創論
日韓対立 解消の処方箋
小倉和夫氏/尹鐘龍氏
日韓関係が悪化している。韓国は元徴用工や慰安婦問題で日韓合意をほごにした。日本は韓国向けの半導体材料3品目の輸出管理を厳格化し、優遇措置を受けられる「ホワイト国」からも除外する。政冷経熱とされた経済協力の行方も不透明さを増す。日韓が袋小路を脱し、関係改善に向かう方策はあるのか。双方の有識者に聞いた。
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■真の転機は日朝正常化
元駐韓国大使 小倉和夫氏
おぐら・かずお 東大法学部、英ケンブリッジ大経済学部卒。外務省入省、外務審議官、駐韓国大使などを歴任。国際交流基金前理事長。80歳。
日本が韓国に対する半導体材料の輸出管理を厳しくし、「ホワイト国」から除外するといっても、現実にモノの流れが途絶えたわけではない。経済的な影響は今後、どういうふうに措置がとられるかを慎重に見極める必要がある。規制措置は政治と経済が重なった部分がある。日本としては経済的な影響が及ばないよう慎重に進めていくべきだ。
輸出管理は本来、希少生物や文化財の保護、麻薬の取り締まりなどとも密接に関連する。「信頼関係が著しく損なわれた」のなら、なおさら互いに話し合って体制を整備していくべきだ。輸出管理体制を幅広く協議する日韓ハイレベル会合を設けて今回の規制問題も取り上げるなど、次元を変えて議論していくのが事態打開への近道だろう。本当の未来志向とは、未来につなげる次元で考えることだ。
韓国が日本の輸出管理規制を世界貿易機関(WTO)に提訴しても解決できない。自由貿易とは公平、公正で正しい秩序の下で行うことを前提にする。輸出管理は自由貿易を阻害するのではなく、それを支える使命を担っている。自由貿易に反するという韓国側の主張はおかしい。
部品・素材の国産化で脱日本依存をめざす韓国政府の取り組みも、幅広く成功するとは考えにくい。韓国経済を支える輸出産業は国際競争が最も激しい。世界的ネットワークを活用し、安く良いモノをうまく調達することで成り立っている。また、韓国には国産化を担うべき中小企業がほとんどない。財閥系の大企業に頼れば、文在寅(ムン・ジェイン)政権が嫌う財閥の一層の肥大化につながる。
韓国での日本製品の不買運動は、過去と比べて特に激しくはない。観光は修学旅行の中止などで短期的に冷え込むかもしれないが、グローバル化された世界だけに、実体的な影響は限定的だろう。
文政権は日韓の慰安婦合意を守らず、元徴用工の問題で1965年の請求権協定を無視した。日韓関係が悪くなるきっかけとなったし、日本からみれば確かに、韓国のやっていることはおかしい。
だが、ただ反論すればよいというものではない。日本の態度も若干、居丈高になっているところがある。日本の対韓感情が悪化しているのに、韓国政府が何の手も打たなかったのはなぜか。韓国にも相応の事情があるはずなのに、日本側には理解しようという気持ちが全くなかった。
例えば韓国の歴代政権は19世紀の東学党の乱(李氏朝鮮の甲午農民戦争)まで取り上げ、歴史を見直している。彼らにとって元徴用工や慰安婦問題は氷山の一角で、歴史の見直しを常にせざるを得ない過去を背負った国なのだ。
日韓の力関係も変わった。かつて経済力や政治的な影響力は日本が圧倒したが、韓国も相当な経済競争力をつけてきた。文政権の対応は問題だが、日本の対韓感情が多少悪くなっても構わないと座視した一つの理由だろう。
長期的にみて、日韓関係には大きな構造変化が起きている。昔は政治・外交がすべてだったが、今や文化、経済、スポーツなどを通じたグローバルな関係が別次元で存在する。成熟した国家間では、政治・外交関係が悪くても一般の人は観光に行くし、両国民が険悪になることもない。日韓関係はまだ完全ではないが、成熟しつつある。従来のような政治優先的なアプローチではなく、日韓関係をもっと幅広くみていく必要がある。互いに相手の政権が悪いと言うだけでは問題は解決せず、さらにこじれるだけだ。
日韓関係に本格的にメスを入れ、根本的に立て直そうとするなら、そのきっかけは、日本と北朝鮮の国交正常化しかない。その際には、元徴用工を含めた過去のすべての問題を朝鮮半島全体でもう一度取り上げ、再清算しなければならなくなるからだ。
北朝鮮への対応の差は、日韓関係が歴史的にこじれる一因にもなっている。北朝鮮の脅威を巡る日韓の意見が異なると、韓国ではすぐ反日に結びつく。日朝の国交正常化は長い目でみて、韓国の反日運動も沈静化させるだろう。
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■分業と協力、互いの利益
サムスン電子元副会長兼CEO 尹鍾龍氏
ユン・ジョンヨン 1999年から2008年まで副会長兼最高経営責任者(CEO)としてサムスン電子を世界的企業に育てた。75歳。
韓国と日本の間でとても不幸なことが起きている。問題が核心からそれ、論争だけをしているようだ。未来の発展のために目をつぶって妥協できる問題をいまになって蒸し返すことがいいこととは思えない。未来志向で協力する機会を逃し、再び反目しなくてはならなくならないか心配している。
両国の指導者に問題を解決しようという積極的な姿勢がみえない。むしろ国民の反感を相手国への圧迫手段に使っている。国民の自尊心が刺激されて「嫌韓」「反日」感情が強まり、問題解決がさらに難しくなってしまうことを憂慮している。相手国を刺激する論争は自制すべきだ。
韓日は長い歴史があり、国民感情は愛憎半ばする。ただ、文化的な根のつながりは深く、悪い感情よりは良い感情が上回っていると思う。韓国人は日本旅行や日本製品が好きだ。日本での「韓流」の流行をみてもそれがわかる。一部の極端な人々を除けば、両国民は円満な問題解決を望んでいる。
どんなに困難な交渉であっても積極的な対話によって解決の糸口が見つかることは多い。政治指導者は大局的な観点から問題解決に臨んでほしい。双方が少しずつ譲歩すれば糸口は見つかるはずだ。過去にしがみつくのではなく、未来志向的な発展を優先してほしい。
経済と政治は徹底して分離すべきだ。韓国と日本の経済人が親睦にとどまらず、経済問題についてより積極的に、虚心坦懐(たんかい)に話し合える新たな経済人団体をつくることを提案したい。
日本の輸出管理強化措置で仮に輸出が滞ることになれば部品や素材を日本から輸入している韓国の産業は大きな被害を受ける。サムスン電子も強い危機感を感じているはずだ。韓国政府は輸入先の多角化や国産化によって対日依存度を下げるというが、簡単な話ではない。特に付加価値の高いファインケミカル(精密化学)分野はドイツや日本、米国が強く、産業化の歴史が短い韓国との差は大きい。
日本企業は品質、価格、納期、どの面でみても優れている。距離的にも近く、こちらの要請に対するフィードバックが早いので問題もすぐに解決する。スペック(仕様)を提示すればきっちりと守る。他の国の企業はそうはいかない。韓国以外の国や地域にも供給しているので大量生産でき、韓国も安く買える。
日韓企業は長い時間をかけて分業体制を築いてきた。サムスン電子も創業以来、日本企業と緊密に連携してきた。これまではサプライチェーンに何の問題もなかったために韓国企業は内製化の必要性を感じることがなく、そのための準備ができていない。急げばできないことはないが、短期間では難しいだろう。
部品や素材の開発は難しい。理論どおりにいかない。研究開発し、手づくりで1〜2個はうまくつくれても、大量生産がうまくいかないことはざらだ。研究開発と製品化の間には「死の谷」と呼ばれる高いハードルがある。それを越えるのは難しい。ノーベル賞級の発見も、理論はあってもそれを証明することが難しいのと同じだ。
日本人は根気強く、ひとつの井戸を掘り続ける。最近は変わってはいるが、韓国人にはそれがなかなか難しい。生産技術のプロセスづくりは日本企業に一日の長がある。短期で成果を上げようとしてもうまくいくかはわからない。
日本とは争うのではなく、分業し、協力することが長い目でみれば韓国の利益にかなう。部品・素材の国産化は企業が自ら判断して進める話だ。政府はそのための研究開発や設備投資の際に税制面などで支援してくれさえすれば、企業は自発的に取り組む。
日本企業にとっても韓国は大きな市場だ。日本も韓国から半導体を輸入しなくてはならないわけで、両国関係の悪化は日本も被害を受ける。日本には大国らしい大局的な見地から隣国との関係を考えてほしい。互いに協力し、良い関係を維持することが韓国にとっても日本にとっても望ましい道だ。
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<聞き手から>
経済・文化交流 実害の回避重要
日本に対抗するかのように、こんどは韓国政府が戦略物資の輸出管理の優遇対象国から日本を除外すると発表した。両国の対立は経済も巻き込んでますます泥沼化しつつある。ここに登場した日韓の有識者がともに政治的反目の不毛さを憂い、経済協力に負の影響を与えるべきではないと主張するのは当然だろう。
日韓産業界で定着した長年の分業体制のもと、輸出管理の厳格化がもたらす被害は、尹氏のほうがより深刻に受け止めているようだ。実業家出身で、韓国の対日依存の実態を肌で感じているからかもしれない。
では、どう対処すべきか。小倉氏が輸出管理全般を話し合う政府間のハイレベル会合の開催、尹氏が率直に意見交換できる経済人団体の設立を呼びかけた点は注目したい。
もっとも、日韓の根深い政治対立を解消する処方箋となると、なかなか見いだせそうにない。日韓はこれまで首脳会談を開くたびに「未来志向」を唱えてきたが、小倉氏は「実態はいまだに過去志向ばかり」と嘆く。尹氏も「未来志向の協力の機会を逃す」と警鐘を鳴らしている。
究極的には小倉氏が予測するように、日韓が真の意味で過去のわだかまりを捨てる機会は、日朝の国交正常化しかないかもしれない。その間にいくら未来志向を掲げても反日、嫌韓をあおる風潮は消えそうにない。政治指導者の自制は当たり前で、より重要なのは日韓の根幹をなす経済協力や文化交流に極力、実害を及ぼさないことだ。