グローバルオピニオン
民主主義再生へ 教育・啓発を
カール・ガーシュマン氏 全米民主主義基金会長
自由な民主主義が危機にひんしている。米国ではグローバル化の加速や経済格差の拡大、移民の増加、SNS(交流サイト)の普及などが国民を分断し、民衆の不安につけ込むデマゴーグ(扇動家)が台頭した。右派や左派を問わず、未曽有のポピュリズム(大衆迎合主義)が伸長している。
世界を見渡せば、中国やロシア、イランのような独裁国家が勢いづき、ハンガリーやトルコ、フィリピンなどの民主主義が後退した。米人権団体フリーダムハウスによると、「自由度が悪化した国」は「自由度が改善した国」を13年連続で上回っている。極めて深刻な事態といわざるを得ない。
米政治学者のフランシス・フクヤマ氏は1989年の冷戦終結後に著書「歴史の終わり」を出版し、民主主義が唯一の正当な政治体制として生き残ったと指摘した。歴史が本当に終わったと信じていたのではなく、共産主義とのイデオロギー論争に終止符が打たれたと言いたかったのだろう。
しかし米コラムニストのチャールズ・クラウトハマー氏は90年代の平和と安定を一時的な「歴史の休日」とみなし、異なる国家体制の対立が再燃すると警告した。確かに歴史は終結せず、民主主義が新たな挑戦を受けている。
世界が第2次大戦前のような状態に陥るとは思わない。トランプ政権下の米国でも、司法やメディアなどを通じた権力のチェック・アンド・バランスはまだ機能している。30年代にまん延したファシズムは、いまのポピュリズムよりはるかに暴力的で危険だった。
だが民主主義に脆弱性が残るのは否めない。国民の信頼を失えば、衰退の道をたどる恐れがある。我々は平和的な手段で民主主義を守り抜かねばならない。ポピュリズムもきっと克服できる。
何より重要なのは教育や啓発だ。残酷な方法で国民を抑圧する独裁国家に比べれば、民主国家が抱える問題は小さい。ファシズムや共産主義の悪夢を忘れがちになりそうな人々に、民主主義の尊さを粘り強く説き続けたい。
民主主義は合意の形成に時間がかかる。グローバル化やIT(情報技術)化の痛みにあえぎ、迅速な対策を望む人々にとっては、厄介な制度かもしれない。それでも民主主義に背を向ければ、取り返しのつかない結果を招く。
民主主義は草の根の大衆が支える制度だ。学習を通じて進化する制度でもある。だからこそ幅広い階層に民主主義の恩恵や弱点、もろさを学ばせたい。未来を担う若年層の教育や啓発には、ことのほか力を入れるべきだろう。
冷戦下の81年に就任したレーガン米大統領は、自由の希求は人間の本質だと語った。世界の民主化を促す草の根の力を信じていたのだ。83年に発足した全米民主主義基金も同じ信念を持って、人間としての尊厳や権利を求める人々を世界中で支援している。
中央レベルで民主主義が機能不全に陥っても、地方レベルでは健全さを保っている国が少なくない。そこに再生の糸口を見いだすのは可能だ。米国にも同じことが言えるのではないか。必要なのはやはり教育と啓発だろう。 中国の経済発展が民主化を促すという米国の期待は外れた。習近平(シー・ジンピン)国家主席はむしろ、共産党の一党独裁や国家資本主義への傾斜を強める。米国にとって中国は、最も深刻な地政学上の脅威となった。政治やイデオロギーの新たな選択肢を、世界に示しつつあるのは危険だ。
しかし米国が独力で問題を解決するのは難しい。自由や法の支配といった価値観を共有する国々との連携が欠かせない。日本や欧州だけでなく、インドのようなほかのアジア諸国との関係も強化し、民主主義の世界的な後退を食い止めなければならない。(談)
大衆の変質 憂慮
米ハーバード大学のスティーブン・レビツキー教授らは18年の著書で、民主主義の死はいまや選挙から始まると警告した。民主的な選挙を経て政権を握った指導者が、自身の正当性を盾に強権を発動し、民主的な制度を合法的に破壊しようとする――。世界に広がるポピュリズムの特徴と言ってもいい。
かくも危険な指導者がなぜ台頭するのか。責任感や道義心、寛容の精神を兼ね備えた大衆の存在があってこそ、民主主義は健全に機能する。だが経済格差の拡大や移民の増加、エリートの政治支配などにいら立つ庶民は、ゆがんだ感情をため込んでいる。そこにデマゴーグがつけ込み、安易な処方箋で歓心を買おうとするのだ。
ガーシュマン氏が憂えていたのも、民主主義の岩盤をなす大衆の変質だった。レーガン政権時代に発足し、超党派の支援で世界の民主化を促す全米民主主義基金の活動に賛否があるのは確かだが、教育と啓発が重要な点に異論はない。不機嫌な大衆の心を解きほぐし、民主主義を守る地道な努力が必要だ。
Carl Gershman 米ハーバード大修士。米国連大使上級顧問などを歴任。米国の予算で世界の民主化を支援する全米民主主義基金(NED)会長を1984年から務める。75歳