グローバルオピニオン

 

インド太平洋戦略 深まるか 

 

ドゥルバ・ジャイシャンカル氏 ブルッキングス・インディア外交政策フェロー

 

 アジアでは、「インド太平洋」という比較的新しい戦略概念が注目を集める。日本や米国に続き、東南アジア諸国連合(ASEAN)も独自の構想を打ち出した。インドにとってはどうだろうか。

 インド太平洋の概念について、インド国内の研究者らは2007年ごろから議論してきた。安倍晋三首相が、インド国会での演説で「2つの海の交わり」の重要性を説いたのがきっかけだ。政治指導者としては、シン前首相が13年の訪日時に言及し、14年就任のモディ首相も踏襲する。

 インドにとってのインド太平洋は大きく3つの意味合いがある。

 まず「隣人」の枠が太平洋にまで広がった。(中国の海洋進出という)南シナ海や南太平洋で起きていることが、自国にどんな影響を及ぼすかを意識し始めた。次に、意識が大陸から海洋へと向かい始めた。インドの防衛予算の大半はなお陸軍が占め、海軍は約15%にすぎないが、領海に注意を払うようになった。

 第3は、価値観を共有する国々との、より大きな戦略的枠組みへと組み入れられつつあるということだ。18年6月、モディ氏がシンガポールでのアジア安全保障会議(シャングリラ会合)で「自由で開かれた非排他的なインド太平洋」に言及した時に明瞭になった。

 インド太平洋が、大国だけのものではないというメッセージは、ASEANを勇気づけただろう。同時にモディ氏は中国も排除しない考えを示した。実際、中国はすでにインド洋に進出している。中国と多少の違いはあっても、日米印ASEANとオーストラリアが共有する、市場ルールや透明性の担保といった規範に従わせることが現実的との発想だ。

 インドは1991年の経済自由化を機に、東アジアや東南アジアとの経済協力を推進する「ルック・イースト」を打ち出した。今のモディ政権が標榜する「アクト・イースト」はルック・イーストを継承しつつ、より安保分野に重心を置く。インド太平洋とは、アクト・イーストを地理的に再定義するものと解釈していい。

 日米豪のインド太平洋構想は、経済協力と安保戦略が混然とする中国の「一帯一路」への対抗策だ。インドは中国排除こそ考えていないものの、17年と19年に北京で開かれた一帯一路の国際会議には参加せず、協力は拒否している。

 陸と海のシルクロード構想とされる一帯一路は、インドにとって2つの問題がある。陸上では、中国とパキスタン間の経済回廊が、印パが領有権を争うカシミール地方を通ることだ。海上では、中国が債権放棄と引き換えに利用権を確保したスリランカのハンバントタ港などの商業港が軍事利用されるのではとの疑念である。

 インフラ整備を加速する一帯一路をなぜ拒むのかという批判もある。だがインフラ支援は経済合理性や債務負担の持続性、透明性、技術移転、雇用創出といった基本原則を満たす必要がある。中国にはこうした視点が欠落している。

 ではインド太平洋におけるインドと日米の関係はどうだろうか。トランプ政権は環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱し、アジア政策の主眼は貿易ではなく安保だと明確にした。インド太平洋の名のもと、アジア回帰をより戦略的に進めているようにみえる。インドと米国が18年9月、初の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開いたのは、対中けん制という安保上の利害が一致しているからだ。

 一方、モディ首相が就任以来、毎年首脳会談を開いているのはロシアと日本だ。インド太平洋で大規模なインフラ支援を実行できるのは中国と日本に限られる。中国を頼ることができないインドにとって、必然的に日本との関係は最重要といえる。(談)

 


地域安定と調和を

 2000キロメートルもの陸上国境を接する中印は、第2次世界大戦後に領土問題で対立を深め、1962年には本格的な軍事衝突が起きた。中国は、同じくインドとカシミール地方で領土争いを抱えるパキスタンに接近。3つの核保有国が並ぶ今の南アジアの地政学の構図が定着した。

 それをさらに複雑にしたのが近年の中国の積極的な海洋進出だ。中東原油の輸送路上にあるパキスタンやスリランカ、ミャンマーで港湾開発を支援してきた。自国を取り囲む「真珠の首飾り」に対抗するため、インドも海洋戦略に目を向けざるを得なくなった。

 日米豪やASEANが唱えるインド太平洋構想は、逆に対中包囲網を構築するうえで渡りに船といえる。ただ中国の影響力拡大は、気前のいいインフラマネーだけでなく、地域で突出する大国インドからの圧力に対する周辺国の反発を利用した面がある。アクト・イーストを唱えるインドが、南アジアの共存共栄を意識していかないと、広大なインド太平洋の庭先こそが戦略の死角になりかねない。

 

Dhruva Jaishankar 米ジョージタウン大修士(安全保障学)。印放送局CNN-IBN(現CNN-News18)記者などを経て、16年から現職。35歳

 

 

 

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