政界Zoom

 

 

戦争は国際法で防げるか

 

大国間の衝突は回避

 

 


 大規模な戦争を経験するたびに、世界は次の悲劇を繰り返さない仕組みづくりを進めてきた。いまは国際法で戦争は原則として違法だ。にもかかわらず現在も中東では米国とイランの緊張が続き、懸念が膨らむ。戦争を封じようとしても衝突は絶えない。

■正しい戦争?

 国際社会は各国が独立で平等という原理がある。かつては損失を被った国が権利を救済するため戦争に訴えることが合法とされた。国際法の父と呼ばれるグロティウスは1625年に「戦争と平和の法」を出版した。戦争の正当な理由を自己防衛・財産の回復・処罰に限り、土地を奪う戦争や意思に反して他人を支配する戦争などを不正な戦争と分ける正戦論を主張した。

 とはいえ「正しい戦争」か否かの判断は難しい。防衛研究所の永福誠也氏は「正戦論は18世紀半ば以降、交戦国の立場を平等とみて『主権国家が国際法上の手続きに従って戦争をする限り合法』という無差別戦争観に取って代わられた」と説明する。

 

■2回の世界大戦の反省

 1907年のポーター条約は国際紛争を解決する手段として武力に訴えることを初めて制限した。その後の第1次世界大戦は機関銃・戦車・毒ガスなど大量殺害兵器が登場し、戦争は悲惨さを増す。嫌気した各国は大戦後の1919年、国際連盟規約で「締結国は戦争に訴えざるの義務を受諾する」と規定した。

 1928年にはパリ不戦条約で「紛争を解決する手段として締約国間での戦争を放棄」と定めた。戦争の禁止を法制化した画期的な条約だ。だが自衛権に基づく戦争は規制されず、違反に制裁はない。戦争の定義も不明確だった。歯止めにはならず第2次世界大戦が勃発した。

 2度の大戦の反省を踏まえ、1945年に国際連合が発足した。同年の国連憲章は2条4項で「加盟国は武力による威嚇または武力の行使を慎まなければならない」と規定。違反国に経済制裁や外交断絶も科した。国際法で明確に武力行使を違法と定めた。

 

■解決手段としての武力

 国連憲章では国連安全保障理事会の決議を伴う場合や、個別・集団的自衛権を行使するときに武力行使できると定める。ただ、これは原則を乱す国にやむを得ず執行するものだ。本来の狙いは戦争、武力行使の回避にある。 90年代以降、国連決議に基づく武力行使には91年の湾岸戦争がある。イラクのクウェート侵攻を機に国連の安保理決議に基づき米英仏などによる多国籍軍が派遣された。米同時多発テロに端を発する2001年のアフガニスタン戦争は、米英が自衛権を根拠として武力を行使した。03年のイラク戦争では「イラクが大量破壊兵器を保有」していることが1990年の対イラク武力行使承認安保理決議に基づく権限を復活させるという論理に基づき武力行使した。 永福氏は「武力行使に関する国際法上の原則が軽視されているとは必ずしも言いがたい」と強調する。一方で「武力行使の形態が多様化し、様々な解釈や抜け穴が生じ得る事案が増えた」とも話す。

 2018年の米英仏によるシリア攻撃は米国などが「アサド政権がシリア内戦で化学兵器を用いた」と訴え、内戦に介入した。シリアの政権側についたロシアは安保理決議を経なかったことを国際法違反と批判した。内戦は米ロの代理戦争の側面があるものの、原因がシリア内にあったため国連憲章が禁じる「国家間の武力衝突」ともいえない。

 ベトナム戦争では南ベトナムを支援した米国が集団的自衛権などを根拠に北ベトナムを攻撃した。米国と旧ソ連の代理戦争といわれたが、第三国・ベトナムを介することで国連憲章違反にならなかった。ロシアのクリミア侵攻も「ウクライナでの騒乱が契機」との理由で国家間の武力衝突ではないとの主張があった。

 いまの米国とイランの対立はどうか。東京外国語大学の篠田英朗教授は「武力行使を認める安保理決議がないなかで米国がイランを攻撃することは困難だ」と話す。「イランによる米軍無人機の撃墜を自衛権発動対象の武力行使とみなすことは現時点で難しいのではないか」とも語る。例外はあっても簡単に戦争はできないのがいまの国際法の枠組みだ。

 2度の世界大戦後、大国間の戦争はない。篠田氏は国連憲章について「国際連盟規約やパリ不戦条約に比べ武力行使の禁止措置が効いている。世界大戦や大国間の衝突を防ぐ目的として戦後70年間、機能してきた」と評価する。

 

 

 

■日本は抑制的な法体系

 日本の憲法9条は交戦権を否認し、陸海空のいかなる戦力も保持しないと定める。ただ自国が攻撃を受けた際に反撃する個別的自衛権と、同盟国などが攻撃された際に共に反撃する集団的自衛権は限定的に行使できる。東京外国語大学の篠田英朗教授は「日本政府は自衛権行使により厳しい基準を設けている」と話す。

 憲法制定時、政府は「自衛権の発動としての戦争も放棄した」と説明した。1954年に自衛隊が発足すると、個別的自衛権を認める解釈が確立した。1959年の最高裁判決も自衛権があると認めた。その後、政府は自衛権の発動としての武力行使をする場合の条件として「急迫かつ不正の侵害」「排除するために他の適当な手段がない」「必要最小限度」の3要件をまとめた。

 安倍政権は2014年、自衛権発動の新3要件を決めた。従来の3要件を根拠に集団的自衛権の限定的な行使を認め、16年に安全保障関連法を施行した。自衛権の範囲は広がってきたが、それでも国際的にみれば武力行使をしにくい法体系といえる。

 

■戦争の実感薄れる日本

 5月1日の代替わりの際、様々な場面で「平成は戦争のない平和な時代だった」と振り返る言葉を聞いた。日本が戦った戦争は先の大戦以降、70年以上ない。多くの日本人にとって戦争は実感がわきにくいはるか昔の出来事だ。教育現場で戦争の悲惨さを教えても「日本には現実には起こりえない脅威」と見られがちだ。最近は戦争で北方領土を取り返すことの是非に言及した国会議員がいたが、戦争が現実味を欠いている状況を示しているのかもしれない。

 だが世界を見渡せば武力衝突は絶えない。テロが多発し、サイバー空間などの新領域も戦争の火種になる。米国とイラン、ロシア、中国など新たな対立もあり、日本もひとごとではない。戦争をいかに防ぐか、日本も改めて考えるべき時に来ているのかもしれない。

 

 

 

 

 

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