経済教室
AIと雇用(下)
業務高度化通じ競争力向上
山本勲 慶応義塾大学教授
ポイント
○ AIによる雇用喪失の大きさに定説なし
○ やりがい増加や心の健康改善などの効果
○ ITスキル向上や「やり抜く力」が重要に
大きな技術進歩には光と影がつきもので、人々の生活を豊かにする正の側面と働き手の職を奪う負の側面がある。本稿では機械学習や深層学習、画像認識、自然言語処理、IoT、ビッグデータなどの新しい技術を人工知能(AI)と総称する。AIの経済への影響を議論する際にも、この2つの側面に焦点が当たる。
このうち負の側面のエビデンス(証拠)の典型は、英オックスフォード大学のカール・フレイ氏とマイケル・オズボーン氏による予測結果だろう。AIにより技術的に置き換え可能と判断される職業が約50%にも及ぶ。置き換えリスクの高い職業リストに、高いスキルが必要な銀行の融資担当や保険の審査担当も含まれる。ショッキングな予測結果は大きな関心を集めた。
しかし両氏の予測は多くの仮定の上に成り立っており、結果を額面通りに受け止めるべきではない。例えば同じ職業に就く人のタスク(業務)の内容はすべて同一と仮定しているが、同じ職業でもタスクには多くの違いがある。実際、経済協力開発機構(OECD)の研究者によれば、個々の労働者のタスクの違いを把握したデータを用いると、置き換えリスクは10%前後と大幅に低下するという。
さらに両氏の推計の中核となる学習データは、機械学習の専門家による主観的な予測のため、いくら精緻な推計手法をとっても予測精度には限界がある。また予測は技術的にAIに置き換えが可能かどうかを示したにすぎない。実際にビジネスの現場でAIが導入されるかはその価格次第だ。AIを利用する職場や労働者の理解も必要だろう。
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要するにAIによる雇用喪失の大きさは研究者間でコンセンサス(合意)が得られていない。加えてAIによる雇用創出については定量的な予測自体が困難なうえ、人手不足分野ではAIがタスクを担うことがむしろ期待されている。よって将来の不確かなことを予測するよりも、いかにAIの負の側面を小さくし、正の側面を引き出していくかを議論することが肝要だ。
その際、先進的にAIをビジネスに用いる企業の事例が参考になる。筆者らが科学技術振興機構・社会技術研究開発センター(RISTEX)のプロジェクトで実施したインタビュー調査によると、AI導入に成功しているケースのほとんどで、労働者の「タスクの高度化」が生じている。
AIが完全に労働者に代わる役割を果たせるのはまだ先のことであり、当面は労働者の従事するタスクの単位で置き換えが生じる。様々なタスクの中で、従来のIT(情報技術)では繰り返しの多いルーティン(定型)タスクに限り置き換え可能だったが、AIになると判断を要するタスクでも、ルーティン的な要素が大きければ十分に置き換えが可能となっている。
例えば新卒採用のエントリーシートの読み込みと評価というタスクはAIでも遂行できるようになっており、実際にビジネスの場で導入されている。しかしそれにより人事担当者が減るようなことはなく、人事担当者は難しい判断が必要な案件を時間をかけて評価したり、応募者との対面コミュニケーションに時間を割いたりするようになった。
つまりAIの導入を機に労働者の「タスクの高度化」が実現しており、それにより雇用が維持されたまま企業の生産性が上昇することも期待できる。
タスクの高度化は、RISTEXで筆者らが実施した労働者約1万人に対するアンケート調査結果からも定量的に把握できる。
図は、AI導入時にタスクなどがどう変化したか、あるいは変化すると予想するかを調査し、増加・減少の度合いをAIの導入段階別に示したものだ。AI導入により反復的な作業が減少し、複雑な問題への対処が増加するといったタスクの高度化がみられる。さらに注目すべきは仕事のやりがいの変化だ。既にAIが導入されている労働者は仕事のやりがいが増加したと回答する一方、それ以外は減少すると予想している。
同様の傾向は、経済産業研究所のプロジェクトで実施した黒田祥子・早稲田大教授と筆者による共同研究結果でも確認できる。労働者を追跡調査したパネルデータを用いると、AI導入により仕事のやりがいだけでなく、ワークエンゲージメント(仕事への活力・熱意・没頭)やメンタルヘルスが改善することが示された。労働者のタスクの高度化が起きれば、AIが導入されても労働者の雇用が守られるだけでなく、働き方に様々なプラスの影響が生じることも期待できる。
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タスクの高度化はいかに起こせるのか。可能性としては、企業内と企業間(労働市場全体)のそれぞれで生じることが考えられる。
日本的雇用慣行の下で、正規雇用を中心とする労働者の中にはゼネラリストとして多様なタスクに従事する人も多い。配置転換などに伴うタスクの変化にも慣れているため、AI導入に合わせて企業内でタスクの高度化をスムーズに進められる素地があるといえる。
この点は日本的雇用慣行の強みでもあるため、積極的にAIを取り入れ、労働者のタスクの高度化を進めることで、競争力を高めるべきだろう。そうせずに企業がAI導入に消極的になると、短期的には雇用が守られるかもしれないが、そのうちAIを利活用する海外企業に淘汰され、中長期的には海外企業を通じたAIによる雇用喪失が日本で深刻化する恐れもある。
一方、非正規雇用など日本的雇用慣行が適用されていない労働者については、従事するタスクの種類が限定される傾向がある。また正規雇用と比べると、非正規雇用のタスクはルーティン的なものが多い。前述のアンケート調査を基にルーティンタスクの相対的な大きさを算出すると、非正規雇用は正規雇用よりも25%程度大きかった。特に非正規雇用の職は、AIが導入されると置き換えられるリスクが高いといえる。
労働市場には様々なタスクが存在するので、転職を通じてルーティン要素の小さいタスクへ徐々にシフトできる可能性はある。そのための鍵はスキル形成であり、リカレント教育(学び直し)や自己研さんを通じてITスキルやAIリテラシー(知識)を高め、高度なタスクを遂行できるようになるかが課題だろう。
長期的にはITスキルやAIリテラシーといった認知スキルだけでなく、タスクの高度化を促すような非認知スキルを幼少期から身につける教育も必要だ。RISTEXの研究からは、性格特性の一つであるGRITという「やり抜く力」を示す指標が高い労働者ほど、タスクの高度化や仕事のやりがいの増加が生じやすいとの結果も得られた。
新たな学びが必要な局面になっても学び続ける姿勢が身についていると、AI導入に対処しやすいと解釈できる。技術進歩のスピードが速いからこそ、陳腐化のリスクのある認知スキルだけでなく、新たなスキルを吸収し続けられる非認知スキルの育成が大事だ。
やまもと・いさむ 70年生まれ。ブラウン大博士。専門は労働経済学。日銀などを経て現職