経済教室

 

AIと雇用(上) 

 

成長の恩恵 幅広く共有を


カール・フレイ オックスフォード大学フェロー

 

ポイント


○ 自動化による失業とポピュリズムに相関


○ 社会の亀裂が技術自体への反感招く恐れ


○ 新たなスキルの教育訓練に大規模投資を

 

 アベノミクスが経済成長に持続的に寄与できるかどうかは、2つの課題への取り組み次第だ。一つは人工知能(AI)とロボットを活用して生産性を向上させること、もう一つは欧米が近年経験した経済的・政治的な二極化を防ぐことだ。

 筆者が新著「テクノロジーのわな 自動化時代の資本、労働、権力」で論じたように、これらは過去に多くの国が直面した課題でもある。加速する技術の進歩はしばしば社会や政治に激震をもたらし、技術自体に対する反感を招いてきた。

 その代表例が18世紀後半以降の英国だ。第1次産業革命後の70年間で、英国の国民1人当たり国内総生産(GDP)が5割近く増えたのに、平均実質賃金は伸び悩み、低所得世帯の支出は縮小した。機械化による初期の利得を手にしたのは資本家であり、彼らの利益率は2倍に跳ね上がっている。紡織機が中所得の職人を駆逐したときのことだ。

 このように近代工業の誕生は痛みを伴った。多くの人が機械に敵意を抱き、機械化された工場の増加を食い止めようとした。それが成功しなかったのは、政治的な影響力がなかったからだ。機械をたたき壊して回るラッダイト運動家たちは棒切れや石ころでしか意思表示ができなかった。当時は選挙権に財産による制限が設けられており、労働者の大半は投票により意思表示をする権利がなかった。
さらに英国政府は機械を破壊する労働者をたびたび取り締まり、死刑に処すこともあった。機械化・工業化を強引に進めようとする英国政府に対し、労働者は絶望的に無力だった。

 

◇   ◇

 

 1980年代のコンピューター革命とともに始まった自動化の時代は、英国の産業革命期と多くの点で似ている。欧米先進国では、中所得層の労働者の仕事がロボットに置き換えられ、多くの人が低賃金の職への転換を余儀なくされるか失業し、国民所得に占める労働者の割合が低下した。

 米国では高卒以下の労働者の実質賃金が減り続けている。自動化が一因なのは間違いない。ダロン・アセモグル米マサチューセッツ工科大教授とパスカル・レストレポ米ボストン大助教授は、ロボットの普及が進んだ地域では雇用と賃金がともに低下したと報告している。汎用ロボット1台当たり約3.3人の労働者が仕事を失うと推計する。

 政治的にみれば、自動化の加速的な普及は歓迎すべきことではない。製造業の仕事が自動化されたり海外に移転したりすれば、様々な社会問題が持ち上がるからだ。犯罪の増加、公共サービスの低下、婚姻率の低下などは雇用縮小に起因する影響の一例にすぎない。
アンガス・ディートン米プリンストン大教授らの研究は、米国で低下し続けていた高卒以下の中年白人男性の死亡率が90年代以降、上昇に転じたと報告している。主な原因は自殺、アルコール、麻薬だという。最も犠牲になったのは、自動化の波が押し寄せる前に製造業に参入した労働者だ。

 米国でも欧州でも、ロボットの普及で労働者が職を失っている地域ほど、大衆迎合的な候補者に投票する傾向が強い。米ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの3州では、92年以降の大統領選で民主党候補が勝利してきたが、直近はトランプ氏が勝利した。ロボットの地域別普及状況をみると、その理由がわかる。

 これまで人々の政治的反発は主にグローバル化に伴う不利益に向けられていたが、今や多くの有権者がロボット革命を抑制する政策に好意的になっている。2017年の米ピュー・リサーチ・センターの調査では、危険な作業以外への機械の使用を制限する政策に賛成すると答えた米国人の回答者割合は85%に達した。自動化のペースを鈍化させるためにロボットに課税する案も、今日では欧米でさかんに議論されている。

 翻って日本では、ピュー・リサーチ・センターの調査で44%が経済は堅調と答えたが、今日の子供たちが親世代より豊かになるとみる人は15%にとどまる。心配事の一つは、移民でなく自動化に雇用が奪われることだ。回答者の83%が自動化により日本の不平等は拡大するだろうと答えた。

 製造業とは対照的に、日本のサービス部門の生産性は伸び悩み、米国の半分程度にすぎない。筆者らの研究では、今後の自動化とAIの波では運輸、流通、小売り、建設業などの労働者が機械に置き換えられる可能性がある。15年の筆者とマイケル・オズボーン英オックスフォード大准教授、野村総合研究所の共同研究では、日本の仕事の49%はいずれ自動化される可能性があると予測した(表参照)。

 これは生産性の向上に関しては好材料だが、新しい技術が導入されれば自動化が一段と加速し、失業、政治の不安定化、ポピュリズムの台頭といった代償を払うことになりかねない。

 

◇   ◇

 

 欧米と違い、日本ではポピュリズムの台頭を免れていることが注目される。日本ではたとえ自動化が進んでも、この状況が続く可能性がある。労働人口が減少する中で、自動化は労働者にとって代わるのでなく、むしろ労働力不足を補うと位置づけられるからだ。

 とはいえ今後創出される雇用の多くは従来と全く異なるスキルを必要とするため、多くの人が習得できずに取り残されかねない。日本の貧困率は16%に達し、大都市とそれ以外では大きな地域格差が出現して社会の亀裂が深まっている。

 自動化の加速でこうした傾向が顕著になれば、テクノロジー自体に対する反感が強まりかねない。拙著でも触れたが、多くの国が工業化に失敗してきた一因はテクノロジーのわなに落ち込んだことにある。このわなは政府と労働者が失業と政治的不安定を恐れるあまり、結託して新技術の導入を阻むことで形成される。

 日本がテクノロジーのわなを避けるには、第1に来るべきAI革命に備えて、補完的な技能の教育訓練に大規模に投資する必要がある。筆者らの調査によれば、近年AIが長足の進歩を遂げたとはいえ、社会技能や創造性を求められる仕事では、人間の労働者が比較優位を維持している。そうしたスキルの教育には少人数の個別指導が適している。

 第2に今後データの重要性が増すとすれば、狭くは機械学習のスキル、広くは統計学の知識が一段と求められる。そうしたニーズに応える教育制度が必要だ。

 第3に一部の労働者、特に高齢者は適応が難しいことに配慮すべきだ。自動化で仕事がなくなり、やむなく低スキル低賃金の仕事に就く人もいるだろう。自動化が進むにつれて賃金水準の低い仕事に追いやられる人が増えるようなら、所得減の一部を補う政府管掌保険の創設も検討すべきだ。

 第4に所得分布の最下層に属する人々に税控除を用意することが望ましい。拡大しつつある不平等を食い止めるのに役立つだろう。
日本にとって生産性向上は喫緊の課題だが、ポピュリズムの台頭を避けるには成長の恩恵を幅広い層で共有することが大切だと欧米の経験が示している。

 

 

Carl Benedikt Frey 独マックスプランク・イノベーション・競争研究所博士。専門は経済学

 

 

 

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