未踏に挑む

 

 

巨大デジタル企業と共栄 三菱UFJ平野社長が語る覚悟 

 

 

経済やビジネスの既成概念が壊れ始めている。デジタル化とグローバル化が国境の概念をなくしたのに続き、訪れているのは業界の枠組みを超えた産業の変革だ。眼前に広がる「未踏」の領域にどう挑むのか。企業のトップに聞く。第1回はメガバンク最大手、三菱UFJフィナンシャル・グループの平野信行社長。

 

 ――世界は大きな変革期に入っています。

 「低成長と低金利が長く続くセキュラー・スタグネーション(長期停滞)と、デジタル化がもたらす破壊と便益。この2つが大きな流れだ。この規模の変化はおそらく、そう頻繁には起こらない。デジタル化については100年に1度の変化をもたらすかもしれない」

 ――デジタル技術を持つ企業は金融機関の存在を脅かしています。

 「金融とIT(情報技術)が融合するフィンテックにはユニークな役割を果たす新興企業が多い。これは既存の金融機関と極めて相性が良い。三菱UFJは世界で23万台のサーバーを保有する米アカマイ・テクノロジーズと高速の決済処理システムを開発している。共存共栄の良い例だ」

 

 価値の創造手法は学ぶ

「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)と呼ばれる巨大なデジタル企業と金融の関係を予測するのは難しい。手っ取り早いところからいくと、共存共栄はありうる。三菱UFJはアマゾンが提供するクラウドサービスの顧客だ。人工知能(AI)スピーカーを金融分野で実用化するための検証でも協力している」

 ――アップルやグーグルは決済分野にも進出しています。共存はいずれ崩れませんか。

 「GAFAの特色はデータの世界にある。購買や検索の履歴をどう活用するかなど、価値の創造手法から学ぶべきものがある。金融機関がそれを学ばずに時を過ごせば、特定の事業においては強力なライバルになる」 「一方で金融機関は取引先の事業計画を聞き、成長性を読み、景気の変動に耐えるだけの自信を顧客と共有する。決済や融資の機能を細分化して提供するGAFAのモデルには限界がある。GAFAが金融機関の機能を完全に肩代わりできるかというと『NO』だろう。逆に、彼らに投げかけられた宿題と言える」

 ――三菱UFJは国内最大手の立場が変革の障壁になりませんか。

「確かにレガシーが邪魔になることはある。巨大なシステムを持ち、メンテナンスだけでも1000億円を超えるコストが毎年かかる。デジタルプレーヤーの素早い対応力、プラットフォーム自体を変えていくようなシステムの開発では明らかに劣っている。レガシーを持つ難しさをどう克服するかは私たちのチャレンジだ」 「ただ、大きいからいろいろな情報が入る面もある。顧客も先端的な企業から業界の中心的な役割の企業まである。そこから来る情報をうまく捉えることができるのは、巨大な事業プラットフォームを持つものの本来の強みであるはずだ」

 

世界、10年単位の停滞覚悟

――デジタルの波に乗り遅れれば、低成長と低金利の長期停滞の中に取り残されます。

 「世界経済の発展に対するパワーが20年、30年前と大きく変わり、世界的に金融機関は成長力を失っている。リーマン・ショックの後は(規模や業務の)最適化が起きた。何でも世界中に展開するのではなく、リージョナル(地域)でやるというのが正しい選択となった。私たちは生き残りをかけてコア・マーケットをアジアに広げた」 「アセットマネジメント(資産運用)の担い手ももがいている。低金利で、いくら積極的に運用しても大したリターンが上がらない。であればパッシブ運用、つまり指数の動きに近いパフォーマンスが出ればよいという資産運用の自己否定のようなことが起きている」

 ――銀行の存在意義をどう考えますか。

 「金融の世界がリーマン・ショックという歴史に残る災いをもたらしたことを反省し、さらに低成長、低金利のなかで、それぞれが生き残りをかけて自分たちのコアは何かを問い続けている。それが既存の金融を大きく捉えたときの絵柄なのだろう」 「世界経済の停滞は10年くらいの単位でかなり長く続くと覚悟したほうがいい。預金を預かり、(企業への融資などの)信用創造をするという機能に基軸を置くことは少なくとも当分は難しい。それに取って代わるようなビジネスをやっていくことによって、信用創造などコアな機能を守る必要がある」 「そうなると出てくるのは、継続的に利益を稼ぎ出す『リカーリングモデル』だ。ソニーやコマツは物を売った瞬間の収益だけではなく、その後も顧客が製品を使い続けることで出てくるアフターサービスや会費収入で持続可能なビジネスを作っている。おそらく金融機関も似たようなことをやらなければならない」 「これまでと異なり、預金や貸し出し以外のサービスを基軸にしたリカーリングサービスを作る必要がある。たとえば富裕層から資産管理料を頂くウェルス・マネジメント。法人ではM&A(合併・買収)などだ。事業戦略を聞き、私たちの知見でM&Aを通じた新しい事業モデルを提案し、その後はグローバルな決済サービスを提供する」

――金融機関が経済の振れ幅を大きくし、時に停滞を招いたという歴史があります。

 「日本のバブルでは、金融機関は経済に対して大きな動きを与える要因を作った張本人だった。だが、反省は生きている。リーマン・ショックの際、日本には複雑な金融商品を買った銀行は多くなかった」 「かつて魔物の元凶だったことは事実だが、経済のエンジンに強力なパワーを供給する存在でもあった。銀行の役割は、豪雨の時も日照りの時も蓄積した水資源を適切に下流に送る巨大なダムのようなイメージだろう。経済あるいは景気循環に対する一定の防波堤のような役割が期待されている。なぜそれができるのか。銀行は預金と貸し出しの機能が分離せず、一体だからだ」

 

 財閥変化、本質はブランド

――デジタルと長期停滞が変える世界は、三菱が強みとしてきた財閥のつながりすら溶かしかねません。

 「三菱グループ内取引はこの数十年で大きく減った」という 「財閥は資本のつながりや人材の交流、極めて濃密な取引関係で強く結ばれていた。こうしたかつての財閥の姿はもう存在しない。三菱グループの本質はブランドだ。少なくとも今はブランド価値があると信じている人たちのクラブ組織であり、それは意味がある。それを守り育てる営みがあればよいと思う」 「一方でグループ内取引は30年前や50年前とは比べものにならないほど減った。各社とも開かれているし、そうでないと生き残れない」

 ――「三菱UFJ」という組織や名称は20年後に存在していますか。

 「分からない。20年後に私たちがどういう顧客に対して、どういうビジネスを提供しているのか。名は体を表すので、組織の形が変われば名前も変わるかもしれない」

 ――変革の時代、社長という仕事を怖いと思う瞬間はありませんか。

 「人によって違うと思うが、私はあらゆる感情を持つ。恐れも懸念もある。だが決める時には、これ以上はやる意義がないくらいの集中力で決める。反省することはあるが、後悔はしない」 「楽しいと思う瞬間はいっぱいある。やや野性的な感覚かもしれないが、リスクを取ることの楽しみもある。皆が動いてくれて、『お、おまえたちここまでやったのか』みたいなのはうれしい」 「リーダーはとにかく孤独になりがちで、場合によっては独りよがりになることもある。この変革の時代に新たな戦略を策定するにはリーダーシップは強くなくてはならない。それが本当に正しいところに向いているのかを指摘する役割が、社外取締役に求められる」 「後継者問題で一番力強い味方になってくれているのは社外取を中心に構成する指名・ガバナンス委員会だ。私が決めるのではなく、彼らが決めているという感覚を彼ら自身も持ち始めている」 「チャレンジングだが、こんなにエキサイティングな商売はない。私もたくさん転勤を繰り返したが、最後の転勤が今の仕事だと思っている」

 

 

 記者の目 存在意義忘れるな

 「いつか銀行が消える日が来る」。フィンテックという言葉が日本で広がり始めて3年。日銀がマイナス金利政策を導入して2年半。最近はこんな声を頻繁に聞くようになった。

  銀行はこれまで情報や資本、人材など様々な面で事業会社や個人より優越的な立場にあった。デジタル技術の進展はこの優位性を覆しつつある。大きなシステム投資をできない資本の小さなベンチャー企業でも利便性の高いサービスで大量の顧客情報を獲得したり、メガバンクから優秀な人材を引き抜いたりできるようになった。「銀行という業務のコアコンピタンス(固有の強み)が何だったのか、我々は答えを見つけられないでいる」。ある大手行の首脳はこう漏らす。

 銀行の存在意義とは何なのか。平野氏が銀行にしかできない部分だと強く主張したのは、数多くの企業と信頼関係を築いたうえに成り立つ、安定した信用創造の機能だ。経済の心臓だからこそ当局は強い規制を課し、銀行はマネーロンダリング(資金洗浄)対策などにも多大なコストをかけてきた。この領域はIT企業には簡単に取って代われないという自負がにじむ。

 しかし1990年代以降の不良債権問題を経て、邦銀は企業の成長性を見抜いた上でリスクマネーを流す力を失ったままだ。しかも超低金利で伝統的な融資は稼げなくなった。「三菱UFJは『国内の中小・中堅企業向け融資はもうからない』と見切りつつあるのでは」。別のメガバンク首脳は最近、こんな印象すら持ち始めている。

 デジタル時代に代替収益の模索は不可欠で、変革に遅れた銀行が生き残れないのも事実だろう。だからといって、平野氏がIT企業に代替できないと主張するコア業務をおろそかにすべきではない。銀行は企業との規律ある信頼関係で成り立つ。それこそがデジタル時代でも銀行の存在意義であることを忘れてはならない。

 

 

 

 

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