市場万能主義の見直しを
持続的な成長へ 官の役割も必要
ラナ・フォルーハー FT commentators
経済学者の評判にはファッションにおけるスカート丈と同様、はやりすたりがある。ここ10年間でケインズが再評価され、ミンスキーも注目を集めている。
そろそろガルブレイスにも光を当てるべきだろう。今は亡きリベラル派経済学者は1952年に著した「アメリカの資本主義」で「拮抗力」という概念を打ち出し、米国でレーガン政権以降の政治経済学を席巻してきた「市場は最も賢明だ」という見方を批判している。今ほど読み直してみるのに適した時期はなさそうだ。
80〜2000年ごろに生まれたミレニアル世代の「社会主義者」(筆者はそう捉えていない)の台頭が話題になっているが、米国人は基本的に、公的部門より民間部門の方が常に効率的に資源を配分するという見方をいまだに是としている。企業経営者の不祥事が相次ぎ、非生産的な企業債務が膨張し、米国債の長短金利が逆転する「逆イールド」が進んで景気後退リスクが高まっているように思えるなかでも、この市場万能主義的考え方はなかなかすたれない。
■ガルブレイスが予想した事態に
真の持続的成長の達成に何が必要かについて、政治的な立ち位置が違っていても政策担当者の意見は一致している。すなわちまともなインフラ、21世紀に即した教育システム、そして医療保険制度の改革だ。
これらはほとんど民間部門に取り組もうという気がないものだ。道路建設や学校・病院の(少なくとも非営利目的での)経営は、高級コンドミニアムの建設や金融投機ほどうまみがないからだ。
気候変動の経済的かつ社会的な外部性(影響)や所得格差の影響などに対処するのにも、民間市場はあまり適していない。ガルブレイスも同意見だろう。
民間がうまく対処できない問題の一例として、急増する学生ローンで経済全体の成長が抑えられていることがある。市場の取引価格にはこうした問題の総コストは反映されない。
ガルブレイスなら企業は政府以上にとはいわないまでも、政府と同じように官僚的で機能不全になる可能性があるとも主張したのではないか。1967年刊行の著書「新しい産業国家」では、需給動向より組織として生き残る必要に駆られて動く大企業の姿が描かれている。
ガルブレイスはそうした組織が増えるにつれ、技術革新の勢いや起業家精神が衰えると予想した。「スーパースター企業」と呼ばれる巨大企業が独占的な地位を占めるようになった米国では、まさにそうした事態が起きている。
ゼネラル・エレクトリック(GE)に食品大手のクラフト・ハインツ、航空機大手のボーイングなど、問題を抱えた米国の巨大企業は何社もあり、まさしくガルブレイスの予想通りになった。多くの企業は利益追求に明け暮れる中でバランスシート上で単にお金を付け替え、技術革新の伴わない好業績を短期的に作り出しているだけだ。
今日、相場は金利のわずかな上昇にも反応して急落する。減税で企業の手元に残ったお金は設備投資ではなく自社株買いに使われ、しかもその自社株買いは低コストの起債により調達した資金が支えてきた。これで市場が資源を効率的に配分していると言えるだろうか。
■果たして「政府は悪」か
筆者は何も政府による計画経済が必要だと述べているのではない。これについてガルブレイスはこんなことを言っている。「私は実態に即して現実的に対応する。市場が機能するならそれを支持する。政府が必要ならそれを支持する。『民営化賛成』とか『国有化に大いに賛成』と言う人には深い疑念を覚える。私はうまくいくなら個別事例に応じて何でも支持する」と。
民主、共和どちらの党派の政治家も政策担当者も、この言葉をしっかりと肝に銘じなければならない。米国人は機微の解釈が苦手だ。「政府は問題の解決策ではない。政府こそが問題だ」というレーガン元大統領の大統領就任演説のように力強く、わかりやすい言説を好む。
それでも「民間は善で政府は悪」という意見はいただけない。もしこれが事実なら、中国の台頭を説明できないからだ。中国の台頭は計画経済の下でも競争力を高められるということだけでなく、技術進歩でディスラプション(創造的破壊)と格差が広がる昨今、民間部門の繁栄には公的部門の支援が必要かもしれないということを教えてくれている。
政治的保守派も、経済的新自由主義派も、企業の最高経営責任者(CEO)もこのことを受け入れるべきだ。高給で会計士を雇ってせっせと節税に努めながら「政府は何もしてくれない」などと文句を言う米企業トップがあまりに多いのにはいつもいら立ちを覚える。
幾度となく減税をしても、実体経済には十分お金が回ってこなかったことを認めるべきだ。減税をすればトレンド成長率を上回る経済成長が持続的に達成されると企業がどんなに言い張っても無駄だ。むしろ減税で生まれたのは、発展途上国と見間違えそうなでこぼこの高速道路や危険な橋梁だ。教育水準を見ても、経済協力開発機構(OECD)が世界の15歳を対象に実施した数学力、科学力、読解力を調べる学習到達度調査(PISA)で、米国は70カ国中31位にとどまっている。
■新しい社会契約を作ろう
これまでとは違うことを試してみようではないか。市場がいつも正しいと思うのはやめよう。税金を納め、社会のセーフティーネットを刷新し、市場を適正に規制し、大企業だけでなく経済圏全体を守るために反トラスト法(日本の独占禁止法に相当)の執行を徹底し、社会契約を作り直そう。
これは社会主義ではない。より賢明な資本主義だ。そう思わない人はまだ多いか もしれない。だがガルブレイスの有名な言葉にもあるように「経済学では多数派は常に間違っている」のだ。