核心
「心の資本」を増強せよ
会社の生産性、カギは幸福感
論説委員 西條
都夫
組織の活力を高め、イノベーションをどう起こすか。
世界中の企業の関心事だが、米グーグルが大がかりな社内調査を経てたどり着いたキーワードは「心理的安全性」だ。
これはもともと米ハーバード大の研究者が唱えた概念で「この職場(チーム)なら何を言っても安全」という感覚を構成員が共有することだ。何かいいアイデアがひらめいたら、すぐに発言し、実行に移す。仮に新しい試みが失敗に終わっても、嘲笑されたり罰せられたりせず、引き続きチームの一員として尊重される(と本人が確信する)。
こんな「心理的安全性」の高いチームは仮に個々人の能力が劣る場合でも、「安全性」の低いチームに比べて、高い成果を上げ続けることが判明したのだ。グーグルはこの結果を踏まえて管理職向けの心得集をまとめた。その中からいくつか紹介しよう。
・部下と話すときは、知らぬ間に否定的な表情を浮かべていないか注意する。
・チームメンバーから学ぼうという姿勢で質問する。
・問題が起きても、相手を責めるような言い方はせず、どうすれば問題を解決できるかに焦点をあてる――
こうした小さな取り組みを重ねることで職場の「心理的安全性」が高まり、そこから新しいアイデアやイノベーションが湧き出す。グーグルの急成長の軌跡は心理的アプローチが組織の活性化に多大な効果を持つ証左と言える。
「資本」の原義は事業の元手となる資金のことだが、そこから「ナレッジキャピタル」「ソーシャルキャピタル」などの言葉が生まれた。知識や人と人の結びつきが、企業活動の基盤という発想だ。それに続いて登場したのがマインドキャピタル、つまり「心の資本」という考え方だ。
米カリフォルニア大のソニア・リュボミアスキー教授によると、「自分は幸福だ」と感じている人はそうでない人より仕事の生産性が31%高く創造性は3倍になることが分かった。幸福心理学の第一人者である同教授は「成功が幸福を招くのではない。幸福(だと感じること)が成功を生むのだ」とも指摘する。
社員の心の状態が仕事ぶりに直結し、企業業績にも少なからざる影響を及ぼすのは、言われてみれば当然だ。働き手の「心の資本」の総和は会社の盛衰を左右する。
この視点からすると、日本企業の現状は褒められたものではない。幸福感や安全性とは少し違う尺度だが、従業員が仕事に生き生きと向き合う度合いを示す「エンゲージメント」という指標がある。言われたことを忠実にこなす受け身のまじめさではなく、改善や新機軸に主体的、意欲的に取り組む姿勢を指す。
このエンゲージメントの国際比較調査を米IBMなどが実施しているが、日本はどの調査でも最下位近辺。自ら発案しない社員の集合体では生産性は高まらず、目を見張るようなイノベーションも生まれない。エンゲージメントの低い組織は欠勤率や労災の発生率、法令違反、備品の猫ばばといった負の事象が増えるという報告もある。
枯渇気味の「心の資本」を増強するために日本企業は何をすべきか。ここでは3つの手掛かりを紹介したい。
1つ目は日立製作所の開発したハピネス(幸福感)計測技術。人体の無意識の微小なゆらぎはその人の幸福感と密接な関係があることが知られている。社員にウエアラブルなゆらぎセンサー(スマホでも代替可)をつけてもらい、どんな場面で幸福感が高まるかを計測。上司が適切なタイミングで一声かけると、部員の幸福感が目にみえて上がり、例えばある物販のコールセンターでは受注率が有意に上昇したという。 電話オペレーターの幸福感が相手に伝わり「この人から買いたい」と購買意欲を刺激したのだろうか。「幸せ」のリアルタイム計測は職場運営の有力な指針になるだろう。例えば朝礼のある日とない日の社員の幸福感を比べれば、朝礼が社員の心の充足を高めているのか、退屈な反復儀式にすぎないのか判明する。
2つ目は職場の仲間が互いに評価して報酬ポイントを送り合うピアボーナスだ。「いいアドバイスをもらった」「使えるアプリを教わった」。お礼の気持ちをポイントの形で相手に届け、送られた人は少額のボーナスを(会社の負担で)手にする仕組みだ。
このサービスの先駆者であるユニポス(東京・港)の斉藤知明社長は「ポイントをもらって『自分が同僚に承認された』と実感すると、仕事への意欲が目に見えて上がる」という。メルカリやライオンなど240社の2万6千人がユニポスのサービスで「感謝」を日々交換している。
最後に「自己決定」の重要性を強調したい。神戸大の西村和雄特命教授らが日本人2万人を対象に昨年実施した調査で、「主観的幸福感」を左右する因子として年収や学歴より「自己決定」がはるかに大きな役割を果たしていることが明らかになった。進学や就職など人生の節目で自分の進む道を自分で決めた人は、周囲から言われて決めた人より幸福感が高かったのだ。
この結果は、働き手が自分の今の仕事や配属先を「他人(例えば人事部)から押しつけられた」と思うか、「自分で選んだ」と思うかで、幸福感や意欲に大きな差が生じることを示唆している。
真の働き方改革を実現するには、社員の心の領域にも光を当てる必要がある。