿易収支は赤字だが、欧州連合(EU)の貿易収支は黒字だ。しかし、双方の貿易政策はかなり似ている。だが、貿易政策だけで米国とEUの貿易収支の不均衡は説明できない。いろんな国との2国間貿易を見ても、その国の貿易収支全体の説明をできるわけではない。全体としての貿易収支はマクロ経済の結果として出てくるものだ。理論を見ても、データを見ても、このことは裏付けられている。


「外国人がもたらす衝撃」は、政治や文化の面では大きいかもしれないが、移民が経済に及ぼす影響は小さい。ある研究は、移民が受け入れ国の国民の実質所得とその国の財政状況に与える影響は小さく、むしろプラスである場合が多かったと示している。

 貿易や移民が及ぼすダメージに目を向けるのは、政治的にはメリットがある戦略かもしれないが、間違っている。それよりも、ごく一部の既得権益層だけが利する今のレンティア資本主義について掘り下げて考察する方がはるかに生産的だ。

 


全産業の有能な人材飲み込む金融

 金融はいくつかの面で重要な役割を果たしている。ただ、自由化された金融は、がんのように広がる傾向がある。そのため金融部門は信用とマネーを生み出す力をもって自分たちの活動を広げ、収入や(多くは実体のない)利益を増やしていく傾向がある。

 国際決済銀行(BIS)のスティーブン・チェケッティ氏とエニス・カルービ氏は2015年の研究でこう指摘している。「金融の発展は一定水準までは好ましいが、それを超えると成長の足かせとなり、そのように金融セクターが急成長しだすと、他の様々な産業分野の生産性向上をも妨げるようになる」。

 どういうことか。両氏の説では、金融部門が急成長すると様々な分野の優秀な人材を採用、取り込んでいってしまう。その人材が何をするかと言えば、不動産ローンを組む仕事をする。なぜなら担保を作り出せるからだ(そして、その担保を元に資産担保証券なるものを発行し、売るわけだ)。このように優秀な人材が、非生産的で無益な分野に流れてしまうということだ。

 

 カーメン・ラインハート氏とケネス・ロゴフ氏が共著「国家は破綻する」で示したように、歴史的に過度の信用拡大はほぼ確実に金融危機を招いてきた。だからこそ今ではどの国の政府も、市場原理に基づいて動いているはずの金融部門に規制を課している。だが、規制はあっても金融部門は必ずその規制をかいくぐる方法を見つけ、無責任な行為に走り、巨額の利益を得る機会を得ていく。その結果、一部の者だけが巨額の利益を手にし、我々大多数は損害を被る。規制をかけてもかならず抜け穴をみつけていくため、さらなる危機の発生は避けられない。

 金融は、格差拡大ももたらす。米ニューヨーク大学スターン経営大学院のトーマス・フィリッポン氏とパリ経済学校のアリエル・レシェフ氏は、1980年代に金融規制が緩和されたことに伴い、金融に従事する人材の相対的所得が高騰していったことを示した。そして両者は、金融のプロと他の一般的な民間部門の賃金格差のうちの30〜50%は確固たる説明がつかない報酬(オーバーペイ)だという試算をはじき出している。

 だが、80年代以降、爆発的に拡大した金融セクターが、生産性の上昇をもたらすことはなかった。それどころか特に2008年の金融危機以降、生産性の伸びは鈍化した。一方、企業の経営幹部たちの収入も爆発的に増加したが、だからといって生産性が伸びたわけではなく、これも別の形のレント(超過利潤)の搾取だ。

 


経営陣の報酬と企業統治の限界

 英シンクタンク「ハイ・ペイ・センター」の創業者デボラ・ハーグリーブス氏が指摘するように、英国の経営トップと従業員との平均報酬の差は、1998年の48倍から2016年には129倍に開いた。米国では、1980年の42倍から2017年には347倍になった。

 米国人エッセイストのH・L・メンケン氏は「複雑な問題には、明瞭かつ単純で間違った答えが必ずある」と書いている。株価連動報酬により、経営陣は収益を操作したり自社株を購入するために借金したりしても、株価を引き上げたいと思うようになった。どちらも企業価値の向上にはつながらないが、自らの報酬を大幅に増やせるからだ。企業統治に関連する問題とは、監査法人の独立性を巡る問題が最も代表的だが、要するに利害の対立の問題だ。

 つまり、あらゆる企業の意思決定には、そこにかかわる個人の経済的利害が絡むということだ。英経済学者のアンドリュー・スミザーズ氏が著書「生産性と賞与の文化」(未邦訳)で指摘したように、それは企業投資と長期的な生産性の伸びを犠牲にして成り立っている。

 

 


 

 

 

「不正な資本主義」が民主主義を壊す(後編)

 

マーティン・ウルフ


独占企業、人口集積によるレント

 さらに重要な問題は、競争が減っていることかもしれない。ジェイソン・ファーマン氏とピーター・オルザグ氏は、米国では30〜40年前に比べて開業率が下がり、設立年数が若い企業の割合も低下する市場集中化が進んでいる兆しがあると指摘する。経済協力開発機構(OECD)と英オックスフォード大学マーティン校が実施した研究でも、トップ企業と他の企業との間で生産性や利益幅の差が拡大しつつあると述べている。そうなれば競争が減り、独占によるレント(独占レント)が増えると考えられる。さらに、同じようなスキルを持つ労働者でも企業によって報酬が大幅に違うことから、大きな格差が生じる。これもレント発生の一例だ。

 

 競争が減少する一因は「勝者総取り」市場にある。能力が突出した個人や企業が、世界に向けて極めて低価格で(モノやサービスを)提供できるため、独占レントを得られるのだ。利用者数が増えるほど個々の利用者の満足度も高まる「ネットワーク効果」や、プラットフォーマーと呼ばれる独占企業(米国のフェイスブック、グーグル、アマゾン・ドット・コム、中国のアリババ集団、騰訊控股〈テンセント〉)の限界費用はゼロで、新しい会員を獲得しても負担はかからない。

 

 英経済学者ポール・コリアー氏が「資本主義の未来:新たな懸念への直面」(未邦訳)で強調した人口集積のネットワーク効果も自然に発生する現象だ。英ロンドン、米国のニューヨークやカリフォルニア州のベイエリアなど、成功している大都市圏には強力な増幅効果が発生し、優秀な人材が集まることでさらに人材が集まりやすくなり、若い人材に格段の報酬をもたらしている。これにより、発展から取り残された町の企業や人々は不利な状況に置かれる。人口集積でも不動産価格や報酬でレントが生じているのだ。

 もっとも、独占レントは自然発生的な経済現象というだけではない。人の手による政策が招いた結果でもある。米エール大学のロバート・ボーク教授(法学)は1970年代、独占禁止政策では「消費者福祉」を唯一の政策目標にすべきだと主張した。株主価値の最大化と同様に、これも非常に複雑な問題をあまりに単純化していた。これは価格が抑えられていれば独占は問題ないとする油断を招いた。しかし、高い木がそびえていれば、成長に必要な日光が苗木に届かなくなる。巨大企業も同じだ。

 

 

主要国でみられる「独占レント」はオーストリアの経済学者、ヨーゼフ・シュンペーター氏が唱えた「創造的破壊」の証しだと得意げに語る人もいるかもしれない。だが実際には、こうした見方を裏付けるだけの創造や破壊、生産性の伸びはみられない。

 


税金から逃れる大企業

 レントシーキング(レントの追求)の見苦しい一面は徹底した税逃れだ。企業(ひいては株主も)は世界で最も強力な自由民主主義国家が提供する治安や法制度、インフラ、教育を受けた労働力、社会や政治の安定という公共財の恩恵を受けている。それでも、生産や技術革新の現場を特定しにくい企業などは、税制の抜け穴につけ込める絶好の立場にある。

 法人税制度の最大の課題は国家間の租税競争、そして税源浸食と利益移転(BEPS)だ。前者では、下がり続ける税率、後者(BEPS)ではタックスヘイブン(租税回避地)への知的財産移転、高税率国・地域では負債を計上して利益に対する税控除を得る行為、グループ内での移転価格の不正操作などがある。

 国際通貨基金(IMF)は15年の研究で、BEPSにより、OECD加盟国では長期にわたり税収が年約4500億ドル(国内総生産〈GDP〉の1%)、OECD非加盟国では約2000億ドル強(GDPの1.3%)、それぞれ減少すると試算した。16年のOECD加盟国の法人税収が平均でGDPの2.9%、米国ではわずか2%だったことを考えると、これらは大きな数字だ。

 

 米外交問題評議会のブラッド・セッツァー氏は、米企業が小規模なタックスヘイブン(バミューダ、英領のカリブ海諸島、アイルランド、ルクセンブルク、オランダ、シンガポール、スイス)で計上する利益は、経済大国6カ国(中国、フランス、ドイツ、インド、イタリア、日本)での利益の7倍に上ることを示した。これはばかげているが、トランプ政権の税制改革では状況はほとんど変わらなかった。もちろん、こうした抜け穴の恩恵を受けているのは米企業だけではない。

 こうした事例では、レントは悪用されているだけではなく生み出されている。ロビー活動により、ゆがんだ不公正な税制の抜け穴を求めるほか、企業の合併や反競争的慣行、会計上の不正行為、環境や労働市場で必要な規制の策定などを阻もうとする。一般市民の利害は企業のロビー活動に圧倒されている。実際、政策決定においては一般市民の要望は無視されているに等しいことを示した研究もある。

 


企業経営者はどう行動するか


 なかでも一部の西側諸国では、所得の分配が中南米諸国のように不平等になるのに伴い、政治も中南米化している。新興のポピュリスト(大衆迎合主義者)には、過激ではあるものの、必要でもある競争政策や規制、税制の改正を検討している者もいる。だが、少数のエリート層を優遇するため不正操作された資本主義を推進し続け、特定の有権者層だけが理解できる排他的な発言に頼る者もいる。こうした行為は自由民主主義を破滅させる可能性が高い。

 

 ビジネス・ラウンドテーブルの会員やその仲間は、自らに厳しい問いを突き付けた。彼らが言っていることは正しい。株主価値の最大化を目指すのは企業経営の指針として疑わしいことが明らかになったからだ。だが、この認識は始まりにすぎない。これに気付いたことで、自らの報酬をどう設定し、積極的に生み出した税制や規制の抜け穴の悪用をどう是正するのかを自問しなくてはならない。

 経営者らは特に公的な活動を重視しなくてはならない。企業統治についてのより良い法規制や、公正かつ実効性のある税制、自分ではどうにもならない経済状況に苦しむ層に対する安全網、国内外の健全な環境、そして一般大衆の要望に敏感に応える民主主義を確保するためにはどのような行動を起こせばよいのか。

 我々に必要なのは活力に満ちた資本主義経済だが、恩恵を共有できるという当たり前の考えを誰もが持てるようにしなければいけない。だが実際には、不安定なレンティア資本主義、競争の減少、生産性の伸び悩み、格差の拡大、その必然の結果として民主主義の劣化が広がっている。この状態を正すのは我々全員の課題だが、特に世界で最も重要な企業の経営陣の責任は重大だ。経済や政治システムの機能を変えなければならない。さもなければ滅びるだろう。

 

 

Martin Wolf チーフ・エコノミクス・コメンテーター 英国生まれ。経済政策の間違いが第2次世界大戦を招いたとの問題意識から経済に関心を持つ。世界銀行のエコノミストなどを経て87年にFT入社。一貫して経済問題を執筆。現在最も影響力のあるジャーナリストとされ、その論評、発言は各国の財務相や中央銀行総裁も注目するという。

 

 

 

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