未踏に挑む

 

 

ソフトバンクグループ会長兼社長 孫正義氏

 

1957年佐賀県生まれ。米カリフォルニア大学バークレー校卒。81年にコンピューターソフトの卸売りを手がける日本ソフトバンクを設立。情報革命を掲げ、ヤフー日本法人設立やボーダフォン日本法人の買収を進めた。現在は通信会社から「投資会社」へ転換を進める。

 

AI革命、八百屋の執念で


 

日本企業の多くがデジタル化の波に乗り遅れるなか、潮流の中心にいるソフトバンクグループ。26日には人工知能(AI)投資に専念する10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の第2弾をつくると発表した。世界を席巻する巨額投資の先にどんな未来を描くのか。経営のリスクをどうコントロールするのか。孫正義会長兼社長に聞いた。

――世界中で「AI革命」が叫ばれています。

 「AIはすでに学術研究の時期を終え、世の中で応用する活用期に入った。これから徹底的に活用されていく。10年後、AIが最も変える3つを挙げるなら、企業のビジネスモデル、医療、そして交通の世界だろう。ユニコーン企業(企業価値10億ドル超の未上場企業)も続々と誕生している。ネット創業期よりも早く利益を出し始めており強く手応えを感じる」


――「テックバブル」との見方もあります。「革命」がかけ声倒れになる恐れはないですか。

 「20数年前にインターネット革命が始まったときも同じような質問があったが結局、どうなったか。ネットは広く深く生活のあらゆるところに普及した。AIも同じ。『AI疲れ』は起こらない」

 「テクノロジーを理解していない人が『バブルだ』『危険だ』と言っているだけ。理解している我々からみると今が革命の入り口でチャンスだ。ネット革命のときにも『ネットはガラスの洞窟』と言って警鐘を鳴らした人がいた。今恥ずかしい思いをしているだろう」

 「現在、主要なIT企業のPER(株価収益率)の平均値は30倍程度だろう。一方、年間約30%の利益成長率があり2年たてばPERは10倍台になる。国内製造業と同じような水準になるわけで、IT企業の株価が高すぎるとはいえない。5年先を考えれば成長性が低い製造業のほうがむしろ割高かもしれない。要はどれくらいの時間軸で評価するかだ」


――世界のファンドが投資家から集めた資金のうち、投資に使われていない「待機資金」が過去最高に積み上がっているとの試算もあります。

「投資先を見つける能力がないのではないか。こんなに機会があるのに。実際我々の1号ファンドは5年間で投資していくつもりだったが2年でほぼ資金を使い切った。そして、高い利回りを達成した。2号ファンドもいい投資機会がまだまだみつかる。ユニコーンが増えてくるからだ」


――ソフトバンクGの時価総額は12兆円ですが、保有株式価値の合計は27兆円あり大きな差があります。「投資会社」としての戦略が市場で十分に評価されていないのではありませんか。

 「市場の期待値が会社の実力値に追いつき、追い越すときが来る。焦っていない。傘下の携帯通信事業がもう成熟してしまったのではとみる外部の人もいるだろう。ただファンド事業が成功し高い利回りを出していけば、市場の安心感も高まると思う。来年くらいからほぼ毎月のように投資先の新規株式公開(IPO)が出てくるだろう」


――日本を「AI後進国」と評価しています。

 「やばいと認識しなければならない。日本が世界でどんどん競争力を失っているのは、進化に対して貪欲ではないからだ。意思決定が遅いため進化に追いつけない」

 「多くの大企業には一獲千金を狙うたくましい経営者がおらず、サラリーマン化している。日々店を切り盛りしている八百屋さんの方が事業への執念がある。自分の家業で頑張っただけ見返りがあり、頑張らなかったら倒産するという危機感を持っているからだ」

 

日本企業、真剣さ足りぬ


――デジタル全盛の時代に生き残る経営者の条件は何でしょうか。

 「独自のビジョンと戦略を明確にできるかどうかだ。企業経営では、まず最上位に存在意義を示す理念があり、それを具体化するビジョンがあって、ビジョンを達成するための中長期の戦略がある。当社でいえば、理念は『情報革命で人々を幸せにすること』。ビジョンは『全ての産業をAIが再定義する』ということで、戦略が『ビジョン・ファンド』だ。その下に戦術、計画がある」

 「日本企業の経営者の多くは、計画をつくるばかりで、ビジョンや戦略は先輩がつくったものの焼き直しだ。平たく言うと、あんまり真剣に考えていないんじゃないか。戦前戦後のころは苦労の中からはい上がった創業者が多かった。彼らはでっかい夢を持ち、何としても成し遂げるという執念があった。だけど、サラリーマン経営者に引き継がれていき、変わってしまった」


――日本の大手企業の多くが停滞している原因は経営者にあると。

 「日本の産業界、経済界の最大の問題は成長分野の世界市場のなかでポジションを取れていないことだ。衰退産業ばかりにしがみついている。だから進化から取り残されてしまう。いまだ、ぬるま湯の中に心地よくひたっている人たちからすれば、我々は危険で狂気を持った集団にみえるのだろう」


――「300年存続する企業をつくる」という目標を掲げています。

 「ビジョン・ファンドはその方法論だ。300年は続くであろう情報革命の先頭を走る企業群に対して出資し筆頭株主になる。そうしたファミリーの中で刺激し合ってシナジーを出す。でも成長が鈍った会社には『卒業』していただき、成長している企業をファミリーに入れる。厳しさがあるから長く存続できる」


――後継者についてどう考えていますか。

 「成長集団のエコシステムができれば、僕がいなくなっても継続して成長できる。後継者については、常に考えている。自社の中からはい上がってくることもあるだろうし、ファンドの投資先の起業家の中にも優秀な人材がたくさんいる」

 

眠れない夜、いまはない

――巨額投資のリスクをどのようにコントロールするのですか。

 「未踏の世界に行くということは、攻めるということ。攻めないことがむしろ一番、リスクだ。攻めない日本型経営の多くは危険だ。我々はがんがん攻めるため、普通の会社以上に守りにも気を配る。トカゲの尻尾は3割くらい切っても生えてくる。それ以上切ったら死んでしまう。僕の目線も3割がリスクの許容範囲。7割残れば安全だ」

 「これを具体化したのが、(純負債を保有株式価値で割った)ローン・トゥ・バリュー(LTV)を25%未満に抑えるという基準だ。これだと、仮に保有株の価値が4分の1に減っても、保有株を売れば債務不履行にはならない。異常事態が起きても、LTVは30〜35%に抑えるが、これは黄色信号だ。この水準になったら、借り入れを減らすために資産を一部売却したり、再投資を控えたりする。今はこれが15%という『快適ゾーン』にあるから全然怖くない」

 「財務では現預金を3兆円持っている。常にこれから先2年で償還期限を迎える社債分の現金を手元に置いておく。このくらい余裕資金があれば土砂降りの悪天候になっても、資産を売らずに手元資金で回していける」


――子会社化していた米スプリントを、TモバイルUSと合併させる計画が当局から承認されなければ、グループ経営の大きな打撃になったのではないですか。

 「そんなことはない。スプリントの負債はソフトバンクGに代位弁済の義務がない『ノンリコース(非遡及)型』としていたからだ。我々が連帯保証をすれば金利は安くできた。それをせずにわざわざ高い金利を払う選択をしたのはリスクを遮断するためだ。代位弁済をするつもりはなかった。『道義的責任』などといって弁済するといったら、ソフトバンクGの海外株主は代表訴訟を起こすだろう。グループ本体は絶対に長期に存続、繁栄させる」


――現状では経営全体のリスクをコントロールできていますか。

 「できている。苦しい戦いや試練を何度も経験し、攻めと撤退を自在にコントロールできることが大事だと分かった。『ヤフーBB』を始めたときや英ボーダフォン日本法人を買収した直後は相当きつかった。危機の連続だった。今は相当安定した。眠れない夜を過ごすことはほとんどない」

 

 

 

 

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