市民監視技術には規制を

 

イノベーション・コメンテーター  ジョン・ソーヒル

 

 英国の歴史家A・J・P・テイラーは、その高く評価されている英国史についての著作の中でこう書いている。

 「1914年8月まで、分別があって法を守る英国人であれば、普通の暮らしの中で国家の存在を意識するのはせいぜい郵便局と警官くらいだった」

 それから1世紀の間に状況がどれほど変わったことか――。

 英国の警察は今年5月、街中で顔認証カメラから顔を隠そうとして警官らとトラブルになった男性に罰金を科したうえで、無理やり顔写真を撮った。テイラーが書いたように、2度の世界大戦は国家の役割を国民生活の隅々にまで浸透させた。

 そしてその後も、国家は国民への干渉の度合いをますます強めてきた。今では、法に触れるようなことを何もしていなくても、監視の目を避けようとしたという理由で、警察に責め立てられることさえあるわけだ。この事例は、市民的な自由がどれほど深く、どれほど急激に侵害されているかを示す警戒すべきケースと言えるだろう。

 

■サンフランシスコ市、米国で初めて使用禁止

 スマートフォンと監視カメラがあふれるこの時代に、プライバシーを守ろうと頑張っても無意味だと考える人は多いだろう。それは、まるで89年の天安門事件の際に、1人で戦車の前に立ちはだかったあの若者のようなものだ、と。

 テロ対策や重大な犯罪の防止のために広く使われるようになったこの監視技術は容赦なく適用範囲を広げており、もはや私たちがどこの誰であるかを知られずにすむことはなくなりそうな時代が到来しつつある。そうした未来は、中国では既に現実のものとなっている。顔認証技術があらゆるところで使われており、もはや市民がそれに抵抗することも許されない。

 しかし、たとえ最終的には無駄な抵抗に終わるとしても、政府が自動顔認証システムを見境なく配備する計画と戦う価値はあるはずだ。私たちは全員、この技術が社会の治安維持にどのように使われるかに関心を持つべきだ。我々は、この監視システムを社会でどう運用するかについて、法的な枠組みを決める権利をまだ持ち合わせているはずだ。

 一部の活動家や政治家がまさにそうした戦いを始めていることは称賛に値する。

 5月14日、世界最高レベルの技術者たちが多く暮らす米サンフランシスコ市は、米国で初めて行政機関による顔認証技術の利用を禁止することを決めた(もっとも、港湾と空港のセキュリティーは連邦政府の機関が運営しているため禁止対象には含まれない)。

 可決された条例案を書いたアーロン・ペスキン市議は次のように語った。「今回の措置が示すのは、『監視国家にならなくても、安全の確保はできる。警察国家にならなくても、しっかりとした取り締まりをするのは十分に可能だ』ということだ。それを実現していくには、社会という共同体と信頼関係を築いていくことも必要だ」

 英国では、企業で事務職を務めるエド・ブリッジズさんが5月下旬にサウス・ウェールズ警察を相手に訴えを起こした。2017年にカーディフの中心街でクリスマスの買い物をしていたブリッジズさんの姿を警察が撮影していたというのだ。ブリッジズさんは、これはプライバシーに対する根本的な侵害だと主張する。現在、判決を待っているところだ。

 

■自動認識技術、誤認するケースが多発

 自動顔認証技術の使用に反対する主張には、主に2つ論点がある。一つは権利の侵害だという主張であり、もう一つは実用面の技術を巡る問題だ。

 第1の問題として、市民的権利を擁護する活動家たちは、顔認証技術がしかるべき公の議論も経ないまま秘密裏に導入されてきた点を問題視している。

 現在、米国では50ほどの政府機関が顔認証ソフトウエアを使っているが、その多くはいかなる規制も受けずに運用されている。その結果、今では米国人のうち1億1700万人の顔が各種のデータベースに保管されているという。

 ブリッジズさんの訴えを支援している英国の市民的権利の擁護団体リバティは、自動顔認証技術を使うのは、市民の同意を得ずに指紋やDNAサンプルを採取することに近いと非難する。

 サウス・ウェールズ警察は、自動顔認証技術は犯罪と戦うのにコストが安く有効な武器であるうえ、データ保護法の制約の下でのみ使用していると反論する。

 しかし、英国政府の監視カメラ監督官の職にあるトニー・ポーター氏でさえ、自動顔認証技術の使用にはもっと明確な規制基盤が必要だと述べている。ポーター氏は英BBC放送に対して「この問題は、複雑でわかりにくく、一般国民には理解しにくい」と語った。

 自動顔認証技術の利用に反対する第2の論点は、そもそもシステムそのものがきちんと機能していないため、多くの人の身元を間違って認識しているという点にある。特に人種的マイノリティーに属する人々については、認識を間違えるケースが後を絶たない。

 英国の市民的自由の擁護団体ビッグ・ブラザー・ウォッチは最近、サウス・ウェールズ警察による自動顔認証システムの使用結果の数字を公表した。それによると、17年5月から18年3月までの間に、同システムがデータベースに登録された人物と「合致する」と判断した2685人のうち2451人が誤りだったという。

 大学の研究者たちは、特定の化粧を施したり、顔認証による特定を回避するように設計された眼鏡をかけたりすれば確実にシステムを欺くことができると証明している。

米マイクロソフトなど顔認証技術の開発を進めている企業の中にさえ、乱用の危険性を警告し、国際的な規制の強化を求めているところがある。

 

■当局と市民の間に暗黙の信頼関係が不可欠

 人間が抱える課題に対して、純粋に技術だけで解決を図ろうとするのは危険である。これは多くの分野で言えることだ。技術はそれ自体では何も解決できない。すべては技術を適切に、容認できる形で使えるかどうかにかかっている。そのためには、規制当局と市民の間に暗黙の信頼関係がなければならない。

 もし、技術の使用そのものがその信頼関係を損なうとしたら、技術で解決を図ろうとしているまさにその問題を悪化させるだけだろう。

 

 

 

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